第7話:聖女の力の正体
「……どうして」
ぽつりと、エミリアは呟いた。
森の中を進みながらも、その足取りは重い。
(おかしい)
何度も、同じ言葉が頭の中を巡る。
(どうして、うまくいかないの……?)
これまで、すべては順調だった。
ゲームの知識通りに動けば、間違いなく“正解”に辿り着けるはずだった。
なのに――
「奇跡が、起きない……」
小さく零れたその言葉に、隣を歩く青年がわずかに視線を向けた。
「何か言ったか」
「え……あ、ううん、なんでもない」
慌てて首を振る。
(言えるわけない)
“奇跡”なんて、この世界の人間には当たり前のものでも――その仕組みを“知識として知っている”なんて。
知られていいはずがない。
(でも……)
エミリアは、自分の手を見つめた。
本来なら。
“ここで癒しの奇跡が発動して、好感度が上がるイベント”のはずだった。
それなのに。
(どうして、発動しないの……?)
胸の奥がざわつく。
「……不安そうだな」
低い声が、すぐそばから降ってきた。
顔を上げると、青年がこちらを見ていた。
「別に」
強がるように言い返す。
「大丈夫だから」
「そうは見えないが」
即答されて、言葉に詰まる。
「無理をするな。状況はまだ安定していない」
淡々とした口調。
けれど、その言葉には不思議と重みがあった。
(……なんで)
エミリアは、少しだけ違和感を覚える。
(この人……)
まるで、“全部分かってるみたいな言い方”
その考えを、すぐに振り払う。
(そんなわけない)
この世界は、ゲームの中。
自分だけが“知っている側”のはず。
なのに――
(リリアーナは……違った)
あの余裕。
あの確信。
(まるで、私より上みたいな……)
「……っ」
思わず、唇を噛む。
認めたくない。
けれど、現実は確実に崩れ始めている。
その頃。
「――やはり、そうなのね」
森の奥。
リリアーナは、静かに目を細めていた。
その視線の先には、わずかに残る“気配”。
エミリアがいた場所に、ほんの僅かに漂っていたもの。
「不完全だわ」
ぽつりと呟く。
「だから、ズレる」
手を軽くかざす。
すると、空気がわずかに揺らいだ。
(“再現”しているだけ)
本来、この世界に存在する力を。
“知識”として再現しているにすぎない。
だから――
「条件が揃わなければ、発動しない」
当然のこと。
「でも、それを本人は理解していない」
小さく、笑う。
(だからこそ、崩れる)
完璧だと思い込んでいるものほど、脆いものはない。
「さて」
リリアーナは、ゆっくりと歩き出した。
「次は、どこを崩そうかしら」
その声は、楽しげですらあった。
再び、エミリアたち。
「……ねえ」
不意に、エミリアが口を開く。
「さっきの人って……」
リリアーナのこと。
言いかけて、言葉を濁す。
青年は少しだけ考えてから、短く答えた。
「只者ではないな」
その一言。
「……やっぱり」
胸の奥が、ざわりと波打つ。
「あなたは、どう思う?」
思わず聞いてしまう。
すると青年は、少しだけ視線を遠くに向けてから――
「――関わるべきではない」
そう断言した。
「え……?」
「少なくとも、今はな」
淡々と続ける。
「踏み込めば、戻れなくなる」
その言葉に。
エミリアの背筋が、ぞくりと震えた。
(戻れなくなる……?)
それはまるで。
“もうゲームには戻れない”と、言われたような気がした。
「……そんなの」
小さく呟く。
「もう、とっくに遅いよ……」
青年は何も答えなかった。
ただ、静かに前を見据えている。
その横顔を見ながら――
エミリアは、はっきりと自覚した。
(私……間違えた?)
最初の選択を。
あの瞬間を。
やり直すことは、できない。
「……リリアーナ」
その名前を、今度は恐れと共に口にする。
そして。
その恐怖は、確信へと変わりつつあった。
(あの人は――敵だ)
その頃、王都では。
「聖女様の奇跡が確認できないだと?」
王太子の声が、低く響く。
「は、はい……ここ数日、一度も……」
報告を受けた側近の顔も青い。
ざわめきが、広がっていく。
“奇跡の聖女”
その前提が、静かに崩れ始めていた。




