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婚約破棄された悪役令嬢ですが、すべて計画通り〜ここからが本番です  作者: 一条 咲夜


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第8話:崩れ始めた聖女

「――もう一度、確認しろ」


王太子の低い声が、謁見の間に重く響いた。


「は、はい……しかし、何度試しても……」


報告する側近の額には、はっきりと汗が滲んでいる。


「聖女様の“奇跡”――傷を癒し、病を退ける加護が……発動しておりません」


その瞬間。


場の空気が、凍りついた。


「……ありえない」


王太子が、ゆっくりと立ち上がる。


「傷を癒し、病を退ける力だぞ。それが使えないなど――」


「ですが、事実でございます」


重ねられた言葉に、誰も反論できない。


ざわめきが、じわじわと広がっていく。


これまで絶対のものとされていた“奇跡”。


その前提が、音もなく崩れ始めていた。


その頃。


「……どうして」


エミリアは、何度目か分からない言葉を繰り返していた。


小さな村の一角。


粗末な寝台の上には、腕から血を流した青年が横たわっている。


周囲には、不安げな村人たち。


その視線を受けながら――


エミリアは、震える手をかざした。


(ここは、回復イベントのはず……!)


頭の中の“知識”が、そう告げている。


“聖女が癒しの奇跡を発動し、負傷者を救う”


そして感謝され、評価が上がる――


「お願い……来て……!」


祈るように、強く念じる。


手のひらに意識を集中させる。


本来なら、ここで。


淡い光が溢れ、傷が塞がるはずなのに――


何も、起きない。


「……っ」


空気は、ただ静かなまま。


血は止まらず、痛みに顔を歪める青年の呼吸が荒い。


「なんで……」


かすれた声が漏れる。


「どうして、出ないの……?」


焦りが、胸を締めつける。


(おかしい……こんなの、ありえない……!)


もう一度。


「もう一回……!」


必死に手をかざす。


けれど。


何度繰り返しても――


何も、起きない。


「……嘘でしょ」


ぽつりと落ちた言葉は、誰に届くこともなく消えた。


周囲の空気が、変わり始める。


「聖女様……?」


戸惑いの声。


「まだ、治らないのか……?」


「本当に、奇跡が……?」


疑念が、ゆっくりと広がっていく。


その視線が、痛いほど突き刺さる。


「ち、違うの……!」


エミリアは顔を上げた。


「これは、その……少し調子が……!」


言葉が、うまく出てこない。


(違う……違う……!)


内心では、はっきりと理解していた。


これは“調子”なんかじゃない。


(発動してない……)


その事実から、目を逸らせない。


その時。


「――退いてくれ」


低く、落ち着いた声が背後から響いた。


振り返る。


そこには、あの青年が立っていた。


「……え?」


「やってみる」


短く告げると、青年は迷いなく前に出る。


負傷者の前に膝をつき、静かに手をかざした。


その動作は、あまりにも自然で――


次の瞬間。


淡い光が、ふわりと広がった。


「……っ!?」


エミリアの目が、大きく見開かれる。


柔らかな光が、傷口を包み込む。


流れていた血が止まり、裂けていた皮膚がゆっくりと閉じていく。


まるで、最初から何もなかったかのように。


「す、すごい……!」


「治った……!」


村人たちの声が、一斉に上がる。


「ありがとう……!」


「助かった……!」


その視線は、完全に青年へと向けられていた。


感謝と、信頼。


さっきまでエミリアに向けられていたはずのものが――


すべて、奪われている。


(なんで……)


思考が追いつかない。


(どうして、この人が……)


“聖女の奇跡”を。


当たり前のように使っている。


「……終わった」


青年は静かに立ち上がる。


その視線が、エミリアへ向けられる。


ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶように間があって――


「君は――何がしたかったんだ?」


その一言が、深く突き刺さる。


「……っ」


喉が、詰まる。


「ち、違う……私は……」


否定しようとする。


けれど。


言葉が続かない。


事実として。


“何もできなかった”のだから。


周囲の視線が、はっきりと変わっていた。


期待は消え、残っているのは――


疑いと、失望。


「……聖女様、じゃなかったのか……?」


小さな呟き。


けれど、それは決定的だった。


「――っ!」


胸の奥が、音を立てて崩れる。


(違う……違うのに……!)


私は、ヒロインで。


聖女で。


すべてを知っているはずなのに。


どうして。


どうして――


「……リリアーナ」


無意識に、その名前が零れる。


そして。


ようやく、理解する。


(あの人のせいだ)


すべてが狂い始めたのは。


あの断罪の瞬間から。


「……許さない」


小さく呟く。


その目に、憎しみが灯る。


けれど。


その感情すら――どこか遅すぎた。

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