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『ダンジョン少佐の兵站改革 〜最弱コアの少年を閣下と呼び、軍事知識で無敵の要塞都市を築城いたします〜』  作者: たい丸
【フェーズ1:基盤構築編】

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第3回:鉄の処女の贖罪と、最弱の「閣下」

廃ダンジョンの最深部、ひび割れた玉座の間。そこに、かつて北方軍で「鉄の処女アイアン・メイデン」と畏怖されたレティシア・フォン・ベルシュタイン少佐の声が、冷徹な規律を伴って響いた。

「――状況を報告します、テオ閣下。第1防衛ラインを突破した侵入者3名、当方の設置した『偽装型落としピットフォール』への誘導に成功。現在、地下1階の第4回廊にて、無意味な円環走行を繰り返しております」

レティシアは軍服を改造したドレスの裾を優雅に払い、虚空に指先で描いた魔法の三次元地図を示した。そこには、混乱し、壁を叩いて出口を探す冒険者たちの姿が、鮮明な熱源反応として映し出されている。

「レティシア……本当に大丈夫かな。あんなに怖がらせて……。ボク、なんだか胸が苦しいよ」

玉座の上で、5歳児ほどの小さな体を縮ませているのは、ダンジョンコアの少年・テオだ。彼は前の主から「魔物も出せない無能な虚無のコア」と罵倒され、この地に打ち捨てられていた。彼にとって、レティシアは消滅寸前の自分を拾い上げ、あまつさえ「閣下」と呼んで膝を折ってくれた、世界で唯一の味方だった。

「閣下、失言です。慈悲は軍事行動における最大の不純物ノイズであると、昨日も講義したはずです」

レティシアの碧眼が、氷点下の鋭さでテオを射抜いた。その瞳の奥には、彼女自身の魂を蝕み続ける、暗く深い「傷跡」が隠されている。

彼女の脳裏には、今も鮮明に焼き付いている光景がある。前世、北方軍第104歩兵連隊を率いていたあの日。撤退戦の最中、彼女は瓦礫に埋まった一人の少年兵を見捨てられなかった。 『彼を救えば、中隊全体の撤退が数分遅れる』 頭の中の合理的計算機は、見捨てろと叫んでいた。だが、当時の彼女には「甘さ」があった。その数分の遅滞が原因で、中隊は敵軍の包囲網に呑み込まれた。

結果として、彼女以外の99名は戦死した。部下たちは血反吐を吐きながら「閣下だけは生きて、次の指揮を執ってくれ」と笑って肉壁になったのだ。自分が守ろうとした「たった一つの命」のせいで、自分を信じた「百の命」を泥に沈めた。その痛切な後悔が、彼女から「感情」という機能を完全に剥ぎ取った。

(二度と、間違えない。一人の命のために全体を危険に晒す無能な指揮官には、死んでも戻らない……!)

レティシアは強く拳を握りしめた。手袋の革が軋む音が、静かな室内に響く。

「閣下、よくお聞きなさい。死体から得られるダンジョンポイント(DP)は一過性のあぶく銭に過ぎません。ですが、彼らがこの迷宮で絶望し、渇望し、彷徨い続けることで滲み出る『滞在時間エネルギー』は、継続的な資産リソースとなります。兵站の改革とは、すなわち命を効率的に運用することです」

「タイザイジカン……エネルギ……?」

「左様です。彼らが空腹と渇きに喘ぎ、絶望の淵で『生』を渇望するたびに、閣下のコアには魔力が充填される。100人の味方を守るために、3人の敵を『生かさず殺さず』使い倒す。それが、誰も死なせないための最短経路です」

テオは、レティシアの言葉に込められた、悲鳴のような決意を感じ取った。彼はゴクリと唾を飲み込み、震える手を魔法地図へ伸ばした。

「……わかった。レティシア参謀。ボク、やるよ。ボクがしっかりしなきゃ、レティシアをまた一人にしちゃうもんね」

「……感謝いたします、閣下。では、第4回廊の温度を2度下げ、彼らに『孤独感』を与えなさい。同時に、わずかなパンの匂いを漂わせる。……希望という名の毒を、彼らに与えるのです」

テオの操作により、ダンジョンの構造が微かに鳴動した。 冒険者たちから吸い上げられた微かな魔力が、テオの細い手足を通じてコアへと流れ込む。それは微々たる量だったが、消滅を待つだけだった廃ダンジョンが、初めて自力で「呼吸」を始めた瞬間だった。

「素晴らしい。……これでようやく、最低限の『軍資金』が確保できました」

レティシアは立ち上がり、軍服の襟を正した。彼女の視線は、既にダンジョンの外、遠く離れた街へと向けられている。

「閣下。次のステップへ移行します。現在の我々に足りないのは、直接的な武力(刃)です。私の手が届かない『汚れ仕事』を完遂し、この要塞を影から支える精密な駒が必要となります」

レティシアの脳裏に、かつて戦場で一瞬だけ交差した、ある「影」の気配が蘇る。 光を知らぬ暗闇の中で育ち、名前さえ持たぬ「番号」として扱われていた、あの暗殺奴隷の少女。もし彼女をこのリソースで手に入れることができれば、このダンジョンの防衛網は完璧なものとなるだろう。

「閣下、準備を。これより本拠地を一時離脱し、戦力増強のための外征を開始します。……よろしいですね?」

「うん、レティシア! ボク、立派なカッカになってみせるよ!」

テオの頼もしい返事を聞きながら、レティシアは一瞬だけ、かつて失った少年兵の面影を重ねて表情を緩めた。だが、それは瞬時に消え、再び冷徹な「少佐」の仮面へと戻る。

(その『刃』が、いつか貴公を、そしてこの私を肯定してくれる存在になることを願っていますよ……セアラ)

冷徹な指揮官と最弱の閣下。二人の孤独な行軍は、今、薄暗いダンジョンを飛び出し、世界の欲望が渦巻く奴隷市場へとその歩みを進めるのであった。


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