第18回:頑固者の炉端と、鉄の契約
宿場町『テオドール・グランド・テラス』が活況を呈する一方、レティシアは次なる課題に直面していた。 「……報告。第1工兵大隊の装備品、および防衛用トラップの摩耗率が想定を超えています。現在の粗悪な鉄剣では、高密度の魔力運用に耐えきれません」
「つまり、我々には最高級の『鍛冶師』が必要というわけだね、少佐」 ロレッタが魔法モニターを操作し、北方の山岳地帯にある「熱源反応」を指し示した。
そこは、偏屈で知られるドワーフの氏族が住まう、通称『灰の連峰』。その中でも一際腕が立ち、同時に一際性格がひねくれていると噂される鍛冶師、グリムロックが今回のターゲットだった。
「セアラ、彼の『嗜好品』の備蓄状況は?」 「……壊滅的。近隣の村が野盗に襲われた影響で、彼が愛飲する『火龍の蒸留酒』の流通が止まっている。……現在は、空の樽を叩いて機嫌を損ねている模様」
「完璧なタイミングですね。……閣下、外交の時間です。ドワーフを動かすのは言葉ではなく、良質な燃料と、もっと良質な酒です」
数時間後。テオたちは、セアラの影移動によってグリムロックの工房の前に立っていた。 「酒だ! 酒を持ってこんか、この役立たずどもめ!」 工房の中から、雷鳴のような怒声と、ハンマーを床に叩きつける音が響く。
「……あの、レティシア。すごく怒ってるみたいだけど大丈夫かな?」 テオがレティシアの背中に隠れる。
「問題ありません、閣下。彼は今、『飢えている』だけですから」 レティシアは合図を送り、ハンス(宿屋支配人)に運ばせた特製の樽を入り口に置かせた。
「ドワーフの誇り高き職人、グリムロック殿とお見受けする。要塞都市テオドールの主、テオ閣下が『極上の潤滑剤』を持参されました。……これでも、門前払いを続けますか?」
レティシアが樽の栓を抜いた瞬間、芳醇なアルコールの香りが工房を満たした。 ドスン、という重い足音が近づき、扉が荒々しく開かれる。そこにいたのは、煤まみれで立派な髭を蓄えた、岩のように頑強なドワーフだった。
「……ぬぅ。この香りは『火龍の蒸留酒』……いや、それ以上に洗練されておるな。貴様ら、何者だ?」 グリムロックの鋭い眼光が、テオたちを射抜く。
「ボク、テオって言います! 貴方の作る、すごい剣や道具をボクたちの街で使わせてほしいんだ!」 テオが一生懸命に声を張ると、グリムロックは鼻で笑った。
「ふん、坊主。俺の打つ鉄は高いぞ? 金貨で山を作っても、俺の気に入らねえ仕事は受けん」
「金貨、ですか。……ロレッタ殿、例のものを」 レティシアの言葉に応じ、ロレッタが小さな結晶を差し出した。テオの純粋な魔力を高密度に圧縮した、虹色に輝く『魔力結晶』だ。
「これは……! これほどの純度、伝説のオリハルコンを溶かすにもお釣りがくるぞ……!」 グリムロックの目が、職人としての欲望でギラリと光った。
「グリムロック殿。我々は貴殿を、ただの雇われ鍛冶師として誘っているのではありません」 レティシアは一歩踏み込み、冷徹かつ情熱的に告げた。 「我がテオドールの『工廠長』として、世界に類を見ない魔導武装の量産体制を築いていただきたい。酒は無限に供給しましょう。素材は閣下の魔力で錬成しましょう。貴殿はただ、その腕を振るうだけでいい」
「……酒と、最高の素材か。くっ、くかかか! 面白い! 兵站だか何だか知らねえが、その無謀な夢、俺の金槌で叩き上げてやろうじゃねえか!」
グリムロックが大きな手でテオの手を握る。その手は熱く、鉄の重みがあった。 こうして、要塞都市テオドールに「最強の鍛冶部門」が加わった。
「少佐、これで装備の自給自足が可能になるね。……次は、この武器を振るうための『専門部隊』の編成かな?」 ロレッタの不敵な問いに、レティシアは碧眼を細め、静かに頷いた。
テオドールの武装化。それは、平和な宿場町の裏側で、確実に進行していく軍事の合理性であった。




