少しだけ分かってきた
湯気が立つ。
普段のオーキスが飲むような紅茶よりも数ランク下のそれは、されどオーキスが淹れるより余程香りがいい。
香りが強い、のでは無い。良いというのは余程上手く淹れなければ成り立たない。
オーキスはその人物、この孤児院の管理人をしているという女性、アンネローゼ・エスマルクをじっと見ていた。
「どうぞ」
差し出されたカップに口を付ける。
やはり美味しい、自分の淹れた物とは雲泥、とまでは言わずともそれなりに差があった。
「その、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「・・・一つ、聞いても?」
「何でもどうぞ」
「あれは何ですか?」
窓の外、オーキスが指差したのは背の低い草の広がる庭で戦う一人と一匹。
片方は魔法を使わず、もう片方も主力である咆哮を使っては居なかったが、それでもぶつかり合った際の衝撃で建物が揺れる。
「一応トレーニングです。今の私ではあの子のトレーニング相手になってあげられませんから」
「あの子?」
それはどちらの?と続けようとして、部屋の扉が勢い良く開いた。
同時に雪崩れ込んでくる二人の子供と、後から入ってくるもう三人。
「お母さん!もしかしてエインさん帰ってきたの!?」
「お土産持ってた!?」
孤児院の子供達であった。
子供達の熱と迫力に思わず圧倒されそうになる。
「はいはい、戻ってきたらみんなで出迎えてあげてね。それより、今はお客さんがいるわよ。自己紹介してあげて」
「「「はーい!!」」」
慌ただしくも、背の高い子がみんなを纏める事で子供達が整列する。
そして、纏めていたリーダーらしき少年が前に立つ。
十二歳程度、だろうか。
オーキスよりも少し低い身長、目元まで伸びる黒髪に、眠たげな瞳は空色。
とりあえず、オーキスの率直な感想は美少年だな、というものであった。
「シエル・ヴェリアです。一応、こいつらの世話役です」
ペコリと、頭を下げて彼が下がると左から順に。
「マリア・ヴェリアです。その、あの」
「ヒュース・ヴェリア!よろしく!」
「ロイ・ヴェリアだ、よろしく」
「ニア・ヴェリア。よろしくね、おねーさん」
「よ、よろしくおねがいしましゅ!」
大人しそうな少女に、活発な少年、どこかで見たようなやさぐれ感をだす少年に、見た目とは裏腹に大人びている少女。
最後にマリアと名乗った少女が噛んでしまい、羞恥で顔を赤くしていたが年相応で可愛らしい。
「私はオーキス・ブライト。よろしく」
椅子から立ち上がりながらお辞儀をする。
すると。
「お、大人のおねーさん・・・いや、オネーサマだ」
ヒュースと名乗った少年が驚いたように後ずさる。更に、マリアと名乗った少女が絶望的な面持ちになって、もう一人の少女は戦慄しながら「な、中々やるわね」と呟く。
「あー、気にしなくて良いですよ。こいつらまだガキなんで」
「にゃにおう!?シエルだって俺とは三歳しか違わねえじゃん!」
「そうね、高々三歳差でいい気になられても面白く無いわね。私、貴方が私達と同じくらいの歳の時にお漏らししたこと知ってるんだから」
「あ、そうだよな!ダッセー!俺たちなんておねしょもした事ないってのにな!」
カッチーン、と。傍目から見ていたオーキスにもシエルが彼ら二人の挑発に乗ってしまったのが分かった。
そして、呆れたようにアンネローゼは溜息を吐くのと同時にシエルの周囲に風が吹き荒れる。
「ちょっとお仕置きがいるね」
「あー、図星突かれたからキレてる!」
「あれはお漏らしじゃない、というかトイレに急いでいた僕のお腹にパンチを入れたのは君だったんだけどな?」
「そんなこと覚えてねーっての!」
ヒュースの両腕がオーラのような物で覆われていく。そして、それはガントレットのように形を取りながら、獣のような鋭い爪を生やす。
一方、ニアは何処からともなく、背後に大きな人形を顕現させており、人形が四本腕それぞれに持つ巨大なマスケット銃を構える。
「家を壊さないでね?」
アンネローゼが言った瞬間、開け放たれた窓からヒュースとニアが飛び出し、それに一拍遅れてシエルが彼らを追いかける。
オーキスが思わず窓枠に駆け寄って身を乗り出すと、そこでは既に魔法戦が始まっていた。
「ふっ!」
シエルの放った不可視の風の刃を両腕の爪でヒュースが防御、ヒュースの背後に構えたニアの人形が四本のマスケット銃の引き金を引く。
飛び出すのは大口径の銃弾、ではない。
濃密な魔力で作られた光の奔流。圧倒的な破壊力を秘めるそれを、シエルは魔力の風のみで軌道を変えてみせた。
そして、軌道を変えられて空に飛んでいった光は雲を穿ち、何処までも伸びていく。
「凄い・・・」
思わずオーキスは呟く。
単純な魔力だけではどうしようもならない、高度な技術を必要とされる、相手の魔力攻撃を相殺せず、軌道を変えるという行為をいとも容易くやってのけたシエル、放たれた不可視の高速で飛来する刃を魔法込みとはいえ、身体能力で捌いてみせたヒュース、あれ程の破壊力を持つ攻撃を同時に四発も放てるニア。
それぞれが、あの年齢で既に前線で戦えるだけの力を持っている。
「どうしてこんな・・・」
アンネローゼに振り返りながら尋ねる。
彼女は悲しそうに笑った。
「もう、お気づきかもしれませんがあの子達は、いえ、私達は純粋な人間でありません」
無言で頷く。
気づいてはいた。彼女達は僅かずつだが、人間と違う場所がある。
例えば、シエルの長い耳、笑った時に目立つヒュースの鋭い牙。
目の前のアンネローゼも、明星が如く輝く瞳は明らかに人間の物ではない。
「オニキアという国は人にとって生きやすい、良い国です。ですが、どこかに偏った分は他の何処かに回ってくるのが世の常、この世をそうあるように仕向ける秤を壊せる、理不尽に抗える力が無ければ私達は生きてこれませんでした」
「それは」
「良いんです。これはこれで、結構幸せだったりするんですよ?」
そう言って、彼女は笑う。
ただ、今度は悲しそうにではない。少しだけ誇らしげに、そう言い切れる自分を誇るように。
☆
食堂の清潔感というのは、それだけでその家の品格を決める物であるというのは事実だったらしい。
「さあ、手を合わせて」
「「「頂きます」」」
孤児院の一階、綺麗な庭と美しい白龍を眺められるそこは、シミひとつない綺麗な場所だった。
昼食を食べていかないか?と、子供達が、というよりはヒュースとマリアが押してきて、断る理由も無いために、オーキス達は一緒にご飯を食べる事にしたが。
「なー、エイン!遊ぼうぜー!」
「あの、エインさん・・・もしかして、オーキスさんと・・・」
「エインさん、後で訓練に付き合って!」
「エイン!少しマリアに構い過ぎよ!このロリコン!」
「だーっ!うるせえ!てか離れろや!暑苦しい!」
子供に集られる隊長、オニキア軍では基本的に恐れられているイメージしかないオーキスにとって、それは中々に新鮮な光景であった。
何しろ、軍の中でも三人しか居ない守護士という立場にあり、一人で万の軍とやりあったなどという眉唾な噂まで流れているのだ。オーキスの同級には、彼の副官にオーキスがなると聞いて卒倒した者までいた。
まあ、彼の率いる隊と総隊長は例外ではあるが。
スプーンを置いて、アンネローゼが言う。
「意外、ですか?」
「その、少しだけ」
「あの子は誤解されやすいですからね。ほら、あの寄った眉根がいつも怒ってるみたいでしょう?」
「ああ、確かに」
クスリと、笑みが零れる。
既に彼の副官となってから一週間が経とうとしている。
就任したばかりの頃より、ほんの少しだけ隊長の事がわかってきた。口調は荒いけれど優しいことも、思ったより几帳面な事も、まだ知らない事の方が多いけれど、それでも少しだけ歩み寄った。
牛歩よりもなお遅いかもしれないが、それでも良いのだと思う。
「少し、時間貰える?」
だから、少しだけその歩みを加速させようとしたアンネローゼのお節介は、もしかしたら要らなかったと後悔するものかもしれなかった。
けれど、オーキスはその事をまだ知らない。




