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『ダンジョン少佐の兵站改革 〜最弱コアの少年を閣下と呼び、軍事知識で無敵の要塞都市を築城いたします〜』  作者: たい丸
【フェーズ1:基盤構築編】

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第5回:影の叙勲と、兵站の「欠落」

「――セアラ、そこまでです。今の踏み込み、左膝の古傷がわずかに沈み込みを阻害しています。その微かな淀みが、実戦では命取りになる。リハビリテーションを中断し、強制冷却に入りなさい」

廃ダンジョンの第1層。かつて瓦礫の山だった広間は、今やレティシアの指導によって、冷厳な空気が張り詰める「錬兵場」へと作り変えられていた。 レティシア・フォン・ベルシュタイン少佐の声が、規律を伴って石壁に反響する。

影の中から滲み出るように姿を現したのは、褐色肌の少女、セアラだった。 彼女は奴隷市場にいた頃の泥まみれの姿ではなく、レティシアがDPダンジョンポイントを消費して生成した、隠密性と機動力を兼ね備えた黒い戦闘服を纏っている。

「……申し訳ありません、レティシア様。私の欠陥が、閣下の防衛計画に遅滞を……」

セアラは即座に膝をつき、深い自責の色を瞳に宿した。 彼女にとって、レティシアは地獄から救い出してくれた神であり、その命令こそが世界の理である。

「謝罪は不要です、セアラ。軍人に求められるのは感情ではなく、自己のコンディションに対する客観的な報告です」

レティシアはテオが操作する魔法地図を傍らで見守りながら、事務的な口調を崩さない。 だが、その碧眼はセアラの左膝を細かく観察していた。

「閣下、こちらへ」 「うん、レティシア!」

呼ばれたテオが、一生懸命に魔力を練りながら駆け寄ってくる。 レティシアはテオの小さな手を取り、セアラの膝へと導いた。

「セアラは貴公の『刃』です。主として、武器の手入れ(メンテナンス)を怠ってはいけません。閣下、私の教えた通りに魔力を流しなさい。細胞の活性化を促すのです」 「……こうかな? セアラさん、痛くない?」

テオの温かな魔力がセアラの古傷を包み込む。 セアラは一瞬、戸惑ったように瞳を揺らしたが、すぐにその温もりを噛み締めるように目を伏せた。 彼女の脳裏には、思い出したくもない「影」としての過去がよぎる。

セアラは、暗殺教団で「13番」という記号として育てられた。 感情は「不純物」として削ぎ落とされ、失敗は「死」を意味する世界。 左膝の傷も、かつての任務で負ったものだ。 教団は動けなくなった彼女を、まるで使い古されたボロ雑巾のように奴隷市場へ投げ捨てた。 光を知らぬ暗闇の中で、彼女はただ、自身の存在が消え去るのを待っていたのだ。

だが、目の前の少年と、冷徹な少佐は違った。

「……温かい、です。閣下」 「えへへ。ボク、レティシアに教えてもらうまで、こんな使い道があるなんて知らなかったんだ。ボクの魔力、役に立ってる?」 「大いに。貴公の魔力は、このダンジョンそのものの『血液』です」

レティシアは満足げに頷くと、自身の固有スキル【叙勲】を静かに発動させた。 これは、彼女が認めた「兵士」に対し、その特性に合わせた特殊能力を付与・強化するスキルである。 セアラの影がより深く、より鋭く脈動を始める。 教団で培われた隠密技能が、レティシアの戦術知見によって「軍事レベル」へと昇華されていく。

だが、レティシアの思考は既に、その先の「欠落」に向かっていた。

(セアラという『刃』を得たことで、局地的な防衛力は向上した。だが……)

レティシアは作戦盤に並ぶ数字を凝視する。 侵入者の滞在時間、罠の維持コスト、テオの魔力回復率。 それらは今、彼女の頭の中の計算機で辛うじて均衡を保っているが、将来的な「ダンジョン都市化」を見据えた場合、計算量は幾何学的に増大する。

(私一人の演算能力では、いずれ兵站の破綻を招く。……数字に愛され、この世界の不条理な確率論に唾を吐きかけるような、異常な『知能』が必要だ)

彼女の脳裏に、かつての戦域で耳にした、ある「狂った数学者」の噂が浮かぶ。 だが、今はまだそのリソースに手を伸ばす余裕はない。

「レティシア、どうしたの? 怖い顔して」 「……いえ、閣下。我が軍の次の『徴兵計画』を練っていただけです。兵站を支えるには、刃だけでなく、それを操る精密な計算機ロジスティシャンが不可欠ですので」

レティシアはテオの頭を撫で、自嘲気味に口角を上げた。 その時、ダンジョンの入り口に仕掛けた警報が鳴り響いた。

「報告します。侵入者、数名。……これまでの『カモ』とは明らかに練度が違います」

セアラが即座に影の中へと溶け込み、冷徹な声で告げる。 魔法地図に映し出されたのは、規律を持って動く重装備の斥候たち。 近隣の領主が送り込んだ調査隊だ。

「ちょうどいい演習相手です。セアラ、初陣の準備を。閣下、トラップの連動指示を私から引き継ぎなさい。……これより、我が軍の初の実戦演習を開始します」

レティシアは虚空から魔導ライフルを手繰り寄せ、不敵に微笑んだ。

「閣下、よく見ていなさい。これが、数と策で強者を屠る『総力戦』の形です」

三人の孤独な軍勢は、今、初めて「組織」として外敵を迎え撃とうとしていた。


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