第2話:悪役令嬢の噂
「……聞いた?あの人、やっぱりやってたらしいわよ」
「毒を盛ろうとしたって話、本当だったのね」
「聖女様が気づかなかったら危なかったとか……」
ひそひそと交わされる声。それは私がいなくなったはずの学園で、今日も続いているらしい。
(ええ、そうでしょうね)
私は馬車の中で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。王都を離れて、すでに半日。護衛も最低限、待遇としてはかなり“軽い”追放だ。
(思ったより、優しいのね)
普通なら、もっと厳重に拘束されてもおかしくない。それなのに――
「お嬢様、水をどうぞ」
「ありがとう」
侍女の差し出したグラスを受け取る。透明な水面を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
(全部、用意されている)
あの証拠も、証言も、状況も――完璧すぎるほどに。
「ねえ、マリア」
「はい」
「私、そんなに“分かりやすく”悪いことをしていたかしら?」
マリアは一瞬だけ言葉に詰まり、それから静かに首を振った。
「……いいえ。少なくとも、私にはそうは見えませんでした」
「そう」
やっぱり。
(不自然なのよね)
例えば――毒の件。確かに、私がエミリアに飲み物を渡した“ことになっている”。けれど、あの時私は席を外していたはず。時間が合わない。
なのに、証言では「確かに見た」となっている。しかも複数人。
(まるで、“そうなる未来”をなぞったみたいに)
私はグラスを傾け、水を一口飲んだ。
「……聖女様って、すごいのね」
マリアが少し驚いたようにこちらを見る。
「どういう意味でしょうか?」
「だって、全部“うまくいっている”じゃない」
いじめの証拠も、毒の件も、評判も。すべてが綺麗に繋がっている。偶然にしては、出来すぎている。
(まるで――最初から結末を知っている人がいるみたい)
「……お嬢様、それは」
「ただの想像よ」
私は微笑む。けれど、その仮説はかなり確信に近い。
(エミリア・ルーシェ)
聖女と呼ばれる少女。突然現れ、奇跡を起こし、周囲の信頼を一気に集めた存在。そして――
(私の行動を、先回りするように避けていた)
偶然?いいえ、そんなはずがない。
「まあ、いいわ」
私は背もたれに体を預けた。
「役者は揃っているもの」
「……役者、ですか?」
「ええ」
王太子。聖女。取り巻きたち。そして――悪役令嬢の私。すべてが、ちょうどいい位置にいる。
「舞台としては、上出来ね」
馬車が大きく揺れる。どうやら王都の外れに差しかかったらしい。
「お嬢様……本当によろしいのですか?このままでは、すべてを失います」
その言葉に、私は少しだけ考えるふりをして――
「いいえ?」
あっさりと答えた。
「むしろ、その方が都合がいいの」
「え……?」
マリアが息を呑む。
私は窓の外に視線を向けたまま、静かに続けた。
「だって、“ここから先”は――」
王都の外。つまり、あの子の“シナリオの外側”。
「私の領分だもの」




