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婚約破棄された悪役令嬢ですが、すべて計画通り〜ここからが本番です  作者: 一条 咲夜


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第9話:盤上の支配者

森の奥。


人の気配が遠のいた場所で、リリアーナは足を止めた。


木々の隙間から差し込む光が、淡く地面を照らしている。


静寂。


風が葉を揺らす音だけが、わずかに耳に届く。


「……この辺りでいいかしら」


小さく呟き、ゆっくりと振り返る。


そこには、誰もいない――はずだった。


「出てきなさい」


穏やかな声。


けれど、その響きには一切の迷いがない。


数秒の沈黙。


やがて。


「……やはり、気づいていたか」


低い声と共に、木陰から一人の男が姿を現した。


黒い外套に身を包んだ男。


その立ち振る舞いには、隠しきれない鋭さがある。


リリアーナは、その姿を一瞥してから、わずかに目を細めた。


「随分と堂々とした尾行だったわね」


「気配は消していたつもりだが」


「ええ。普通なら気づかないでしょうね」


さらりと言い切る。


男は、わずかに口元を歪めた。


「普通ではない、ということか」


「そうね」


リリアーナは、あっさりと肯定した。


その余裕に、男の視線がわずかに鋭くなる。


「……お前は何者だ?」


短く、核心を突く問い。


リリアーナは、少しだけ考える素振りを見せてから――


「そうね」


と、静かに口を開いた。


「あなたは、“盤上の駒”だと思う?」


「……は?」


予想外の返答に、男が眉をひそめる。


「この世界のことよ」


リリアーナは続ける。


「決められた配置。決められた役割。決められた結末」


一歩、ゆっくりと近づく。


「その中で動くのが、“駒”」


男は無言でその言葉を聞いている。


「でもね」


リリアーナは、わずかに微笑んだ。


「中には違う存在もいるの」


その瞳が、静かに細められる。


「盤そのものを“動かす側”」


空気が、変わった。


目に見えない圧が、じわりと広がる。


男の表情が、わずかに強張る。


(……なんだ、この感覚は)


本能が、警鐘を鳴らしている。


目の前の少女は、ただの令嬢ではない。


「お前は――」


言いかけた言葉を、リリアーナが静かに遮る。


「さて」


くるりと背を向ける。


「あなたに興味はあるけれど、今は時間がないの」


軽く手を振るような仕草。


「それよりも」


視線だけをわずかに横へ流す。


「そろそろ、“結果”が出る頃でしょう?」


その言葉の意味を、男は理解できなかった。


だが――


次の瞬間。


遠くから、慌ただしい気配が伝わってきた。


複数の足音。


焦りを含んだ声。


「……何か起きたな」


男が呟く。


リリアーナは、くすりと小さく笑った。


「ええ」


そして、振り返る。


その瞳には、はっきりとした確信が宿っていた。


「“予定通り”よ」


同時刻。


王都――


「聖女様が……奇跡を使えない……?」


その噂は、すでに城下へと広がり始めていた。


市場の一角。


人々がざわめきながら、声を潜める。


「昨日も失敗したらしいぞ」


「いや、それどころか……村で治療もできなかったとか」


「そんな……じゃあ、今までの奇跡は……?」


不安と疑念。


それが、静かに広がっていく。


“絶対”だったはずの存在が、揺らいでいる。


「……どういうことだ」


王太子は、苛立ちを隠そうともせず言い放った。


「説明しろ」


目の前に跪く神官が、震えながら答える。


「わ、我々にも原因は……ただ……」


「ただ、何だ」


「聖女様の力が……極端に不安定になっております」


沈黙。


「……不安定?」


「は、はい。本来なら常に発動可能なはずの加護が、条件を満たしても……発動しない場合が……」


その言葉に、王太子の表情がわずかに歪む。


(条件を満たしても、発動しない?)


ありえない。


それでは――


「……まるで」


無意識に、言葉が漏れる。


「最初から、完全ではなかったみたいではないか」


神官は、何も答えられなかった。


その頃。


「……っ」


エミリアは、ひとり俯いていた。


村の外れ。


さっきまでの視線が、頭から離れない。


疑い。


失望。


そして――否定。


(違う……私は……)


拳を握る。


(間違ってない……!)


そう思いたいのに。


現実が、それを許さない。


「……リリアーナ」


名前を口にする。


その瞬間、胸の奥に黒い感情が広がった。


「……あの人さえいなければ」


ぽつりと、零れる。


けれど。


その言葉の裏で、もう一つの感情があった。


恐れ。


(あの人は……何なの?)


理解できない。


予測できない。


“知っているはずの世界”の外側にいる存在。


「……っ」


思わず、体が震える。


その時。


「――まだ、諦めるには早い」


背後から、低い声がした。


振り返る。


あの青年が、静かに立っていた。


「……え?」


「力が出ない理由があるはずだ」


淡々と告げる。


「それを見つけるべきだ」


エミリアは、言葉を失う。


(理由……?)


そんなもの、考えたこともなかった。


“使えるのが当然”だったから。


「……考えろ」


青年は続ける。


「何が足りないのか」


その言葉が、胸に刺さる。


(足りない……?)


初めて、その視点を与えられる。


そして――


リリアーナの言葉が、頭の中に蘇る。


『条件が揃わなければ、発動しない』


「……っ」


エミリアの瞳が、大きく揺れた。


森の奥。


リリアーナは、静かに空を見上げていた。


「そろそろね」


小さく呟く。


すべては、計画通りに進んでいる。


一つの“前提”が崩れれば、連鎖的にすべてが崩れる。


そして。


「最後に残るのは――」


わずかに、笑みを浮かべる。


「本物だけ」


その声は、誰にも届くことなく、静かに消えた。

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