第12話:記憶の綻び
王城の一室。
重く閉ざされた扉の向こうで、エミリアはひとり座り込んでいた。
窓は小さく、差し込む光も弱い。
時間の感覚すら曖昧になるような、静かな部屋。
「……なんで」
ぽつりと、声が落ちる。
返事はない。
あるのは、自分の呼吸音だけ。
(どうして、こうなったの……)
頭を抱える。
これまでの出来事が、何度も何度も繰り返される。
奇跡が使えなかったこと。
人々の視線が変わったこと。
そして――
「リリアーナ……」
その名前を口にした瞬間、胸の奥がざわつく。
(あの人が、全部……?)
違う、と否定したい。
けれど。
状況はあまりにも出来すぎていた。
「……そんなはずない」
小さく首を振る。
(だって、この世界は……)
そこで、思考が止まる。
「……あれ?」
違和感。
ほんの小さな、引っかかり。
(この世界は……“ゲーム”……)
そう。
知っているはずだった。
全部。
イベントも、選択肢も、結末も。
(でも……)
眉をひそめる。
(こんな展開……あった?)
思い出そうとする。
断罪イベント。
追放。
そこまでは、確かにあった。
でも――
(その後……?)
記憶が、曖昧だ。
まるで、そこだけ霧がかかったように。
「……なんで」
胸の奥が、不安で満たされる。
(全部知ってるはずなのに……)
その“前提”が、崩れ始めていた。
同じ頃。
王城の廊下を、リリアーナは静かに歩いていた。
足音は規則正しく、迷いがない。
その姿を見て、すれ違う者たちは自然と道を開ける。
「……変わったものね」
小さく呟く。
ほんの数日前まで。
自分は“断罪された側”だった。
それが今では――
(誰も、私を疑わない)
むしろ。
状況を理解し、説明できる存在として見られている。
「皮肉なものだわ」
くすり、と小さく笑う。
だが、その瞳は冷静なままだ。
「――リリアーナ」
背後から声がかかる。
振り返ると、王太子が立っていた。
「少し話がある」
「ええ、構いません」
二人は、そのまま歩き出す。
しばしの沈黙。
やがて、王太子が口を開いた。
「……あの女のことだ」
エミリアのこと。
「お前は、どこまで知っている」
探るような視線。
だが、リリアーナは動じない。
「さあ」
わずかに首を傾げる。
「どの部分についてでしょう?」
その余裕に、王太子は小さく息を吐いた。
「……とぼけるな」
「とぼけているつもりはありません」
柔らかな口調。
だが、一歩も引かない。
「ただ」
少しだけ、視線を細める。
「“知らないこと”を知っている人間は、そう多くありませんから」
その言葉に。
王太子の眉が、わずかに動いた。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味です」
リリアーナは答える。
「彼女は、“知識”に頼っている」
その一言で、空気が変わる。
「だが、それは完全ではない」
「……なぜ分かる」
鋭い問い。
リリアーナは、ほんの少しだけ微笑んだ。
「簡単なことです」
そして。
静かに告げる。
「“知っているはずの未来”に、私が存在しているからです」
沈黙。
王太子は、その言葉の意味を測りかねている。
だが――
ただ一つ、分かることがあった。
(こいつは……危険だ)
目の前の少女は。
常識の外側にいる。
「……お前は、何者だ」
再びの問い。
リリアーナは、少しだけ考える素振りを見せてから――
「さあ」
と、答えた。
「ただの、“巻き込まれた令嬢”ではありませんね」
その言葉は、否定でも肯定でもない。
だが。
それ以上、踏み込ませない壁になっていた。
その夜。
リリアーナは、自室の窓辺に立っていた。
夜風が、静かにカーテンを揺らす。
「……そろそろかしら」
視線は、遠く王都の灯りへ。
(彼女は、気づき始めている)
自分の“知識”が、完全ではないことに。
(でも、それだけ)
まだ、核心には届いていない。
「届かせるつもりもないけれど」
小さく呟く。
すべては、計画の内側。
一つずつ。
確実に。
崩していけばいい。
「――さて」
ゆっくりと目を閉じる。
思い出すのは。
あの断罪の瞬間。
そして――
“もう一つの記憶”。
(……やり直すのは、二度目)
その事実を、誰も知らない。
「今度は、間違えない」
静かに、目を開く。
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
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