第14話:崩壊の兆し
王城の一室。
閉ざされた空間の中で、エミリアは落ち着かない様子で歩き回っていた。
「……おかしい」
何度目か分からない言葉が、口から漏れる。
(絶対におかしい……!)
胸の奥に残る違和感が、消えない。
さっき感じた“何かが切れた”ような感覚。
理由は分からない。
でも、それがただ事ではないことだけは分かる。
「……まさか」
ふと、脳裏に浮かぶ顔。
「リリアーナ……?」
その名を口にした瞬間、背筋がぞくりと震えた。
(あの人が、何かした……?)
ありえない、と否定したい。
けれど。
これまでの出来事を思い返せば――
(全部、あの人が関わってるみたいに……)
思考が、そこに収束していく。
「……ふざけないで」
ぎゅっと拳を握る。
「なんで……なんで私がこんな目に……!」
怒りと焦りが、入り混じる。
(私はヒロインで……)
(選ばれる側で……)
(全部、うまくいくはずだったのに……!)
その時。
――コンコン。
扉を叩く音が響いた。
「……誰?」
警戒を滲ませた声。
「失礼いたします」
落ち着いた声と共に、扉が開く。
入ってきたのは、見覚えのある神官だった。
「あなたは……」
「少し、お話がありまして」
ゆっくりと近づいてくる。
その視線は、どこか探るようだ。
「……何の用?」
エミリアは、わずかに身構えた。
「単刀直入に申し上げます」
神官は、静かに言った。
「あなたの“奇跡”についてです」
「……っ」
体が、強張る。
「現在、王城内でも様々な憶測が飛び交っております」
淡々と続ける。
「力が不安定である理由。それを説明できるかどうかで、今後の扱いは大きく変わるでしょう」
「……説明って」
そんなもの、あるはずがない。
(だって……)
“使えるのが当然”だったのだから。
「もし」
神官は、わずかに声を落とした。
「“補助となるもの”に心当たりがあるのであれば、お教えいただきたい」
その一言で。
エミリアの心臓が、大きく跳ねた。
(補助……?)
一瞬だけ。
頭の奥に、何かが引っかかる。
けれど。
「……知らない」
反射的に、首を振っていた。
「そうですか」
神官は、特に表情を変えない。
「では、失礼いたします」
それだけ言うと、静かに部屋を出ていった。
扉が閉まる。
再び、静寂。
「……補助って、何……?」
ぽつりと呟く。
考えようとする。
だが――
(思い出せない)
何かを“知っている気がする”のに。
そこに、手が届かない。
「……なんなのよ」
苛立ちが、募る。
その時。
ふと、視界の端に何かが映った。
机の上。
置かれている、小さな装飾品。
「……これ」
手に取る。
見覚えがある。
けれど――
(いつから持ってた……?)
思い出せない。
「……っ」
胸の奥がざわつく。
(やっぱり、おかしい……)
何かが、ズレている。
記憶も。
現実も。
すべてが、少しずつ。
「……取り戻さないと」
ぽつりと呟く。
その声には、焦りが滲んでいた。
「このままじゃ……終わる」
そして。
その焦りは、やがて――
危うい決意へと変わる。
同じ頃。
王城の中庭。
夜の空気は冷たく、静かだった。
その中を、リリアーナはゆっくりと歩いている。
「……動き始めたわね」
小さく呟く。
エミリアの反応は、予想通り。
(焦れば、必ず“余計なこと”をする)
それが、人間というものだ。
「それに」
ふと、足を止める。
「記憶も、揺らぎ始めている」
完全ではない知識。
不完全な理解。
そこに、ほんの少し手を加えれば――
「簡単に崩れる」
くすり、と笑う。
その時。
「……楽しそうだな」
背後から、低い声。
振り返ると、あの青年が立っていた。
「ええ、少しだけ」
リリアーナは、隠すことなく答える。
「お前は、あの女をどうするつもりだ」
単刀直入な問い。
「どう、とは?」
「放っておけば、暴走する」
その言葉に、リリアーナはわずかに目を細めた。
「それも、予定の内よ」
あっさりと答える。
「……止める気はないのか」
「なぜ止める必要が?」
淡々と返す。
「自分で選んだ結果でしょう?」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
青年は、しばらく沈黙した後――
「……怖い女だな」
ぽつりと呟いた。
リリアーナは、くすりと笑う。
「今さら?」
そして、空を見上げる。
「もうすぐよ」
その言葉の意味を、青年は問わなかった。
ただ、理解していた。
これから起きることは――
止められない。
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