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アンドロイドL01i(仮題)  作者: Alan Ingres


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第17回

「できた?」

 少年がデスクの上のタブレットから目を離し、顔を上げるのと同時に、彼の左側の背後からのぞきこむようにして、少年の顔のすぐ横に誰かの顔が寄せられた。少年が左に向きかけた瞬間、亜麻色の髪がふわりと鼻と口にかかり、かすかな香水の匂いが胸の奥まで流れ込んだ。

「うん…できた…」

 答えながらも、少年は視線をそらせなかった。

 金髪のショートボブに、細い銀のフレームの眼鏡。その女性型アンドロイドの顔は、人間同士なら気まずさを覚えるほど、少年の顔に近かった。彼女はその距離を気にする様子もなく、タブレットの画面と少年の表情を交互に見つめていた。

 午後の光が彼女の髪に反射し、少年の頬に淡い影を落としている。長いまつ毛の下の、ダークブルーの瞳を、少年は見つめた。彼の視線にこたえるように、アンドロイドは微笑みを浮かべ、さらにその顔を近づけた。彼女の唇が少年の頬に触れるほどの距離になると、少年は彼女の息とその匂いを感じるような錯覚をおぼえた。

 胸の奥がざわつき、からだの芯が熱くなる。

 その感覚を何というのかを自覚するには、少年はまだ幼すぎた。

 アンドロイドがタブレットに触れると、「全問正解」の文字が中央に表示された。

「よくできました、トミー」

 アンドロイドがからだを起こすと、トミーはほっとしたように視線をタブレットにもどした。人差し指でディスプレイの右下端をタップする。

「ラグランジュ補間公式とその応用」

 しかし、トミーが問題を読む前に、アンドロイドの柔らかい手が彼の肩の上にそっと触れた。

「時間ね。今日はこれでおしまい。」

 トミーは顔を上げて、正面のPVを見た。「10:58」。

「まだ2分あるよ、カナ」

 アンドロイドはタブレットをテーブルから取り上げ、胸の前で抱えると、トミーに微笑んだ。

「でも、今日はトミー、とてもがんばったから…」

 トミーは顔を赤らめながら、椅子から立ち上がった。

「カナって、変わってるよね」

 トミーはカナと手をつなぐと、部屋を出た。

「そう?どこが?」

 カナは楽しそうにトミーを見下ろし、たずねた。

「だって、いつも時間通りじゃないでしょ?他のアンドロイドはみんなきっちり時間通りなのに」

「そう…かしら…」

 カナの笑顔が一瞬消える。しかし、それはほんの一瞬で、またいつもの柔らかい微笑が戻るのを、トミーは見た。笑顔の消える一瞬はいつも、まるで青空にぽっかりと黒い穴が開いたような、不思議な、そしてなんともいえない気持ちを、少年のトミーにさせた。たしかにカナは変わっている。うまく言えないけど、この邸にたくさんいる、他のアンドロイドのメイドたちとは何かが違っていると、トミーは小さいときから気づいていた。カナは、トミーが生まれたときに、彼専用のナースとしてこの邸に導入され、ほとんどの時間をトミーと過ごしてきた。トミーの両親はカナと接触することはほとんどなかった。カナが得たトミーに関する情報、それは彼の健康状態から学習進度、現在の興味・関心の対象まで、あらゆるデータは、リアルタイムで邸のDICEにオンラインで共有されていた。そのため、カナの「不具合」は、その深刻度からすれば驚くほど長く放置されてきたのだった。カナが出荷された2年後、彼女のメーカーがIEIに買収されたとき、カナのシリーズは生産終了となり、アップデートはセキュリティ関連とこまごました不具合の修正パッチだけしかサポートされなくなっていた。いつもカナといるのはトミーだけだった。トミーの身の周りの世話はほぼすべてカナが担当していた。だから、ときどき、カナと他の、もっと新型のアンドロイドがいっしょにトミーのそばで働いているとき、カナが「旧式」なことが、トミーにもなんとなくわかった。あるとき、たまたまいっしょにいた父親がカナを「のろま」と呼んだことがあった。トミーはその言葉の意味を知らなかったが、なんとなく悪い意味で使われていることはわかった。「のろま」と言われたとき、カナがどんな表情だったのかは、トミーのところからは見えなかった。しかし、そのとき、カナの動きが一瞬停止したように見えた。トミーは彼女のやや前かがみになった背中を見つめながら、あの、「青空に開いた黒い穴」のような気持ちになった。

「今日のおやつは、チョコレート・エクレアよ、トミー」

 カナがトミーをディナーテーブルの前の椅子に座らせながら、言った。

「お飲み物は何がいい?」

 トミーが少し考えるようなそぶりを見せると、カナがにっこりと微笑んだ。

「そうだ、トミーの好きな紅茶を買ってあったわ。それにしましょう」

 トミーから離れるとき、カナが手を伸ばしてトミーの耳をなでた。カナが姿を消すと、トミーは部屋にもうひとり、メイドのアンドロイドがいることに初めて気づいた。トミーはあわてて、そのアンドロイドから目を逸らした。カナの指の感触の残る耳が熱く、自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。

 部屋の隅で待機していたメイドのアンドロイドは、カナの「異常行動」とその前後の状況を動画ファイルにすると、DICEの「管理者」フォルダにアップロードした。DICEはすぐにそのファイルを分析し、IEIのメンテナンス部に連絡をとった。


あいかわらず、あっち行ったりこっち行ったりですが、思いついたら書かないと忘れちゃうんですよね。しばらくここから「トミーの回想編」です。もしかしたら、別の短編にした方がよかったかも。

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