第6話:揺らぎ始めるシナリオ
「……どういう、こと……?」
エミリアの声は、かすかに震えていた。
“助かった”はずなのに。目の前の状況は、確かに危機を脱しているはずなのに――
どこか、おかしい。
その違和感が、じわじわと彼女を締めつけていた。
「選択の結果よ」
リリアーナは、変わらぬ微笑みでそう言った。
「あなたは、何も選ばなかった。だから、誰かに選ばれる側になった」
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
(何も……選ばなかった?)
そんなはずはない。
私は、この世界を知っている。結末も、イベントも、全部。
(だから、間違えるはずがないのに……)
なのに。
「……違う」
ぽつりと呟く。
「こんなの、違う……」
リリアーナは何も答えない。ただ静かに、こちらを見ているだけ。
それが余計に、エミリアの心を乱した。
「だって、ここは……こんな展開、なかった……」
そう。こんな“襲撃イベント”なんて、存在しない。
本来なら――
(私は、王都で称賛されてるはずで……)
断罪イベントを乗り越え、悪役令嬢を排除した後は、順調に好感度を上げていく。
それが“正しいルート”のはずだった。
なのに。
「どうして……」
エミリアは、ぎゅっと拳を握りしめた。
その様子を、青年は黙って見ていた。
やがて、低く口を開く。
「ここは、危険だ」
端的な言葉。
「移動する。ついて来い」
「え……あ、うん……」
エミリアは反射的に頷く。
他に選択肢がない。
そう思った。
(……また、“選ばされた”?)
その考えが頭をよぎり、ぞくりと背筋が冷える。
「リリアーナは……?」
恐る恐る尋ねる。
すると、リリアーナはあっさりと答えた。
「私は別行動にするわ」
「え?」
「やることがあるの」
まるで当然のように。
エミリアは思わず一歩踏み出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
声が上ずる。
「なんでそんなに余裕なの!?おかしいでしょ!?」
叫びに近い声。
「全部……全部、あなたの言う通りに進んでるみたいで……」
怖い。
その感情が、はっきりと形になっていた。
リリアーナは、その言葉を静かに受け止める。
そして。
「ようやく、気づいたのね」
そう言って、わずかに目を細めた。
「え……?」
「“違和感”に」
一歩だけ近づく。
エミリアは、思わず後ずさった。
「あなたの知っている物語は、“完成されたもの”でしょう?」
「そ、そうよ……」
「でも現実は違う」
リリアーナの声は、どこまでも落ち着いている。
「少しのズレで、いくらでも形を変える」
そして。
「その“ズレ”を作っているのが、誰だと思う?」
エミリアの呼吸が止まる。
「……まさか」
かすれた声。
リリアーナは、ただ微笑んだ。
それだけで、答えは十分だった。
「……そんなの、ずるい」
ぽつりと零れる。
「私だって……ちゃんとやってきたのに……」
涙が滲む。
「知識もあるし、努力もしたし……なのに……」
どうして、うまくいかないのか。
その問いに対して。
リリアーナは、ほんの少しだけ考える素振りを見せて――
「そうね」
静かに口を開いた。
「一つ、教えてあげるわ」
エミリアが顔を上げる。
「あなたは、“正解をなぞること”しかしていない」
その言葉が、鋭く突き刺さる。
「でもそれは、“選んでいる”とは言わないのよ」
沈黙。
エミリアは、何も言い返せなかった。
リリアーナは、その様子を一瞥してから背を向ける。
「じゃあね」
軽く手を振る。
「次に会う時は、もう少し面白い選択を期待しているわ」
「ま、待って……!」
エミリアが手を伸ばす。
けれど、その距離は埋まらない。
リリアーナは振り返ることなく、森の奥へと歩き出した。
その背中が、ゆっくりと見えなくなっていく。
残されたのは、エミリアと――
「行くぞ」
短く告げる青年。
「……うん」
エミリアは、力なく頷いた。
けれど、その足取りは重い。
(どうして……)
頭の中で、何度も繰り返す。
(なんで、私の知ってる通りにならないの……?)
その答えは、もう示されている。
けれど、まだ受け入れられない。
「……リリアーナ」
小さく名前を呼ぶ。
その声は、森の中に静かに消えていった。
――そして。
その頃、王都では。
「聖女様の奇跡が……発動しない?」
ざわめきが、広がり始めていた。




