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oath kingdom  作者: にひけそい
10/16

また明日


 《迅雷》は魔法として不完全である。

 否、厳密に言うならば、人が使う魔法としては不完全なものである、というのが正しい。

 魔力兵装が無ければ制御不能な、己が身すら焼き焦がす程の雷を纏い、光速に近い移動は細かな静動など望むべくもない。

 肉体という質量を伴ったままの高速移動は、周囲と身体をボロボロにし、常に纏う雷電により内臓まで焼かれる苦しみは想像を絶する。

 そして、それは魔力兵装により軽減は出来ても、無効化は出来ない。

 

 「迅雷展開!」


 急激に熱せられた空気が膨張、周囲の冷気が吹き飛ぶ。

 雷鳴が轟き、弾けた雷光にオーキスが一瞬目を細めた瞬間、一歩踏み出す。

 そして、それだけで両者の間にあった距離は無くなり、広げた掌でオーキスの胸元を出来るだけ優しく、音速の三倍の速度で押した。


 「カハッ!?」


 苦悶の声と同時に吹き飛ぶオーキス。

 そんな彼女を追い越し、背後に回り込む。

 今の彼女の状態が分からない以上、取り敢えずは気絶させるしかない為、少々強めの電撃を叩き込もうとするが。


 「っ!」


 何処から現れたのか、氷刃がそれを妨害する。

 咄嗟にその場から移動するが、それだけでオーキスから遠ざかってしまう。

 長距離ならば少しは制御出来るが、短距離を高速で自分の望んだ距離を移動する事は今のエインには不可能だ。

 それに。


 「ゲホッ、ガハッ」


 咳き込み、悍ましい程の血液を吐き出す。

 視界が霞み始め、手脚の震えが止まらない。タイムリミットが近い。

 万全の状態でも僅か十二秒しか保たないというのに、やはり身体が万全から程遠い状態では無理があった。

 しかし、それでもやらなければならない。

 すぐにでも解除してしまいたい魔法を無理矢理維持しながら、空で体制を立て直したオーキスを睨みつける。

 器用にも氷の刃を幾重に重ねて作り出した鳥の上に立ちながら、エインを見下ろす彼女は容姿の一切は変わっていないというのに、別人のような印象を受ける。

 生真面目でされど柔らかなオーキスとは違い、ただひたすらに冷たい、何物にも興味を持たない、無機質な。


 「お前がそのままじゃ、俺が困るんだ。何としても元に戻ってもらう」


 再び跳躍、稲妻のように不規則なジグザグの軌道でオーキスへと迫る。

 だが、オーキスは敢えて迎撃せずに自らの事を覆い隠すように無数の氷刃を周囲に展開した。

 恐らくはスピードについていけないと判断しての、それに恐らくは先ほどの一幕でエインがオーキスを殺せないという事もバレている。

 故のこの行動だろうが、寧ろ今のエインにとっては好都合だ。


 「っ!?」

 「捕まえた」


 豪快な破砕音、同時に氷の刃でズタボロになった血塗れの手がオーキスの襟首を掴む。

 その直後、間髪入れずに放った電撃はしっかりと彼女の意識を刈り取れたようで、魔法が解けた影響か、辺りの気温が元に戻っていく。

 エインも同様に魔法を解除して、何とか地面に着地するが彼女を抱えたまま立てる程の力は残っていない。

 そのまま地面に倒れこむ。


 「エイン!オーキス姉ちゃん!」


 遠くから声が聞こえてくる。

 どうやら、騒ぎを聞きつけた孤児院の子供達が来てくれたらしい。

 そして、救助が来たことによる安堵感から急に身体の力が抜けると、エインはそのまま意識を闇の中に手放した。





 ぬるま湯に揺蕩うような、木漏れ日の中で目を閉じているような。

 己が何処にいるのか分からなくなるような微睡みの中でオーキスは漂っていた。

 上下の感覚が無い、水の中にいるようだけれど息は出来る。


 「オーキス」


 誰かに呼ばれた。

 フワフワとする身体を何とか声の方に向ける。

 そこに居たのは、自分自身だった。

 但し、その髪の毛は純白では無い。艶やかな漆黒の。


 「私?」

 「ある意味では間違っていない」


 強い口調、凍えそうな冷たい瞳。髪の色が違う事を別にしても、自分を見ているのに自分を見ている気がしない。

 

 「今回は時間が無い。手短に話すからよく聞け」

 「時間?」

 

 彼女はオーキスの疑問には答えない。


 「封印は解かれた。お前がこれから思い出していく記憶はお前自身の持つ、紛れも無い真実だ。打ちのめされないよう、誰かを支えにしろ」

 「記憶・・・ちょっと待って!知ってるの!?私の知らない、十二歳より前の私の事を!」

 「・・・私は」


 言いかけて、黒髪のオーキスは段々とその影を薄くしていく。まるで、水に溶ける絵の具のようにその輪郭はぼやけていって。





 「エイン」

 「母さ・・・アンネか」

 「あら?良いのよ、昔みたいに呼んでくれても。今は子供達は居ないんだから」

 「辞めろっての、もう良い年齢なんだから」


 孤児院の食堂内、エインの前に現れたのは豊かなブロンドを三つ編みにした美しい女性、アンネローゼだった。

 

 「・・・怪我、大丈夫なの?」

 「今回は《リベレイン》もあったからな。前の傷が治りきって無かったのを差し引いても治療用キットで十分だ」

 「あの治療室のゴミ箱を見せられて無事だなんて思えるほど楽観的な考え方してないわよ、私は」

 「ワザワザ見たのかよ」

 

 彼女が言っているのは、治療中に使った包帯の事だろうというのは直ぐにわかった。あれを見られたのなら誤魔化しきれない。


 「私にまで嘘を吐く必要ある?私、そんなに頼りないかしら」

 「そんな事は無い」


 それは本当だ。四年間育ててくれた彼女の事は十分に信頼している。ただ、余計な心配を掛けたくないのも本当の事だ。


 「巣立ったとはいえ、貴方も私の大事な子なんだから、いつでも頼ってくれてもいいのよ」

 「分かってる」

 「なら良し」

 「頭を撫でるな」

 「良いから」


 ゆっくりと、整髪料の掛かっていない、エイン本来の柔らかな髪の毛をアンネローゼが撫でる。

 言葉で否定するが、エインもそれを突き放そうとはしない。

 優しい時間がゆったりと、永遠にも一瞬にも感じるように流れていく。

 語るべき事は多く、解決しなければいけない問題は山のように。

 傷ついた身体は今も鈍い痛みを残し、疲れ切った脳は休息を求めて活動が鈍る。

 されど、今は今だけはこの安らぎに身を委ねよう。

 

 

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