第10回:嵐の予兆と、震える記憶
地上の偵察から戻ったセアラが、影から静かに膝をついた。「……報告。森の境界線に、複数の野盗集団の合流を確認。その数、およそ二百。周辺の村々を焼いたはぐれ兵や、賞金稼ぎの残党も含まれています」
司令室の空気が一変した。二百という数字は、これまでの小規模な侵入者とは次元が違う。物理的な物量による飽和攻撃は、いかに巧妙な罠といえども、処理能力を超えかねない数値だった。
「二百……。レティシア、どうしよう。そんなにたくさん、ボクの魔力じゃ支えきれないよ……」 テオの小さな手が、不安に震える。その瞳に、かつての暗い記憶がフラッシュバックしていた。
「……ボク、思い出しちゃうんだ。前の主様に『何も生み出せないゴミ』って蹴り飛ばされて、暗い穴に捨てられた時のこと。あの時も、たくさんの怖い大人たちがボクを見て笑ってた……」 テオにとって、大人数の集団は「暴力」と「拒絶」の象徴だった。前の主である魔術師に、魔物も出せない欠陥品として罵倒され続けた記憶が、彼の自己肯定感を今も根底から揺さぶっている。
レティシアは静かに歩み寄り、テオの小さな背を優しく、だが力強く叩いた。 「閣下、深呼吸を。貴公はもう、あの時のような独りぼっちの『ゴミ』ではありません。この私を従える、この要塞の最高司令官です」
彼女の碧眼には、北方軍で数千の敵を相手にしてきた指揮官としての「戦域」が見えていた。 「敵の数が多いということは、それだけ『兵站』が脆弱であるという弱点も抱えています。無秩序な集団ほど、崩すのは容易です」
「面白いね。烏合の衆が数を頼みに押し寄せるか。……少佐、彼らの食糧事情を計算したよ」 ロレッタが魔法モニターを弾き、冷徹な数値を提示した。 「二百人の男が、この痩せた土地で略奪のみで維持できるのはせいぜい三日が限界だ。彼らは焦っている。短期決戦でこのダンジョンを落とし、中の財宝を分かち合うつもりだろう」
「つまり、三日持ちこたえれば、彼らは勝手に崩壊するということです。……ですが、我が軍の流儀は『防衛』に留まりません」 レティシアは虚空から魔導ライフルのボルトを引き、重厚な金属音を響かせた。
「セアラ、貴公は敵の補給担当……すなわち食糧を積んだ馬車を、一点のみ破壊しなさい。バルザック殿、貴公は『残った食糧』を巡って彼らが疑心暗鬼に陥るよう、偽の情報の伝達経路を算出しなさい」
「『資源の希少性による内部崩壊』か。くくっ、相変わらず性格が悪いな、少佐」 ロレッタは不敵な笑みを浮かべ、指先を踊らせる。
「閣下、これは我々が真の『軍』として飛躍するための、最初の正念場です。この二百人を屈服させ、労働力として再教育できれば、要塞都市テオドールの労働力不足は一気に解決します」 レティシアは跪き、テオの目を見て真っ直ぐに告げた。 「恐怖を希望へ、略奪を経済へ。その第一歩を、武力をもって示しましょう。貴公がもう二度と、誰にも怯えなくて済む世界を作るために」
「……うん、レティシア。ボク、頑張るよ。もう『欠陥品』なんて言わせない!」 テオの瞳から怯えが消え、決意の光が宿る。
地響きのような野盗たちの咆哮が、ダンジョンの入り口まで届き始めていた。 最弱の閣下と、三人の天才たちによる、初めての大規模防衛戦が幕を開けようとしていた。




