第14回:武装商人の損得勘定と、非対称の接待
「……報告。地上入り口にて、対象が接触を開始。商隊を装っていますが、馬車の車軸の沈み込みから、重装備の護衛を最低十名は隠蔽しています」
セアラの声が、司令室の静寂に冷たく響く。 レティシアは、ロレッタが算出した「周辺勢力の経済活動予測」を眺めながら、不敵に口角を上げた。
「欲深いハイエナどもが、ようやく餌の匂いを嗅ぎつけましたか。……閣下、これより『外交』を開始します。心の準備はよろしいですか?」 「う、うん。ボク、頑張るよ。レティシアが言った通り、『怖がらないで、威厳を持つ』んだよね?」 テオは新調された豪奢な法衣の裾をぎゅっと握りしめ、背筋を伸ばした。
地上の入り口では、自称「銀の天秤商会」の責任者、カシムが愛想笑いを浮かべて立っていた。彼の背後には、商品を運ぶはずの馬車。だがその中には、抜身の剣を抱えた傭兵たちが潜んでいる。
「いやあ、こんな辺境に立派な要塞ができていると聞きましてな。ぜひ、この地の『主』にご挨拶をと……」
カシムが言葉を濁したのは、ダンジョンの重厚な扉が音もなく左右に割れたからだ。 中から現れたのは、影のように希薄な存在感を放つ少女、セアラ。
「……閣下が、お待ちです。……こちらへ」
カシムたちは顔を見合わせ、内心で嘲笑った。 (子供の『閣下』に、小娘一人の案内役か。ちょろいもんだ。隙を見て制圧し、この施設の構造を奪い取ってやる)
だが、彼らが回廊へ一歩足を踏み入れた瞬間、その油断は「戦慄」へと書き換えられた。 通路は、かつての廃墟の面影など微塵もない。鏡のように磨かれた大理石の床、魔法光によって昼間のように照らされた天井、そして何より――。
「――歩行速度を維持せよ。視線は前方固定。第1工兵大隊、作業継続!」
通路の両脇で、筋骨隆々の「元野盗」たちが、一糸乱れぬ規律で巨大な石材を積み上げていた。その光景は、商隊が知る「ダンジョンの魔物」よりも遥かに恐ろしく、統制された「暴力の軍隊」そのものだった。
「な、なんだこの圧迫感は……。ただの工事現場じゃないぞ、これは……」 カシムの額に冷や汗が流れる。 傭兵たちが馬車の中で剣を握る手が、恐怖で震え始めた。彼らは本能で理解したのだ。自分たちが「狩る側」ではなく、巨大な胃袋の中に「招かれた餌」に過ぎないことを。
やがて彼らは、広大な「謁見の間」へと導かれた。 高い玉座に座る幼い少年テオ。その傍らには、不動の姿勢で控える銀髪の女将校、レティシア。
「ようこそ、我がテオドールへ。銀の天秤商会の皆さん」 テオがレティシアに教わった通りの、落ち着いた声で告げる。
「は、ははっ! 恐悦至極に存じます……!」 カシムは思わず地面に膝をついた。後ろの傭兵たちも、馬車から出るタイミングを完全に失い、息を殺している。
レティシアが、一歩前に出た。その碧眼が、馬車の中に潜む「不純物」を透視するように射抜く。
「カシム殿。我が主は寛大ですが、兵站の管理官である私は些か潔癖でしてね。……その馬車の中に隠している『不良在庫(傭兵)』、この神聖な都市に持ち込むには、些か関税が高くつきますが?」
「っ!? な、なぜそれを……!」
「数学的に考えれば明白ですよ」 背後の暗がりから、ロレッタが退屈そうに声をかけた。 「馬車の沈み込み、御者の視線の動き、そして今の君の心拍数。……君たちがここで『損』をする確率は、現在99.8%だ。0.2%の慈悲が欲しければ、今すぐその玩具を捨てて、ビジネスの話をすることだ」
カシムは完全に折れた。 このダンジョンは、力で奪えるような場所ではない。圧倒的な「知性」と「規律」によって統治された、異次元の要塞なのだ。
「……わ、分かりました。我々は、商売をしに来たのです。正当な、商売を……!」
レティシアは満足げに頷いた。 「よろしい。では、フェーズ3『防衛的通商路の確立』について、具体的な契約書を作成しましょう」
要塞都市テオドールが、初めて「外部の資本」を飲み込んだ瞬間だった。 それは武力による制圧よりも遥かに強固な、経済という名の鎖の始まりであった。




