第4話:盤上の外側
「……ふざけないで。ヒロインは、私なんだから」
エミリアの声は、先ほどまでとは違っていた。焦りと苛立ちが、はっきりと混ざっている。
私はそれを、ただ静かに見つめる。
「そうね」
短く、肯定する。
「あなたはヒロイン。物語の中心にいる存在でしょう」
だからこそ。
「その立場、せいぜい大事にするといいわ」
エミリアの眉がぴくりと動いた。
「……なに、それ」
「言葉通りの意味よ」
私は一歩だけ距離を詰める。
「あなたが信じている“物語”が、本当に正しいのかどうか――そのうち分かるわ」
「そんなの、決まってるじゃない」
食い気味に言い返してくる。
「だって私は、この世界の結末まで知ってるんだから!」
その言葉に、私はほんの少しだけ笑った。
「ええ。あなたの知っている“結末”はね」
わざと強調する。
その一言で、エミリアの表情が固まった。
「……どういう意味?」
「そのままよ」
私は視線を逸らし、木々の向こうへと目を向ける。
「結末なんて、いくらでも変わるもの」
「変わるわけないでしょ!」
エミリアの声が鋭くなる。
「イベントも、フラグも、全部決まってるの!だから私は――」
「だから、断罪も“予定通り”だった?」
言葉を遮る。
エミリアが一瞬、言葉を失った。
「……そうよ。それが本来の流れだもの」
「そう」
私は頷く。
「なら、なおさら安心ね」
「は?」
「だって私は、“予定通りに断罪されてあげた”んだもの」
沈黙。
風が止まったような、奇妙な静けさが広がる。
「……なに、それ」
エミリアの声が、わずかに震えた。
私はゆっくりと振り返る。
「あなたのシナリオに乗ってあげたのよ」
微笑む。
「その方が、都合が良かったから」
「都合……?」
「ええ」
私は淡々と続ける。
「王都の中では、動きづらいでしょう?あなたも、私も」
権力、視線、監視。あの場所では、すべてが制限になる。
「でも今は違う」
私は軽く腕を広げた。
「ここは王都の外。あなたの“ゲームの外側”」
そして。
「私の“盤上”よ」
エミリアの顔色が、はっきりと変わった。
「……ありえない」
小さく呟く。
「そんな展開、ゲームにはなかった」
「当然でしょうね」
私はあっさりと答える。
「だってこれは、“あなたの知っている物語”じゃないもの」
一歩、さらに近づく。
エミリアは思わず後ずさった。
「あなたは、決められた選択肢の中で動いているだけ」
静かに告げる。
「でも私は――選ぶ側じゃない」
その目を、まっすぐに見据えた。
「作る側よ」
その瞬間、エミリアの瞳に明確な恐怖が浮かんだ。
「……っ」
言葉にならない息が漏れる。
私は満足げに目を細めた。
(やっと、理解し始めたみたいね)
「ねえ、エミリア」
優しく名前を呼ぶ。
びくり、と肩が揺れた。
「あなた、さっき言っていたわよね」
“ヒロインは私”だと。
「ええ、その通りよ」
私は頷く。
「だからこそ――」
少しだけ、声を落とす。
「どんな顔で壊れるのか、楽しみなの」
エミリアの顔が、完全に引きつった。
「……っ、ふざけないで!」
叫ぶ。
「そんなの、絶対にありえない!だって私は――」
その言葉を、私は静かに遮った。
「ええ、知っているわ」
そして。
「あなたはここで、“最初の選択を間違える”」
エミリアの動きが、止まる。
「……は?」
「ほら」
私は視線を横へ向けた。
「例えば、今」
その瞬間。
ガサリ、と草むらが揺れた。
「――いたぞ!」
複数の気配。
武装した男たちが、森の中から現れる。
エミリアの顔が、一気に青ざめた。
「な、に……これ……」
震える声。
「こんなの……イベントに、なかった……」
私は小さく息を吐く。
「だから言ったでしょう?」
ゆっくりと、微笑む。
「ここは、あなたの知らない“外側”だって」
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
その中で、エミリアは完全に動揺していた。
私はそんな彼女を一瞥してから――
くるりと背を向けた。
「さて」
軽くドレスの裾を払う。
「あなたはどうするのかしら?」
一歩、歩き出す。
「ヒロインとして、正しい選択を」
そして、最後に振り返り――
「ちゃんと選べるといいわね?」




