第11話:静かなる反撃
ざわめきは、しばらく止まらなかった。
「偽物だったのか……」
「今までの奇跡は……?」
疑念と動揺が、謁見の間を満たしている。
その中心で。
エミリアは、膝をついたまま動けなかった。
視線が痛い。
否定の言葉が、耳に刺さる。
(違う……)
何度も、心の中で繰り返す。
(私は、聖女で……)
けれど。
それを証明する手段が、もうない。
「……静まれ」
低く、威圧的な声が響いた。
王太子だ。
一言で、場の空気が引き締まる。
「この件については、王家として正式に調査を行う」
その視線が、ゆっくりとエミリアへ向けられる。
「それまでは――」
わずかな間。
「お前の立場は、一時的に保留とする」
その言葉は、実質的な宣告だった。
「……っ」
エミリアの肩が、小さく震える。
(保留……?)
それは。
聖女としての地位が、もはや確定ではないという意味。
(そんな……)
理解した瞬間、胸の奥が冷たくなる。
「衛兵」
王太子が短く命じる。
「彼女を別室へ」
「はっ」
二人の兵士が近づいてくる。
その動きに、かつての敬意はない。
ただの“対象”として扱われている。
「……待って」
かすれた声が漏れる。
けれど。
誰も、足を止めない。
その時。
「――その必要はありません」
静かな声が、場を切り裂いた。
一瞬で、視線が集まる。
その中心に立つのは――
リリアーナだった。
「……お前か」
王太子の眉が、わずかにひそめられる。
「なぜ、ここにいる」
「お呼びがかかる前に、少し確認したいことがありましたので」
穏やかな口調。
だが、その瞳は一切揺れていない。
「確認?」
「ええ」
リリアーナは、一歩前へ進み出た。
「今回の“奇跡”の不具合についてです」
場が、静まる。
「……何か知っているのか」
王太子の問いに。
リリアーナは、わずかに微笑んだ。
「多少は」
その余裕に、空気が張り詰める。
「まず前提として」
静かに言葉を紡ぐ。
「“奇跡”とは、無条件で発動するものではありません」
「……何?」
ざわめきが走る。
「本来、聖女の加護は」
リリアーナは続ける。
「術者の状態、対象の状態、そして“環境”という三つの要素が揃って、初めて安定して発動します」
「そんな話は聞いたことがないぞ」
王太子が言い返す。
「当然です」
即答だった。
「これまでは、“常に揃っていた”からです」
その言葉に、場が一瞬静まる。
「だが、もし」
リリアーナは視線をわずかに動かした。
「そのいずれかが欠けていたとしたら?」
沈黙。
誰も、すぐには答えられない。
「……発動しない、というのか」
王太子が、低く呟く。
「ええ」
リリアーナは、あっさりと頷いた。
「極めて単純な話です」
その口調は、あまりにも冷静だった。
まるで。
最初から分かっていたかのように。
「では、今の状況は……」
誰かが、思わず問いかける。
「条件が、揃っていない」
リリアーナは答えた。
「ただ、それだけです」
「……なら、なぜ今まで問題なかった?」
王太子の問いは鋭い。
その視線を、リリアーナは正面から受け止める。
「“偶然”が重なっていただけでしょう」
その一言。
「……偶然だと?」
「はい」
静かに頷く。
「あるいは」
ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶように間を置いてから――
「“再現されていた”のかもしれませんね」
その言葉に。
エミリアの体が、びくりと震えた。
(再現……?)
心臓が、大きく跳ねる。
「どういう意味だ」
王太子が問う。
リリアーナは、少しだけ微笑んだ。
「そこまでの説明は、また別の機会に」
やんわりとかわす。
だが、その態度は。
“すべて分かっている側”のものだった。
「……ちっ」
王太子が小さく舌打ちする。
「だが、説明は必要だ。いずれ詳しく話してもらうぞ」
「もちろんです」
リリアーナは、優雅に一礼した。
その動作一つで、場の空気が変わる。
先ほどまでの混乱は消え。
代わりに、ある種の“納得”が生まれ始めていた。
「……では」
王太子が改めて口を開く。
「エミリアの処遇だが――」
その言葉に。
エミリアは、はっと顔を上げた。
視線の先には、リリアーナ。
その目が、静かにこちらを見ている。
逃げ場はない。
「しばらくの間、監視下に置く」
王太子の声が、冷たく響く。
「聖女としての扱いは保留。行動も制限する」
それは、ほぼ“失脚”に近い措置だった。
「……っ」
声にならない。
ただ、唇が震える。
「連れていけ」
命令が下る。
兵士たちが、再び近づく。
今度は、拒むこともできなかった。
そのまま。
エミリアは、連れていかれる。
すべてを失ったまま。
静けさが戻った謁見の間。
「……見事だな」
不意に、王太子が呟いた。
「何がですか?」
リリアーナは、表情を変えない。
「ここまで状況を動かしておいて、とぼけるか」
その視線は鋭い。
だが。
リリアーナは、ただ穏やかに微笑んだ。
「買い被りすぎです」
「……そうか?」
「ええ」
軽く首を傾げる。
「私はただ、“見ていただけ”ですから」
その言葉の意味を。
誰も、完全には理解できなかった。
謁見の間を後にして。
リリアーナは、ひとり廊下を歩いていた。
足音が、静かに響く。
「――順調ね」
小さく、呟く。
すべては、予定通り。
一つずつ。
確実に。
盤上は、整っていく。
「さて」
立ち止まり、窓の外を見やる。
遠くに広がる王都。
「次は、どこを崩そうかしら」
その声には、わずかな愉悦が混じっていた。
そして。
静かに、歩き出す。
すべてを掌の上に乗せたまま。




