13.
エメリーネは宝物庫にいた人物に鋭く声をかけた。
「アルマス、いったいこれはどういうことかしら?」
そこには宰相アルマスと、目録を作る式部官たち、そしてその長がいた。きらびやかに輝く金細工の箱が、ランプの光を反射させる。
アルマスもここにエメリーネが現れたのが意外だとでも言うかのように、苔色の目を一瞬、見開いた。
「エメリーネ様。足を痛めているのではありませんか? それなのにわざわざこのようなところまで……」
「えぇ。わたくしは目録を部屋に持ってきてほしいと頼んだのに、それができないと言われましたの。だからその理由を求めて、わざわざここまで確認に来たのよ? こんなに足が痛いのに」
手にしていた杖で、かつんと床を叩く。
硬い石に響く音が異様に大きく聞こえ、式部官たちは気まずそうに身を縮こまらせた。
ここにある贈り物はエメリーネ個人宛に送られたもの。それを一介の宰相が確認、管理するなど聞いたことがない。
宰相とは、国政の補佐が主だからだ。王女の私物の管理など、彼の仕事であるわけがない。
驚いた様子を見せたアルマスだが、すぐにいつもの飄々とした表情を取り戻し、穏やかな口調で話し始める。
「失礼しました、エメリーネ様。エメリーネ様に代わりまして、私がこちらを管理しようと思っていたのです。エメリーネ様には、まだ補佐官がおられませんでしょう?」
ゆったりした口調だというのに、彼の身体には黒い蛇がまとわりついているかのような、そんな嫌悪感を呼び起こす。
「そうね。だからわたくしも、早急に補佐官を選ばなければと思っております。それまではこちらのシーラが手伝ってくれるわ。彼女は信頼できるラモン伯爵の娘だもの」
そしてラモン伯爵は、アルマスの手に完全には落ちていない。そのため彼も、父王が亡くなった後、真っ先に処刑されてしまう運命となるのだが。
アルマスの唇がヒクリと震え、それと同時に彼の背に黒いオーラが火柱のように立ち上がる。
「アルマス。あなたは不甲斐ないわたくしの代わりに、こちらを確認しようとしてくれたのね?」
内心を悟られぬよう、エメリーネは優雅に笑顔を作る。
「え、えぇ。そうです。ましてエメリーネ様は怪我をされております。パーティーの間もダンスを楽しめなかったでしょう? あの野蛮な者のせいで」
「そうね。ですが、あれは不幸な事故よ。ベルジュ公爵からは、十分すぎるほどの謝罪をいただいております。ですからアルマス、この件に関して蒸し返してはなりません」
きっちり釘を刺しておかねば、この男は勝手に動く。
「いいですか、アルマス。お聞きなさい。こちらの贈り物はわたくしのものですから、わたくしが確認します。あなたは自分の仕事に戻りなさい。よろしいですね?」
アルマスの苛立ちが黒いオーラとなって爆ぜる。
「……御意」
苦々しく返事をしたアルマスだが、まだその場を離れる気はないようだ。苔色の目が不気味にエメリーネを見つめ、口を開く。
「……エメリーネ様。私から一つ助言を……」
「まぁ、なんでしょう? わたくしもまだこういった仕事に慣れておりませんから、アルマスから言葉をいただけるのは心強いわ」
(やりすぎかしら?)
そう思いながらも、エメリーネは大げさな言い回しに、自分でも笑いを堪えるのに必死だった。
「エメリーネ様の補佐官を、私が選んでも?」
「ええ、そうですね。あなたに任せれば問題ないでしょう。ただ、補佐官とは信頼関係が重要だと聞いております。あなたが選んだ者を、わたくしが面接しても?」
アルマスが息を呑む様子が伝わってきた。
いつものエメリーネであれば「お願いするわ」と返事をしただろう。むしろアルマスもその言葉を期待していたはずだ。
彼にまとわりつく黒いオーラは、蛇のような顔を作り出し、シャーっと長い舌を出してエメリーネを威嚇する。
これはアルマスの悪意だ。エメリーネが反論せぬよう、屈するようにと脅しているだけ。
宝物庫内がしんと静まり返り、緊迫した空気が漂う。
誰が先に口を開くべきかと、腹の探り合いでもしているかのよう。
「……エメリーネ様」
女性の落ち着いた声が響き、誰もがはっと息を呑む。
「発言をお許しください」
シーラだ。彼女の手が震え、眼鏡の奥の焦げ茶の瞳に怯えが宿る。
「えぇ、シーラ。わたくしの代わりにお願いするわ」
「エメリーネ様は足を怪我されております。このように長時間、このような場所で立たせておくのは心苦しいのですが? もし、時間がかかるようであれば……」
「気がまわらず申し訳ありません」
慌てた式部官長が、近くにあった椅子をエメリーネの側まで運ぼうとしている。
エメリーネは微笑み、シーラの手をそっと握った。
「いいえ。わたくしはもう出るわ。シーラが言うように、疲れてしまったの。シーラ、目録を式部官長から預かってちょうだい。それからアルマス」
不意に名を呼ばれ、彼は身を硬くした。
「先ほどの補佐官の件、よろしく頼みます。あなたの候補者がある程度決まったところで、面接の日時を決めましょう。近日中に、候補者のリストを用意していただけるかしら?」
そこまで言われれば、彼も否定はできないだろう。
「御意」
黒いオーラを抑え込みつつ、アルマスは深く頭を下げた。
宝物庫を出たエメリーネは、シーラを連れて執務室へと向かう。社交デビューができる十六歳になった昨年、与えられた部屋だ。しかし、実際に王族として執務に携われるようになるのは、デビュタントを迎えてから。いくら十六歳になっても、社交デビューをしていない女性は、一人前とみなされない。
「シーラも怖かったでしょう?」
人けのない執務室に入るとすぐ、エメリーネはねぎらいの言葉をかけた。
壁際には書棚が並び、黒檀の執務机と落ち着いた色合いのソファが置かれている。窓から差し込む陽光は、明るく室内を照らす。
室内は茶系統で統一され、華やかさにかけるものの、仕事をするためにはふさわしい場所だろう。
「お気遣いいただきありがとうございます。本日から、こちらでお仕事をされるのですね?」
シーラの父、ラモン伯爵は反アルマス派だ。しかし、だからといって彼に対抗できる力があるわけではない。アルマスに従いながら、反旗を翻すタイミングを見計らっている。
そういった者が他にも幾人かいたはず。
「えぇ。わたくしも社交デビューをしたことですし、お父様を支えられるようになりたいの。まずは贈り物のお礼状からよね」
「はい。こちらの部屋は、いつエメリーネ様がお使いになられてもいいように整えておりましたが、不便なことがございましたら、なんなりと申しつけください」
そう言って彼女は、少しだけ窓を開けた。外のさわやかな空気が室内に入り込む。
やはりシーラをただの侍女にしておくのはもったいない。
「ねぇ、シーラ」
エメリーネの声が、室内に静かに響いた。レースのカーテンが風を受け、ひらひらと揺れる。
「あなた、わたくしの補佐官にならない?」
シーラの焦げ茶の瞳が大きく見開かれ、眼鏡が光を反射した。




