12.
エメリーネの誕生日パーティーは、無事に終わった。華やかな会場でのダンスの時間、足を痛めて踊れなかったが、それでもエメリーネは優雅な振る舞いは崩さなかった。
父王の隣の席に腰掛け、静かに微笑を浮かべ続けている姿に、貴族たちも引き寄せられるように集まってきた。エメリーネはそこにいるだけで、会場を魅了したのだ。
退出する瞬間も、人々の視線がエメリーネを追いかける。オディロンは責任を負うかのように、エメリーネをそっと抱き上げた。それはまるで彼がエメリーネの足そのものになったかのように。
――お似合いの二人だわ……。
そんな声もちらほらとエメリーネの耳に届いてきたが、聞こえぬ振りをしてオディロンに身体を預ける。
その様子を鋭く睨みつけていたのは、もちろんアルマスだ。彼の瞳の奥には嫉妬と憎悪が燃えていた。背後から見える真っ黒いオーラは、今にも彼を呑み込んでしまいそうなほど大きく揺らめいていた。
だがエメリーネは、それを気にも留めず、オディロンの手で部屋まで戻ってきた。
自室に戻ったエメリーネは、侍女たちの手を借りて衣装を脱ぎ、湯浴みをすませ、やっと一息ついた。
窓際のソファにゆったりと座り、その手には湯気の立つカモミールティーの入った陶器のカップが握られている。蜂蜜をたらした甘く優美な香りが漂い、疲れた心をほぐしてくれる。
月光がレースのカーテンを通して、やわらかく入り込む。
(それにしてもあのオーラはいったい……)
エメリーネはふと視線をカップから遠ざけ、考えを巡らせた。
あのオーラについてわかったのは、三種類あるということ。
アルマスのように黒っぽいオーラをまとう人間。
そして彼とは対照的にオディロンのようにオーラのない人間。もしかしたら、オーラが無色透明なのかもしれない。
それから緑や黄色といった穏やかなオーラに包まれる人々もいた。
(黒っぽいオーラを持つ人間は、きっとアルマス派の者たちね。悪意の現れかしら?)
だからアルマスの執務室にいた秘書官も灰色のオーラだったのだ。
他にも一度目の人生で、アルマスとともにエメリーネを悪女に仕立て上げた者たちも、同様の暗いオーラを放っていた。
(とにかく、黒っぽいオーラの人間には気をつけなければならないわね)
口元に寄せたカップを傾け、カモミールティーをこくりと一口飲んだ。爽やかな香りと、はちみつの甘さが口の中に広がる。
エメリーネがカモミールティーを寝る前に飲む習慣を持ち始めたのは約一年前。王妃を失い、深い悲しみにいたときに、ベルトルトが安眠の効果があるとすすめてくれたのがきっかけだった。各国の聖職者たちと繋がりのあるベルトルトは、国外の文化にも長けている。
そんな彼は、一年前の不安定なエメリーネを支えてくれた。聖職者でかつエメリーネにとって兄のような存在のベルトルトは、吐き出したいことがあればテレジア神が聞いてくれると、聖堂の告解室を教えてくれた。
あれ以降、エメリーネはシーラを連れて聖堂へ足を運ぶことも増えた。告解室では罪の告白ではなく、母親との思い出を語るほうが多い。
ステンドグラスの光が輝く荘厳な空間で、テレジア神は黙って話を聞き、故人を想う涙を肯定してくれた。
一年前に王妃が亡くなり、すっかりと力をなくした父王、そして不安定な王女エメリーネ。だから宰相アルマスも王権を意のままに操ろうと動き始めたのだ。
もちろん父王はそれに気づいていないし、エメリーネだって理解していない。五年後から戻ってきた今のエメリーネだからこそ、アルマスの企みを知っているだけで。
(アルマスとの婚約を避けるために、誰か他の人を婚約者として選ばなければならないけれど。まだ、この時期のお父様は、わたくしの結婚だけはまともな判断ができていて、慎重だったのよね。となれば、お父様も認める人物……)
適任者となれば、やはり思い浮かぶのはベルトルトだ。しかし彼は聖職者であり、妻帯を認められるのは大司教以上だとされている。まだ司教である彼にとってその地位に就くにはそれなりの年月が見込まれる。
先に婚約だけを交わし、その後、彼が大司教になって初めて結婚するという案があったとしても、それをアルマスが黙って見過ごすはずがない。
(近隣諸国で、適当な王子っていたかしら……? 確か、以前は、ニースン侯爵がそのようなことを言っていたような気がするわ)
エメリーネを悩ませるのは、自国においての選択肢が限られる事実。だが、国内調達が難しいのであれば、友好国から迎え入れるのも一つの策だろう。
(お父様はすでにアルマスたちの毒牙にかかってはいるけれど……わたくしの結婚だけは彼らの言いなりにならなかったのよ)
だから今から三年後、アルマスたちに殺されるのだ。国王がいるとエメリーネの結婚が思い通りにならないから、という理由で。
父王をアルマスたちから引き離すべきだ。そのためにも味方が欲しい。
そうなれば、やはりベルトルトは外せない。前回だって世情に疎かったエメリーネに、いろいろと教えてくれたのはベルトルトと彼の父、大司教のデオバルトである。
彼らと話をしたいときは聖堂内の告解室を使えばいい。今だって、母との思い出を聞いてもらっているのだから。
(まずは、ベルトルトとデオバルトを味方に引き入れるのがよさそうね)
そこでエメリーネは空になったカップをテーブルの上にそっと置いた。
祝宴の名残もなく、外は静かに闇に包まれている。
寝台に潜り込み、あたたかな寝具にくるまれたエメリーネは、静かに目を閉じた。
次の日、足を怪我したことになっているエメリーネは、ほとんど自室で過ごした。
さらに次の日、エメリーネはパーティーの贈り物の確認を始めることにした。これであれば、足が不自由であってもできる仕事だ。
パーティーのような式典での贈り物は式武官らが現品を確認し、目録を作る。その後の管理はエメリーネの役目となっているため、目録を確認したいと式武官に連絡したのだ。昨日のうちに目録はできているだろう。
誕生パーティーの贈り物の確認はデビュタントを迎えたエメリーネが、最初に行う執務でもある。これを確認し、お礼状だって書かねばならない。
エメリーネには補佐官もつけられるはずだが、今はまだいない。だからシーラに手伝ってもらうつもりでいた。
しかも足を痛めて歩くのが不便ということになっているため、目録を部屋にもってきてほしいとお願いしたのに、それができないと式武官がわざわざ部屋まで言いにきたのだ。その式武官のオーラは紫だった。
(あのオーラは初めて見る色ね。それよりも、目録を持参できないなんて、いったい、どういうことかしら?)
エメリーネは杖をつき、シーラの手を借りて宝物庫へと向かう。すべての贈り物は、一度ここに保管される。目録が完成し、エメリーネのものだとはっきりすれば、エメリーネが管轄する部屋へと移動させる。
宝物庫の扉を開ければ、人のいる気配を感じた。
「目録を持参できないとは、どういうこと? 今すぐ見せてほしいのだけれど?」
エメリーネの声が宝物庫に響いたとき、そこにいた者は身体を大きく震わせた。




