番外編:堕ちた聖女の末路
薄暗い石造りの部屋。
冷たい床に座り込んだまま、エミリアは動かなかった。
「……どうして」
かすれた声が、ぽつりと零れる。
誰もいない空間に、虚しく響くだけ。
「どうして、私が……」
答える者はいない。
あるはずもない。
ここは――
王城の地下。
かつて“聖女”と呼ばれていた少女が、今いる場所としてはあまりにも似つかわしくない場所だった。
「……違うのに」
小さく首を振る。
「私は、間違ってない……」
何度も繰り返してきた言葉。
だが、そのたびに現実が突きつけられる。
(何も、できなかった)
あの時。
あの場で。
何一つ、証明できなかった。
「……なんで」
ぎゅっと拳を握る。
「なんで、あの人だけ……」
脳裏に浮かぶのは、リリアーナの姿。
あの余裕。
あの視線。
すべてを見透かしているような態度。
「……ずるい」
思わず、零れる本音。
「なんで、全部うまくいくの……」
嫉妬。
そして――
敗北感。
「私は……選ばれてたのに……」
そう。
そう思っていた。
自分は特別で。
主人公で。
すべてが上手くいく存在だと。
「……なのに」
現実は、真逆だった。
何も残っていない。
地位も。
信頼も。
未来も。
「……っ」
涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。
止めようとしても、止まらない。
「……やだ」
小さく呟く。
「こんなの……嫌……」
だが。
誰も、助けない。
助ける理由がない。
◇
ガチャリ、と音がした。
扉が開く。
「……っ」
顔を上げる。
そこに立っていたのは――
見慣れた顔。
リリアーナだった。
「……どうして」
声が震える。
「なんで、ここに……」
リリアーナは、静かに歩み寄る。
「様子を見に来ただけです」
淡々とした声。
まるで、何でもないことのように。
「……見に来た?」
エミリアの表情が、歪む。
「私を、笑いに来たの……?」
「いいえ」
あっさりと否定する。
「興味があっただけです」
その一言が、深く刺さる。
「……最低」
絞り出すような声。
だが。
リリアーナは、まったく気にしない。
「それで?」
静かに見下ろす。
「何か、変わりましたか?」
「……は?」
「ご自身の状況についてです」
冷静な問い。
「理解できましたか?」
「……っ」
言葉に詰まる。
理解なんて――
したくない。
「……私は」
震える声で、言い返す。
「悪くない」
その一言。
それが、すべてだった。
「……そうですか」
リリアーナは、小さく頷く。
「では、変わらないでしょうね」
「……何が」
「すべてです」
静かに言い切る。
「何も変わらず、このまま終わるだけです」
その言葉は、残酷だった。
「……やめて」
「現実です」
「やめてって言ってるでしょ!!」
叫び声が、部屋に響く。
感情が、溢れ出す。
「なんで私がこんな目にあうのよ!!」
「私はただ、ちゃんとやろうとしただけなのに!」
「全部、あんたが……!」
その瞬間。
リリアーナの目が、わずかに冷えた。
「……違います」
一言で、遮る。
「すべて、ご自身の選択です」
「違う!!」
「違いません」
言い切る。
一切の迷いなく。
「あなたは、何度でも選べた」
「その度に、間違えただけです」
「……っ」
言葉が出ない。
否定できない。
「……私は」
力なく呟く。
「どうすれば、よかったの……」
その問いに。
リリアーナは、ほんの一瞬だけ沈黙した。
そして。
「簡単です」
と、答える。
「私の言葉を、聞いていればよかった」
その一言。
あまりにも単純で。
あまりにも、残酷だった。
「……そんなの」
笑うしかない。
「そんなの……」
最初から。
勝てるはずがなかった。
リリアーナは、静かに背を向ける。
「これで、終わりです」
その言葉に、エミリアは何も返せない。
ただ。
崩れ落ちるだけ。
「……ああ」
小さく、声が漏れる。
「終わったんだ……」
すべてが。
完全に。
扉が閉まる。
音が響く。
その先に――
誰もいない。
「……やだ」
小さく呟く。
だが。
もう遅い。
何もかもが。
「……やり直したい」
その願いは。
もう、届かない。
◇
その後。
“元聖女”と呼ばれた少女の姿を見た者はいない。
ただ一つだけ。
語られることがある。
――すべてを失った者は、何も残らない。
それが。
彼女の、結末だった。
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