迅雷展開
吹き飛ばされたエインは崩壊した建物の中で胸元から小さな容器を取り出す。
水妖精の涙ーどんな傷だろうと治癒する、聖なる雫ーの入れられたそれを一滴頰に垂らせば、粉砕された顎骨と頬骨が元に戻っていく。
眼球の位置が上に登る奇妙な感覚を覚えながら、鼻に詰まった血を噴き出して、体を起こす。
殴られた部分をゆっくりと触ってみれば、そこには綺麗な肌の感触があるばかりで、どうやら歪にくっついてしまった骨などは無いらしい。
「追撃は・・・無しか。やっぱ優しいな。ま、だからといって通す訳にも行かないんだけどな」
歩き出しながら、エインは呟く。
己の根源にある力を引き出すための言葉を。
「迅雷展開」
全身を励起された魔力が駆け巡る。
魔力の蒼雷を纏うと同時に、電撃で瞬間的に四万度近くまで熱せられた空気が膨張し、雷鳴の音が鳴り響く。
暴れ狂う蒼雷が周囲を焼き焦がし、特殊な繊維で編まれた上に魔力加工まで施された特殊軍服でさえも、端々からボロボロになっていく。
稲妻と同速となったエインが飛び上がれば、その軌跡を描くように雷光が残穢として残り、その様はあたかも雷が空へと昇るように見える。
「さて、カナンは何処だ?」
上空へと飛び上がったエインが都市を見回せば、カナンらしき小さな人影が見える。
熱による暴風で空に浮かんでいるため、自由に空を動ける訳ではないが、空気を地面に見立てて、それを軽く踏み出す事で移動する程度のことはできる。
そして、それさえ出来れば今のエインにとっては十分だった。
瞬間移動の如く雷鳴を伴ってカナンの元へと一瞬で移動、地面への衝撃を一切与えず、音も無く着地したエインに、カナンの驚きが伝わってきた。
「途轍もない速さに、体全身に纏った濃密な魔力で構成された雷撃・・・それが貴方の奥の手?」
「そ、まあ、メインはこの雷で速さはあくまでも副次的なものだけどな」
言ってから、カナンの視界からエインが消失。
その次の瞬間には、カナンの背後に回り込んでその首筋に手刀を向けていた。
「さて、この状態だと相手を殺さずに捕らえるってのが随分と難しいんだ。大人しく降参してくれると助かる」
「・・・分かった。流石にそれに勝てると思うほど自惚れてはいない」
「・・・そうか」
カナンが戦闘態勢を解くのと同時に、魔力を霧散させると、熱せられた空気が爆発的に上へ登っていく。
「これを付けてくれ」
「これは?」
投げ渡したのは小さな腕輪であった。
「魔力抑制の腕輪だ。同時に筋力も抑えられるから、注意してくれ」
「成る程、分かった」
それから、カナンを案内しようと、一歩踏み出そうとして激痛が全身を襲った。
同時に鼻の奥から焦げ臭い匂いが漂い始め、胸の辺りまで気持ち悪い物がせり上げてくる。
それを無理やり飲み込みながら、一歩を踏みしめるが、どうにも身体が重い。
(ちっ、やっぱ《リベレイン》無しのアレは無理があったか)
実は先ほどの魔法は、ノーリスクでは無い。
一歩操作を誤れば簡単に死ねる上に、エインの持つ専用の魔力兵装で制御しなければ、使用者本人の身体にも深刻なダメージを残す。
これまでに推察したカナンの人柄を信用して、降参してから攻撃してくるなど無いと判断してはいるが、それでも隙を見せればどうなるかはわからない。
ふらつきそうになる足取りを気取られないよう、何とか歩きはするが、今すぐにでも意識を手放したいほどの激痛が全身を襲う。
「隊長!」
幻聴が聞こえた気がした。
だが、まさか母親でもあの人でも無く、あの副官の声だとは、と。心の中で自嘲していると、それに関わらず、ドンドンその声は大きくなってくる。
「隊長、隊長!聞こえてますか?」
「っ、あ?って、少尉?どうしてここに」
目の前に現れたゾッとする程の美貌に、思わず見惚れてから、先程の声が幻聴でも何でもなかった事に気づく。
「・・・良かった。実はあの後、命令違反とは分かっていましたが、私も駆けつけたんです。それで、隊長の《迅雷》が見えたので、その、急いで」
「ああ、そうか。すまん、正直助かった」
「いえ、それで、その方が?」
オーキスの視線の先、フルフェイスメット人物はフリフリと手を振っている。
「私の名前はカナン、よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「つか、ちょうど良かった。通信機今持ってるか?」
「通信機ですか?持ってますよ」
手渡された通信機を持って、滅多にかける事のない番号をコール。そして、ワンコールで出てきた相手に。
「侵入者を捕らえた。尋問や、そういうのは俺がやるから他の連中には手を出させんな。出させたら力の限り暴れ回ってやる。それと、全滅した連中はみんな生きてるから、後で回収を・・・それから、あんたの有給寄越せ、使い倒してやる」
言いたい事を全部言ってからオーキスに通信機を返す。
そして、帰ってきた通信機の履歴を見たオーキスは思わず、ただでさえ白い顔を更に青くした。
掛けられた番号は99999、オニキア軍の総隊長であるオルゼニアス・バラルガンの物であったのだ。
☆
医務室のベッドというのはオニキア軍の人間にとって、意外と馴染みの無い物だったりする。
魔法で大体の怪我は治療できる上に、魔法を使える者は体内を無意識で守っている為、病気などにも掛かりづらい為だ。
だが、今、その馴染みの薄い場所の最奥、集中治療室にて、エインはその全身を拘束されていた。
「ああ、暇だ」
繋がれた四つの点滴と、機械。
外部に設置された人工内蔵で何とか命を繋がれたエインは、現状に不満を漏らした。
「何が暇なんですか、本当に命に関わる大怪我だったんですよ?」
傍のパイプ椅子に腰を掛けたのは、エインの副官であるオーキスである。
その手には分厚い本が一冊あり、足元に置いてある鞄からは数冊の小冊子が覗いている。
「分かってるよ。これやったのは初めてじゃねえんだ。今の状態くらい分かってる」
「分かってるなら辞めたまえ」
「・・・レナか」
部屋への来訪者は、目の下に深いクマを刻んだ妙齢の女性であった。艶のある漆黒の髪を無造作に垂らし、顔の半分程は隠れてしまっているが、少しだけ覗く顔の造形を見るに、美人であることがうかがえる。
レナ・フォルバートゥムス、オニキア軍ただ一人の医療士官にして、軍事魔法研究の第一人者でもある。
「レナ教授、おはようございます。昨日は集中治療室の使用要請を受けて頂いてありがとうございました」
「気にしなくて良いよ少尉、どうせここを使う奴なんて殆ど居ないんだ。ただ、大尉、君は気にした方がいい。副官を心配させるようでは隊長失格だよ」
「・・・分かってる」
軍に所属する兵士は戦闘に関する情報を開示しなければならない義務がある。
故に、少々の手間は掛かるものの申請すれば誰のものであろうと、それこそ総隊長のものであろうと扱う術式や、魔力兵装の詳細を見ることもできる。
今回、オーキスがエインが侵入者の迎撃に動いたタイミングで、直ぐにこの集中治療室を準備出来たのは、彼女がエインの術式を把握していたからに他ならない。
「ま、それは良いとして、《迅雷》術式、やはりいつ見ても人の使う物じゃないね」
暗くなった雰囲気を嫌ったのか、レナが話題を変える。
「筋繊維の六割、臓器の半分、神経四割、なんの数字だと思う?」
「?」
唐突なレナの質問にオーキスが首をかしげるが、その直後。
「俺の怪我の概算だろ?昔も聞いたよ」
「え・・・」
続いたエインの言葉に顔を青くする。
「例え心臓を抉られようが五時間は生きていられるとされる程の生命力を持つ魔法使いでなければ即死だったよ。まあ、魔法使いだからこそこれを使えるから、卵が先か、って話だけどね」
「んなことはどうでもいい。俺の退院はいつになる?」
「ん、あと二週間は見てもらいたいけど、何か急ぎの用でも?」
「ああ、少し、待たせてる人が居てね」
「・・・成る程、ならばどうにかしようか。少尉、少し良いかい?」
「私、ですか?」
眠たげな瞳を向けて、レナは一つの銀に輝く手錠を取り出した。




