第二話 男爵家のお迎えと、大人の処世術
「ユーナ、本当に可愛いわ……! まるで天使のようよ!」
きらびやかな馬車の前で私を抱きしめたのは、今日から私の養母となる、
ロレッタ男爵夫人のサーシャさんだった。
ふわりと漂う高級な薔薇の香水。
その温もりに、私は5歳児らしく
「えへへ」とあざとく微笑んでみせる。
(よし、掴みはバッチリ。第一印象は合格ね)
心の中の30歳アラサーOL(社会人歴8年)が、脳内で小さくガッツポーズを決めた。
孤児院を出発する今日、
私を迎えに来たロレッタ男爵夫妻は、
驚くほど良い人たちだった。
子宝に恵まれなかったため、
私を養子に迎えて育てたいらしい。
性別は関係なく探していたようだ。
「本当に愛らしい子だ。これからよろしくね、ユーナ」
優しく微笑むロレッタ男爵ハリスさんも、
見るからに温厚そうな紳士だ。
(実の両親に虐待されるとか、
冷徹な養親に利用されるっていう
『テンプレ胸糞ルート』じゃなくて
本当に良かった……!)
まずは一安心、と私は胸をなでおろす。
馬車に揺られながら、
聞かされる新しい家のことや家族のことから
「男爵家の現状」を分析し始めていた。
男爵が優しく説明してくれた内容によると、
ロレッタ男爵家は片田舎にある、
お世辞にも裕福とは言えない弱小貴族。
主な産業は農業だが、
最近は冷害のせいで少し財政が厳しいらしい。
(……待って。弱小貴族、財政難、
そして私は孤児院出身のピンク髪。
これ、もしや『身分違いの恋』とか
『没落寸前の家を立て直す健気なヒロイン』の
シナリオなんじゃ……?)
前世の私なら、ここで
「よし、私が現代の知識で
領地を大復興させてみせるわ!」
と徹夜で企画書を書き上げるところだろう。
だが、今の私は違う。
(ダメダメ。前世の二の舞よ。
ここで私が神童ぶって領地改革なんて始めたら、
周囲の期待が膨らんで、
また過労死ロードに一直線だわ)
私は自分の小さなふとももを、ぽんぽんと叩いて戒めた。
「あのね、おとうさま、おかあさま」
「おや、どうしたんだい、ユーナ?」
ハリスさんが目線を合わせてくれる。
「ユーナ、おうちについたら、たくさんおてつだいします!
でも……まだちいさいから、
いっぱいはできないかも」
「まあ……! なんて健気な子なの!」
サーシャ夫人がハンカチを涙で濡らす。
ハリス男爵も目頭を熱くしている。
「いいんだよ、ユーナ。
手伝いなんてしなくていい。
お前はただ、元気にご飯を食べて、
たくさん遊んで、笑ってくれれば
それでいいんだからね」
(そう、これよ! これが欲しかったの!)
「無理をしない」と事前に布石を提示しておく。
これぞ大人のリスクマネジメントである。
数時間の馬車旅を経て到着した男爵邸は、
少し古びてはいたものの、
手入れの行き届いた綺麗なお屋敷だった。
出迎えてくれた数少ない使用人たちも、
みんな親切で温かい。
用意された私の部屋は、ピンクと白を基調にした、まるでお姫様の部屋のようだった。
ふかふかのベッドに、
可愛らしい木馬のオモチャ。
「気に入ってくれるといいのだけれど……」
と不安そうに見つめる夫妻に、
私は満面の笑みで応えた。
「わあ……! とってもすてき!
ユーナ、このおへや、だーいすき!」
その言葉に、夫妻は本当に嬉しそうな顔をして、私をもう一度抱きしめてくれた。
その日の夜。
豪勢な(といっても、庶民的な温かさのある)
夕食をお腹いっぱい食べた私は、
ふかふかのベッドに寝転がっていた。
(お腹いっぱい食べて、夜の9時に寝る生活……最高すぎる。前世じゃあり得なかったわ)
窓の外を見上げると、
美しい星空が広がっている。
ふと、胸のあたりがじんわりと熱くなるのを感じた。
(ん……? なんだろう、この感覚)
集中してみると、胸から腕を通り手へ向かって温かさが通う。
そして、指先から小さな、
本当に小さなピンク色や白いの光の粒が
『ぽわぽわん』と飛び出した。
光の粒は、部屋の中を数秒間ふわふわと漂い、消えていく。
「これって……魔法?」
この世界には魔法が存在するとは知っていたが
自分の身体から発せられるとは思っていなかった。
胸がときめく。
乙女ゲームの世界なら、
ヒロインは特別な「聖なる魔力」とかを
持っているのが定番だけど、
私のこれはどうなんだろう。
(まあ、すごすぎる魔法だったら
隠さなきゃいけないし、
これくらい可愛い光が出る程度が、
私にはちょうどいいや)
深く考えず、私は枕に頭を沈めた。
明日からはこの世界について
少しずつ勉強を始めよう。
もちろん、1日1時間くらいの、お遊び程度に。
「今度は無理せず、前向きに。
うん、いい感じ」
元アラサーOLのユーナは、
心地よい疲労感に包まれながら、
幸せな眠りへと落ちていった。
――しかし、この時のユーナはまだ知らなかった。
彼女が5歳児らしからぬ数々の思いつきが、
周囲の大人たちを大いに巻き込み、
天才児として王都にまでその名が轟くきっかけになってしまうことを。




