14.
何か言葉を紡ごうと、シーラの唇が開きかけるものの、また閉じる。
「シーラ?」
不安になりエメリーネが声をかければ、シーラは「申し訳ありません」と頭を下げる。
「どうしてあなたが謝るの? その謝罪は、補佐官はできないという意味の謝罪なのかしら……」
エメリーネもどこか憂いを帯びた声で尋ねた。外から入り込んできた風が頬を撫でる。
「い、いえ……驚いただけです」
ゆっくりとまばたきをしたシーラのその言葉は、間違いなく本音なのだろう。
「ですが、私がエメリーネ様の補佐官というのは……」
シーラを補佐官として抜擢した場合、エメリーネは代わりの侍女をつけなければならない。
考えてみれば、補佐官よりも侍女のほうが時間を共にし、身近な場所にいるのだ。
「ごめんなさい、シーラ。今のことは忘れてちょうだい。あなたを補佐官にしたら、わたくしは他の侍女を探さなければならないわ。あなた以上に信頼できる人はいないというのに」
母親が亡くなってから、エメリーネの行動にはアルマスからのさまざまな制限がかかるようになった。
それでもシーラを側に置くことが許されているのは、ひとえにラモン伯爵がさして権力をもたないからだ。伯爵が一人騒いだとしても、アルマスに敵うはずもない。財力も、政治力も、軍事力さえも、すべてにおいて劣っているのだから。
「シーラにはわたくしの侍女でいてほしいわ。もちろん、可能であればあなたが結婚した後も。いえ、将来はわたくしの子の乳母というのもありね」
エメリーネが冗談めかしてそう言うと、その軽やかな口調に、シーラの表情もふっと和らいだ。
「私はエメリーネ様がご結婚されるまでお側を離れるつもりはございませんし、ご結婚された後も、誠心誠意お仕えできればと思っております」
「ふふっ。むしろそれは、わたくしからお願いしたいくらいだわ。そうなると、やはり補佐官は他の方を選ばなくてはならないわね。決まるまでは、いろいろと手伝ってちょうだい」
「もちろんです」
では、お茶を淹れますね、と場の雰囲気を明るくしようとシーラは努める。
エメリーネは執務席に静かに腰掛け、もらってきた目録に目を通す。
今年のエメリーネの誕生日パーティーは、デビュタントも兼ねていたことから、国内だけにとどまらず近隣諸国からたくさんの関係者が訪れている。
西の隣国イニドロス国からは国王が五日前から滞在し、父王と宴や狩猟に耽っていた。
これも一種の外交と言えるのかもしれないが、イニドロス国とアルマスは密かに通じているのだ。これも父王をひきずりおろすための作戦の一つだった。
シーラが丁寧に淹れたお茶を飲みながら、エメリーネは目録に視線を落とした。
ガレッティ国内は決して豊かとは言えない。だというのに、誰もがその領地の特産品をエメリーネに贈り物として届けてくれた。
宝石や貴金属、珍しい花、上質な絹などが並ぶ中、特にエメリーネの目を惹いたのは、南に位置するカウフ子爵領から贈られたお茶だった。その包装や書状からも、その地が決して裕福ではないことがよく伝わってくる。
「シーラ。教えてほしいのだけれど」
「はい、私でわかることであれば」
「カウフ子爵領からの贈り物がシナモンティーと書かれているけれど、これはお茶よね?」
「そうですね。ハーブティーの一種だとも聞いております」
ハーブティー。ということは、原料は茶葉ではなくハーブ。となれば、きっとさまざまな効果や効能があるはずだ。
「エメリーネ様。装飾品は問題ないのですが、やはり茶葉などは早めに確認したほうがいいかと」
シーラの指摘はもっともだ。
「もしかしてアルマスは、あそこで食べ物を探していたのかしら?」
「差し出がましいようですが、違うと思います」
「じゃあ、何をしていたの?」
一度目のデビュタントでは、お礼状を書くという発想がなかった。誰も教えてくれないのだから、わかるわけがない。
さらにあの誕生日以降、シーラもエメリーネから少しずつ距離を取るようになっていったのだ。必要最小限の身の回りの世話。それは着替えだったり湯浴みだったり。
それまでは一緒にお茶を飲んだり、雑談を交わしたりしていたはずなのに、デビュタントを機にその関係が変わってしまった。
だからエメリーネは孤立したが、救いの手を差し伸べたのがベルトルトである。
だが今は違う。こうやって自ら執務室に足を運び、シーラも近くにいる。




