エインとオーキス
吹き荒れる暴風、鳴り響く雷鳴、魔力砲によって抉り散らされた大地に、荒れ果てた森と干上がった湖。
「どうした、そんなもんか?」
五十三区より南に十キロ、未だにどの国の浮島ともなっていない、五十二には数えられない小さな島の上。
エインの周りにはヴェリア孤児院の子供達が己が魔力を纏いながらその息を荒げる。
少しだけ、時間を戻す。
☆
孤児院のある五十三区にて、形だけの広報任務を終えて、哨戒に移ろうとしたエイン達に、
「俺達も付いていく!」
と、ヒュースが言ってきたのは昼食の直後であった。
「別に良いが、哨戒任務だぞ?俺達は超小型の飛空挺で来たから、お前達は乗れても二人くらいしか」
「大丈夫!ギルに乗ってくから!」
誇らしげに吼える白龍。どうやら、任せてくれと言っているらしい。
スペースがあっても人の重さで落ちてしまう飛空挺とは違い、圧倒的な魔力による飛行を行う龍は幾らでも乗れるが、乗るスペースが無い。
とはいえ、三人か四人程度、龍種にしては小柄な彼だが十分乗れるだろう。
だが、白龍や子供達を孤児院の外に連れ出しても良いものか。
エインが迷っていると、
「良いですよ。多少衰えたとはいえ、凡百には負けませんから。私」
気軽にアンネローゼが言ってきた。
「・・・分かったよ。ただし、哨戒任務の邪魔すんなよ?」
「へへっ、やった!」
☆
「一番楽しんでるの、隊長じゃないですか」
呆れ顔で哨戒任務をこなすオーキスは呟く。
哨戒任務、以前は複数の部隊で領空の外の辺りを巡り、他国の斥候が居ないかを確認するという、時間も労力もそれなりに掛かるものだったが、カメラと魔力センサーを仕込んだ自律式のドローンを飛ばす事で行える。
完全に自律式でやっても良いのだが、その場合斥候を見つけたとしても、対処が出来ないので、このように人が操作する決まりになっている。
「・・・異常無し、次の空域へ」
とは言え、オーキスは自他共に認める生真面目な性格を持つ。
例え、ルーチンワークの仕事だろうと画面を見つめるその瞳に怠惰さは見られない。
「やべー、完全にクソニートだな」
少年少女達をあしらいながらエインは呟いた。
その視線の先には真面目に仕事する副官の姿。なんというか、胸が痛い。
「隙ありー!!」
「ほい」
「うおああ!!??」
横から飛んできたヒュースを合気でそのまま遠くの方に投げ飛ばす。
同時に四本の閃光、ニアのものだ。
「舐めんな」
《リベレイン》の周囲に魔力を展開、魔力砲に剣を沿わせるように、触れるように当てて、それをズラす。
単調な魔力砲は威力と発射速度こそ強いが、対処もしやすい。
だが、それでもいかんとし難いのは魔力砲によって視界を塞がれてしまう事。
そして、それは致命的な隙になりかねない。
「ちっ!」
耳に届いた風切り音から、咄嗟に風の刃を迎撃する。今のはシエル、相変わらず嫌なタイミングで魔法を撃つなと、舌を巻く。
直後、
「女王炎」
空から太陽が落ちた。
否、それはそう錯覚させる程の巨大な炎塊。
射程圏から逃れようと走ろうとしたところで、周囲を囲む風と雷の檻に気づく。
シエルとロイの合体魔法である。
「成る程、考えたな」
張り巡らされた罠ゆえに、落ちてきた炎塊の回避は不可能、だが、それは迎撃不可能とイコールではない。
《リベレイン》を一閃。鞘のついたままの、その一撃で炎塊ごと、周囲の檻を吹き飛ばす。
更にその勢いで最も近くに構えていたシエルに飛びかかる。
「っ!ヒュース!ロイ!」
「おう!」
「分かった!」
だが、シエルは驚愕するような無様な真似はしない。
咄嗟に次の手を下す。
迫るエインに近接で僅かでも対抗出来るのは、子供達の中には二人しかいない。
「今度はやられねえぜ!」
「やってみろ」
先にシエルとエインの間に割り込んだのはヒュース、腕に纏う形を持った魔力で《リベレイン》の一撃を防いでみせる。
返す刀で顎に鋭い回し蹴りを見舞ってくるが、僅かに顎を引くだけの動きでかわす。
「隙あり」
「のわあ!?」
そのまま脚を掴んで背後に迫ったロイに投げつけつつ、追撃の袈裟斬り。
ヒュースを受け止めたロイでは反応が出来ない、が。
「甘いわよ!」
「おっと」
それを遠距離からニアの放つ魔力砲が妨害、四本同時斉射ではない、何発もの乱れ撃ち。
更に波が、赤く輝く紅蓮の波が迫っていた。
マリアの炎だ。それも、今度はかなり広範囲の。
飛び上がって回避するが、空中を自由に動けない今のエインは、風を操るシエルにとって絶好の的となる。
「風葬」
穿つは槍、不可視にしてその形すらも担い手の思いのままとなる風の。
それは、上から打ち下ろされた。空中にとどまるエインを下に叩き落とすように。
「ダラァ!」
炎の海に沈む直前、《リベレイン》を地面に思い切り振り下ろす。それにより生まれた爆発的な風圧で無理やり荒れ果てた地肌を露出、何とか足場を作って、そこに着地してみせた。
「危ねえ危ねえ」
「あれでも無理なのか」
「呆れる程の馬鹿力ね。脳筋よ、脳筋」
冷や汗を拭いながら、それでも笑うエインにシエルとニアの呆れたような声が届く。
「まだ剣すら抜かせてねえ!」
「馬鹿に同意するのは不本意だけど、同感だ」
一方で燃え上がるヒュースと、ロイ。
ただ、マリアだけは遠慮気味に小声で「疲れたー」と呟いている。
「皆さーん、終わりましたから移動でーす」
辺りに響いた声はエインの副官の物で、それは戦闘終了の合図だった。
大きく安堵のため息を吐いたマリア、特に不満もなさそうなニア、シエルに、渋々といった具合のロイとヒュースは、けれども全員がしっかりと返事をしてオーキスの元に移動する。
「せめて剣か魔法か、どっちかは使わせてー!」
「あほ、俺とお前らで何歳差があると思ってんだ。使わされたら恥ずかしくて死ぬわ」
少し危なかった事は棚に上げてそう言うが。実際に彼らはとても強い。それこそ、今すぐ戦線に上げてもおかしくない程に。
「ま、未来に期待だな」
されど、エインはからかうように彼らの未来を語る。戦争など無ければ無いに越した事は無いし、彼らが戦う必要もないのだから。
「お疲れ様です」
「ああ、悪かったな。仕事、任せちまって」
「良いですよ。子供達と全力で遊ぶ、これも広報の一環ですから」
少しだけ図太く、狡猾になった彼女に思わず笑ってしまう。
不思議そうにオーキスは首をかしげるが、ついぞ答えは分からぬままであった。
☆
今宵の空は綺麗な星空だった。
自分の陳腐な語彙力では語り切れないような、満天の。
見る分には地上より余程近い星達は、手を伸ばせば触れそうな程に近くて、三日月の灯りを遮る雲は全て下にある。
「月が綺麗だな」
「告白ですか?隊長」
「なんだ知ってんのか」
孤児院の屋上、外付きの梯子を上ってきたのはエインだった。
いつも整髪剤で固めてる髪は風呂上がりの為か、下ろされていて、一瞬誰だかわからない。
「そっちの方が良いんじゃないんですか?」
「あ?髪か、良いんだよ。俺はあっちの方が似合ってると思ってんだから」
「あれ、ぶっちゃけヤクザにしか見えないんですけど」
「知らん」
隣に座る訳でも、何処かに腰を下ろすわけでも無く、彼はゆっくりとオーキスから距離を取る。
そして。
「少尉、パス」
「わっ」
咄嗟に飛んできた物をキャッチ、投げ渡されたのは、まだ何の色も付いていない白磁の。
「魔力兵装?」
「ああ、結局渡せてなかったからな」
刀剣タイプのそれは、されどかつて学校の先輩が持っていた物とは少し違う精緻な意匠が施されていて、刀身にも特殊な刻印がされている。
間違い無くオーダーメイド、それもかなりお値段の掛かる。だが、今気になるのはそこでは無くて。
「私、剣を使うだなんて言いましたっけ?」
「超大変だったよ、お前の学友に聞くの。みんなビビってんだもん」
「・・・それは隊長が怖いからですよ」
呆れた、と口には出さないが思う。
サプライズとは言っていたが、これでは本当にサプライズみたいだった。
「ま、恐れられてんのは否定しないがな。それより、少しそいつを試し振りしてみたくはないか?」
「成る程、そういうわけですか。良いですよ、私、これでも結構剣技には自信があるんです」
抜き身の刀身が月夜に映える。
先ほどの子供達との戦闘、エインはあれ程のラッシュを食らっても常に余裕があった。
少なくともそれは、今のオーキスには無理だけれど。
「鞘くらいは抜かせてみせます」
「先に言っとくが、あいつらはお前のご学友よりは何倍も強いぞ?」
「私も、友達と同格だった事なんて一度もありませんよ」
「言うね」
張り詰める空気の中、先手を取ったのはオーキス。
何も無い虚空を斬り裂く動作をした瞬間、斬撃が飛んだ。
エインが《リベレイン》の鞘で受け流すと同時に迫り、剣を打ち合わせる。
だが、鍔迫り合いにはしない。
手首の使い方で、エインの剣をこちらに押し込ませる。
それは相手からしたら突然掛かってる力が無くなったかのように感じる、そして、一瞬出来た隙に剣の柄で狙うのは首筋。
「ッ!」
「良い技だ」
掌で受け止められ、柄から蛇のようにエインの左腕が腕を絡め取ろうと迫る。
無刀取り、武術の中でも最高位の技術。
普通の剣術勝負ならば勝負あり、エインの勝利であるが、生憎とこの勝負は剣術勝負では無い。
「っと」
突如虚空に生まれた氷の刃がエインを襲う。
咄嗟にその場から飛び退いてそれらを躱すが、更に追撃とばかりに地面から氷柱がせり上がってくる。
「氷の術式か」
それらを打ち砕いてエインが呟く。
オーキスは頷きながら、
「《氷獄》、それが私の術式です」
答えて、周囲に無数の氷刃を出現させた。
「いきます!」
操作下に置かれた氷刃が剣舞を踊り、四方八方からエインに襲い掛かる。
エインは全てを迎撃する事はせず、前方に《リベレイン》を振り抜くことで無理やりオーキスへの道を作ると、そのまま一気に距離を詰めてきた。
剣と鞘とが交錯し、衝撃が走る。
だが、勢いのついたエインとその場に留まっていたオーキスとでは鍔迫り合いになるはずも無い。
「くっ」
後方に弾かれながら体制を整える。
同時に氷刃を再度展開、エインの追撃を防ぐが、一振り毎に二、三本ずつ氷の刃が砕かれていくのが分かる。
鞘のついたままだというのに、彼の持つ途轍も無い速さと膂力によって一撃、一撃が重い。
痺れた腕、たったの二合しか打ち合っていないのに既に上がり始めた息、鈍りそうになる思考を無理やり回転させて詠唱を紡ぐ。
「担い手に始まりの杖を 六華の花弁は逆光にて散りゆく 謳え、アルマーニュの戦歌を」
「っ!?」
咄嗟に飛び退くエイン、だが、その先に僅かに残った氷刃を置く事で退路を塞ぐ。同時に脚元を凍らせて僅かに動きを阻害。
そして、一瞬出来た隙は千載一遇のチャンスとなる。
「《一威閃進》」
最後の言葉を紡いだ。
指先から一筋の閃光が走る。
躱しようの無い、完璧なタイミング。直撃は避けられない、どうにかするとすればただ一つ。
「チッ、抜かされるとは・・・やるな」
閃光が弾かれた、否、打ち消された。
それは《リベレイン》の刀身に纏う濃密なエインの魔力故、そしてそれはつまり、剣が鞘から抜かれた事を意味する。
「漸く、ハンデ一つです」
「俺に《迅雷》まで使わせたら褒めてやるよ」
「使わせてみせ・・・っ?」
「どうした?」
構えようとして、視界にノイズが走る。
身体から勝手に魔力が右手の剣へと流れ、立ってもいられない程に意識が混濁し始めた筈なのに、身体は不自然な程に戦闘体制のまま。
おかしいと気づいた時にはもう遅くて、腕が、足が、口が、身体が勝手に動き出す。
「氷・・・獄・・・開、錠」
剣が組み変わっていく。
万人の形からオーキスの為の物へと。
純白の刀身は炭で塗り潰したかのような漆黒へ、ロングソード状であった剣は片方の刃が失われ、片刃の反りが入った形状へと。
柄には黒の布とその余剰分がはためき、精細な彫りの施された漆黒の雪花を模した鍔は戦闘には向かぬ、芸術品を思わせる。
そして、変化はそれだけでは無い。
周囲の気温が一気に低下、春先の夜だというのに吐き出した息が純白に染まる。
エインは驚愕の面持ちでその様を眺めていた。
「まさか・・・まさか!お前もなのか!?」
答える声は無い。
返答は凍てつく斬撃で。
「クソッ」
斬撃を躱すが、それの通り抜けた軌跡に幾千もの氷刃が生み出される。中途半端に避けた故か、寝間着の上に羽織ったコートの端が斬り裂かれた。
「切口は凍る、か・・・後で聞きたいことは山ほどあるが、部下一人抑えられずに隊長なんて名乗れねえよな」
《リベレイン》を構える。
事ここに至って未だに出し惜しむ程、愚かでは無い。
病み上がり、体調が万全とは口が裂けても言えないが、それでも全力で相手をする必要がある。
保って数秒、不退転の覚悟と共に叫ぶ。
「迅雷展開!」




