第15回:要塞都市の関税制度と、不沈の「流通ハブ」
「――以上が、我がテオドールが提示する『特権的通商条約』の草案です。カシム殿、計算は合いますか?」
レティシアが差し出した羊皮紙を手に、銀の天秤商会のカシムは震える手で内容を追っていた。彼の隣では、先ほどまで殺気立っていた護衛の傭兵たちが、あまりに整然としたダンジョンの威容と、ロレッタが算出した「抵抗した場合の生存率:0.2%」という非情な数値に、完全に戦意を喪失して項垂れている。
「……こ、これは。通行税を免除する代わりに、この地を中継するすべての商品の5%を、我が商会の優先買取枠として供出せよ……と?」
「正確には、『安全保障料』としての5%です」 レティシアは冷徹な笑みを浮かべ、魔法地図の地上部を指し示した。「この周辺の森には野盗連合の残党が潜んでいます。ですが、我が軍の管理下にある『テオドール街道』を通る限り、積荷の安全性は100%保証される。セアラが影から監視し、我が工兵大隊が常に路面を整備していますから」
「そ、それは確かに魅力的ですが……」
「さらに」 ロレッタが横から口を挟んだ。「君たちが王都へ向かう際、通常なら三週間かかる険しい峠越えが必要だが、このダンジョンの地下3階に構築した『物流回廊』を通れば、わずか三日で踏破できる。この時間短縮によって生じる利益の最大化を、君の商人の頭脳なら計算できるはずだ」
カシムの目が、欲と驚愕に揺れた。ダンジョンを「攻略対象」や「巣穴」ではなく、大陸の物流を支配する「バイパス」として利用する。そんな発想、人類の歴史のどこにも存在しなかった。
「レティシア、この人たち、笑ってるよ。ボクたちの作った道、喜んでくれるのかな?」 テオが玉座から身を乗り出し、純粋な好奇心をカシムに向ける。
「ええ、閣下。彼らは今、『搾取される恐怖』よりも『儲かる喜び』に支配されています。兵站の支配とは、力で押さえつけることではなく、相手に『従った方が得だ』と思わせることにあります」 レティシアはテオの頭を優しく撫でると、カシムに向き直った。
「カシム殿、契約は成立ということでよろしいですね? 拒否されるのであれば、地下3階の『落とし穴直通便』をご案内しますが……」
「せ、成立です! むしろこちらからお願いしたいくらいですな!」
カシムは慌てて契約書に署名した。彼はこの時、自分たちが「世界で最初のテオドール経済圏の臣民」になったことにまだ気づいていなかった。
数時間後、商隊は山積みの契約と、テオドールが発行した「安全通行許可証」を手に、驚きと共に地上へと戻っていった。
「……第一フェーズの資本流入を確認。少佐、これで次の『娯楽施設』への投資資材が買えるね」 ロレッタが満足げに算盤を弾きながら、モニターに新しい設計図を映し出した。
「ええ。物流を押さえた次は、滞留させるための『仕掛け』が必要です。閣下、次は地上に宿場を作り、旅人の財布を合法的に開放させる『カジノ』の建設計画へ移行します。……カシム殿、少し耳を貸してください。貴殿の商会に、非常に実入りの良い『勧誘』の話があるのですが?」
レティシアの碧眼が、商人の欲望をさらに煽るように妖しく光った。テオドールの次なる一手は、武力でも防衛でもなく、「欲望」による支配であった。




