第21回
倉庫の階のエレベーターのドアが開き、トミー・カルメンの両親はあたりをうかがうようにそろそろと降りた。
「ふたりの様子はわかるかい?」
ジョンは手にしたSDに声をかけた。
「いちばん奥のパーティションの隅に座っています。トミー様の健康状態は正常。カナは身体制御関連データに異常が見られます。CPUのパフォーマンスも通常動作時より70%以上低下しています」
マリーは夫の顔を見た。
「急に私たちが現れたら、危険かしら」
ジョンは妻の肩に手をかけた。
「そろそろトミーの昼寝の時間だ。それまで外で待っていよう」
カナは貸倉庫の壁に背中をもたせかけ、両足を前方に投げだした形で座っていた。トミーはカナの左の脇に座り、彼女の腕に抱かれながら、自分もカナの体を抱きしめ、頭をその左胸にあずけていた。
「カナ…」
数秒の沈黙の後、カナは前方を見つめたまま、口を開いた。
「おちみちょまば、ndせこうあh...ふ...」
トミーは微笑みながら、カナを見上げた。カナは前を見たまま、トミーの肩に回した腕をかすかに動かした。カナの言葉はトミーにとって、愛の言葉だった。ふたりにしか通じない、トミーにしか理解できない、愛の詩だった。トミーはカナが初めて家に来た日のことを思い出していた。そのとき、トミーはまだ5歳で、おそらく実際の記憶とは多くの相違があったはずだが、トミーはその日のことを鮮明に覚えていると信じていた。
その日、大きなカプセルベッドのような機械を、知らない男の人が4人がかりで、玄関からトミーの部屋の隣りの空き部屋に運び込ぶのを、母親の後ろからトミーは見ていた。その部屋は、トミーの身の回りの世話をしてくれたロボットの部屋だった。トミーの世話をしないときは、その部屋のドアは開け放しになっていて、部屋の真ん中で、ロボットが静止していた。ロボットは母親からの指示のみで動作した。トミーが部屋の外から声をかけても、ロボットは何の反応も返さなかった。カナが来た日の数日前に、ロボットは突然いなくなっていた。母親も父親もトミーに何も言わなかったが、トミーも何も言わなかった。カナが来てから数日経つころには、トミーはそのロボットの存在すらほとんど忘れてしまった。
機械が隣りの部屋に運び込まれると、トミーの父親がトミーの手をとり、部屋から出た。
「じゃあ、初期設定はわたしがしておくから」
母親の言葉を聞いて、機械を運んできた男の一人がたずねた。
「お手伝いしますか?」
「だいじょうぶです。ありがとう」
母親は部屋のドアを閉めた。男はタブレットを父親に渡した。
「ここからここまでを読んでいただいて、よければここのチェックボックスを…」
男たちが帰った後、トミーは父親とリビングでトライゴをやって遊んだ。トミーはトライゴが大好きだった。
「パパ、さっきの、なに?」
「アンドロイドだよ。トミーのお世話をするんだ」
「前のロボットはどうしたの?」
「あれはレンタル、借りてたんだよ。先週返したんだ」
リビングの入り口に誰かの気配を感じ、トミーは顔を上げた。母親と、見知らぬ女の人がそこに立っていた。女の人はトミーの顔をまっすぐ見て、にっこりと微笑んだ。
「はじめまして、トミー。カナです。よろしくね」
トミーはカナの笑顔を数秒間黙って見つめた後、再びトライゴの盤面に視線をもどした。その後、父親と2回対戦したが、2回ともまったくひどい負け方だった。




