第22回
PLM(Private Linear Mobile)
PLM(Private Linear Mobile)は、自動運行交通網上を走行する小型車両、およびその交通システムの総称である。専用の物理的レールを持たず、路面に埋設された誘導システムと広域交通AIによって制御されることから、「見えない線路の上を走る車両」とも呼ばれる。完全自動運転を前提として設計されており、人間による操縦機構を持たない。各車両は常時ネットワークに接続され、中央交通システムとの同期によって経路の最適化と衝突回避を行うため、交通事故の発生率は極めて低い。
法令により、PLMは事前登録された目的地以外での停車を禁止されている。利用者は移動可能な住所や施設をあらかじめ登録し、その範囲内でのみ目的地を指定できる。この制度は治安維持および交通管理の効率化を目的として導入された。富裕層や企業による個人所有も認められているが、大部分のPLMはタクシー、バス、都市間輸送サービスなどの公共交通機関として運用されている。
PLM網の原型は22世紀初頭に開発された都市間自動物流システムに由来し、後に旅客輸送向けへ拡張された。
ーーーOmnipediaの同項目より引用
カナの腕の中でトミーは眼を閉じて、カナの体温を感じていた。DICEから切断されたカナにはトミーのリアルタイムなバイタル・データはわからないはずだが、それまでのデータの蓄積に基づいているのか、トミーはカナの人工皮膚の下に張り巡らされたサーモ・ネットの温かさがたまらなく心地よかった。ふと、トミーはカナの視線を感じて、顔を上げた。そこにはカナの顔があった。その瞳には、たしかに以前のカナの「知性」が宿っているように、トミーには見えた。
「Dim vales... and shadowy floods...
And cloudy-looking woods,...」
カナは歌うように、トミーに語りかけるように、やさしく微笑みながら、トミーの知らない詩を詠い始めた。トミーはその笑顔に微笑み返すと、自分の体にまわされたカナの腕の上に、自分の両手を重ね、ふたたび目を閉じた。
「Whose forms we can’t discover
For the tears that drip all over...」
カナの声は少しずつ、ゆっくりとなっていき、かすれるようなノイズが混じり始めた。
「Huge moons there wax and wane…
Again…again…again…」
カナの声から抑揚が消え、さらに彼女の声を特徴づける成分が、風に吹かれた砂のように、さらさらと失われていった。
「again......again......」
アンドロイドの声は、人格プログラムインストール前の、機械的なデフォルト音声に変化していたが、その腕に抱かれた少年の意識はもう夢の中を彷徨っていた。夢の中の少年は、あたたかな陽射しのふりそそぐ芝生の上に寝転んでいた。遠くからかすかに鳥の声が聞こえていた。
アンドロイドがほぼ動作を停止したのを確認すると、トミーの両親はゆっくりと彼らのそばに近づいた。母親がアンドロイドの腕の中からトミーを抱き上げると、IEIから派遣された2名の職員が手際よくアンドロイドの上半身と下半身を抱え、倉庫から出ていった。
「カルメンさん、新しいアンドロイドはどうするおつもりですか?よければ最新のカタログを…」
父親は首を振った。
「まだ何も決めてないよ。まあ、何かあったらこちらから連絡するから、そのときはよろしく」
3時間後、トミーは自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。部屋にはだれもいなかった。トミーがからだを横に向けると、そこにあったはずのものがなかった。カナがいつも座っていたシリコン製の椅子。あまり座り心地がよくないので、トミーは嫌いだったが、カナはいつもその椅子に座っていた。トミーはカナの膝の上に座り、カナは彼をやさしく抱きかかえてくれた。今朝はあったはずのその椅子が、今はなくなっていた。もしかしたらママが倉庫にしまったのかもしれない。トミーは仰向けになって、目を閉じた。椅子はまだ倉庫にあるのかもしれないけど、カナはもうこの家のどこにもいない。そのことはママに確かめなくても、トミーにはわかっていた。
***
「トミー」
PLMの後部座席で居眠りをしていたトミー・カルメンはゆっくりと目を開けた。目の前のPVにウィンドウが開き、サリーの顔が映し出された。
「アランとディアナが姿を消しました。」
トミーが何も言わず、表情も変化させなかったため、サリーはトミー・カルメンに関する学習データのみから彼の思考を推測し評価した。0.08秒後、彼女はトミーの言葉を待つことを選択し、黙って画面の中からトミーの顔を見守っていた。
「どうやって?他のエージェントはどうした?」
「手段は不明ですが、協力者の存在は高い確率で推定されます。アランたちを監視および警護していた人間およびアンドロイドで、彼らの逃走を目撃したものはおりません」
「逃走?誘拐の可能性もあるだろう」
「姿を消す直前の行動に、アランが逃走を計画していることを示唆する要素がいくつか観察されていました。また、わたしたちの監視から外れていた時間は断続的でかつ短時間だったため、誘拐等の暴力的インシデントが発生した確率は小さいと思います」
トミーは、天鵞絨張りの後部座席に背中をもたせかけ、目を閉じた。
「ディアナのAISの追跡ログから逃走経路は推測できないか?」
「できます。1時間後の位置の予報円の大きさは約10kmです。捕獲できる確率は87%…」
「それはアランたちに協力者がいない場合だろう」
「その通りです。協力者の人数とその能力によって、捕獲できる確率はかなり低くなります。ですので…」
「捕獲する必要はない。アランたちがどこに行くのか、そっちの方が興味がある…現時点で、どこだか推測してるのか、サリー?」
「確度はあまり高くありませんが…」
「どこだ?」
「アビスです」
サリーはトミーが特に何の反応も示さなかったことから、彼の予測感情ステータスを修正した。人間の感情ステータスは13次元シューマッハ空間ベクトルによって表現されている。
「なぜアビスなのか、わかるか、サリー?」
「一般的にはリスクが非常に高いエリアですが、協力者がアビスと関連がある場合、潜伏場所としては…」
「ふるさとだよ、サリー?」
トミーは眼を開けて、画面の中のアンドロイドの顔を見た。サリーの表情にはいかなる変化も見られなかった。
「その可能性はたしかにあります…」
トミーは手を挙げて彼女の言葉を遮った。
「アランはアビス出身だったんだ。人間にはわかるんだよ、サリー」
サリーは彼の意見を瞬時に分析・評価を行ったが、その結果は自分の中のデータバンクに記録するだけにした。トミーはサリーに微笑みかけた。
「なぜ人間にはわかるのか、おまえにはわからないだろう、サリー」
サリーは、マスターの微笑みに微笑み返した。
「わかりません、トミー」
トミーは満足そうな表情で低く笑った。
自分のキャパ以上の風呂敷を拡げてしまったので、AIに相談しながらちょっと整理しようと思います。いや、最初はディアナを愛でるために始めたのに、なぜこんなおおごとに…




