第20話:選んだ代償
王城・執務室。
窓の外は、静かな夜に包まれていた。
だが、その室内の空気は重い。
異様なほどに。
「……これが、報告書か」
王太子は、机の上の書類を見下ろしていた。
その手は、わずかに震えている。
「はい」
側近が答える。
「各地の反応、並びに神殿からの正式見解です」
そこに記されているのは――
否定。
そして、不信。
「……聖女不在による影響、拡大」
「民衆の不安、増加傾向」
「神殿の権威、低下」
ひとつひとつが、重くのしかかる。
「……ふざけるな」
低く、吐き捨てる。
「元はといえば……」
言いかけて、止まる。
(……違う)
責任を押し付けることは、できない。
なぜなら――
(決めたのは、俺だ)
聖女の資格剥奪。
それは、自分の判断。
誰でもない。
自分が、選んだ結果だ。
「……っ」
奥歯を噛みしめる。
だが。
現実は変わらない。
「……代替手段はどうなっている」
低く問う。
「現在、試験段階です」
「だが、実用にはまだ時間がかかるかと」
「……間に合わない」
王太子は、はっきりとそう言った。
今、この瞬間にも。
不安は広がっている。
(このままでは……)
「……リリアーナを呼べ」
短く命じる。
その声には、焦りが滲んでいた。
◇
「お呼びでしょうか」
ほどなくして、リリアーナが姿を現す。
優雅な一礼。
変わらぬ余裕。
「……状況は分かっているな」
「ええ、ある程度は」
静かな返答。
「では話は早い」
王太子は、机に手をついた。
「どうすればいい」
その一言。
完全に、頼る側の言葉だった。
リリアーナは、わずかに目を細める。
(想定通り)
「まずは、落ち着いてください」
穏やかな声。
「焦りは判断を誤らせます」
「……そんなことは分かっている」
苛立ちを含んだ声。
だが、否定はしない。
「では、現実を整理しましょう」
リリアーナは、一歩前へ出る。
「現在の問題は三つ」
「信頼の低下」
「代替手段の未完成」
「そして――」
一拍置く。
「決断の遅れです」
その言葉に、王太子の眉が動く。
「……遅れだと?」
「はい」
リリアーナは、はっきりと言った。
「まだ“中途半端”なのです」
「聖女を切り捨てたにも関わらず」
「新たな体制を確立できていない」
痛いところを突かれる。
「……なら、どうすればいい」
声が、低くなる。
「簡単です」
リリアーナは、迷いなく答えた。
「完全に切り替えることです」
「……完全に?」
「ええ」
「聖女という存在そのものに依存しない体制へ」
その発想に。
王太子は、一瞬言葉を失う。
「……それは」
「難しい、ではなく“決める”問題です」
きっぱりと言い切る。
逃げ道を与えない。
「……っ」
王太子は、拳を握る。
(本当に、それでいいのか)
これまでの価値観。
常識。
それを、すべて否定することになる。
だが――
(もう、戻れない)
選んでしまったのだから。
「……分かった」
低く、呟く。
「やるしかない」
その瞬間。
また一つ、何かが壊れた。
「では」
リリアーナは、静かに微笑む。
「具体的な手順をご説明いたします」
その声は、落ち着いていた。
まるで、すべてを見通しているかのように。
◇
その頃。
「……許さない」
暗い部屋の中。
エミリアは、虚ろな目で呟いていた。
拘束され、自由はない。
それでも。
感情だけは、消えなかった。
「なんで……なんで私が……」
繰り返される言葉。
だが、その奥には。
別の感情が芽生えていた。
「……奪われた」
すべてを。
立場も、信頼も。
そして――
未来も。
「……取り返す」
小さく、呟く。
その声には、異様な執念が宿っていた。
「絶対に……」
その決意は。
まだ終わっていないことを、示していた。
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次回、リリアーナの“真の狙い”が少しずつ明かされます。




