第16話:揺らぐ王太子
王城・執務室。
重苦しい空気が、部屋を満たしていた。
「……どういうことだ」
王太子の低い声が響く。
机の上には、いくつもの報告書が広げられていた。
その内容は、どれも同じ。
――聖女の力、不安定。
――奇跡の再現不可。
――信頼の低下。
「これが、事実なのか」
問いかけるような言葉。
だが、答えは出ている。
「……はい」
側近が、重々しく頷いた。
「現在、各地で不安の声が広がっております」
「……っ」
王太子は、苛立ちを隠せなかった。
(なぜこうなった)
すべては、うまくいっていたはずだ。
聖女を迎え入れ。
民の信頼を得て。
国を安定させる――
そのはずだった。
「……あの女は、どうしている」
低く問う。
「あの女」――エミリアのことだ。
「現在、監視下に置かれております」
「使えない聖女など……」
言いかけて、言葉を止める。
(本当に、“使えない”のか?)
一瞬だけ、迷いが生じた。
あの光。
確かに存在していた“奇跡”。
それが、なぜ今は――
「……リリアーナ」
ふと、その名が浮かぶ。
「……何か知っているな、あいつは」
あの冷静さ。
すべてを見通しているような態度。
(まるで――)
最初から、こうなると分かっていたかのように。
「……呼べ」
短く命じる。
「リリアーナを、ここへ」
その頃。
「……呼ばれたみたいね」
リリアーナは、小さく微笑んだ。
侍女からの報告を聞き、ゆっくりと立ち上がる。
「ちょうどいいわ」
(次の段階に進める)
すべては、順調。
むしろ。
予定よりも、少し早いくらいだ。
「では、参りましょう」
静かに部屋を出る。
その足取りに、迷いはない。
執務室の扉が、ゆっくりと開かれる。
「リリアーナ・フォン・アルセリア、参りました」
優雅に一礼する。
王太子は、じっとその姿を見つめていた。
「……単刀直入に聞く」
低い声。
「お前は、どこまで知っている」
その問いに。
リリアーナは、わずかに微笑んだ。
「何についてでしょう?」
とぼけるような返答。
だが。
その瞳は、すべてを理解している。
「……あの女の力だ」
王太子は言う。
「なぜ使えなくなった」
「さあ」
リリアーナは、あっさりと答えた。
「先日も申し上げた通り、“条件が揃っていない”だけでは?」
「……それだけで説明がつくか」
鋭い視線。
だが、リリアーナは動じない。
「ええ」
静かに頷く。
「むしろ、それ以外に理由が必要でしょうか?」
その余裕に。
王太子の眉が、わずかに歪む。
「……お前は、何か隠しているな」
「そう見えますか?」
「見える」
即答だった。
沈黙。
数秒の間。
そして――
「では」
リリアーナが、ゆっくりと口を開く。
「一つだけ、お教えしましょう」
空気が、変わる。
「……何だ」
「聖女の力は、“絶対”ではありません」
静かな言葉。
「環境に依存し、条件に左右される、不完全なものです」
その一言が、重く落ちる。
「……なら、どうすればいい」
王太子は問う。
その声には、わずかな焦りが混じっていた。
リリアーナは、わずかに目を細める。
(来たわね)
「簡単です」
そして。
ゆっくりと、告げた。
「“正しい条件”を整えればいい」
「……具体的には」
王太子が身を乗り出す。
その姿に。
リリアーナは、内心で小さく笑った。
(完全に、こちら側)
「それは――」
言いかけて、わざと間を置く。
そして。
「今は、まだお話できません」
あっさりと引いた。
「……何だと?」
王太子の声が低くなる。
「いずれ、必要な時に」
リリアーナは、優雅に一礼する。
「必ず、お伝えいたします」
その態度は、完全に主導権を握っていた。
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