副官就任
エインは軍服が好きだ。
単純にカッコイイし、それを着てるだけで誰に示さずとも己の立場を、映えあるオニキアの軍人であるというそれを誰もが理解してくれるからだ。
それに何より、己の致命的なファッションセンスを隠せるのが大きい。
故に、エインの家のクローゼットには本来一人につき一着しか与えられない筈の軍服が何十着と詰まっている。というか、それしか無い。
「少し、服を買うべきか?」
顎に手を当てながらズラリと並んだ軍服達を眺めて、独りごちる。
以前、エインのクローゼットを覗き込んだ部下からも苦言を呈されていた為だ。
「隊長、着替えは終わりましたか?」
ドアの向こうから聞こえてくる抑揚の無い声。
朝の準備をしている間に、副官との待ち合わせ時間になっていたらしい。
「ああ、すぐ行く」
それに返事をしつつ、ワイシャツーこれもまた、軍におねだりしたものであるーの上から軍服を羽織る。
流石に階級章まで複数貰うのは不可能だったが、無理を言って特別にピン留め出来るようにしてもらったそれを胸元に付けながら部屋を出ると、そこには静謐な声の主が居た。
オーキス・ブライト、先日付けでエインの副官となった新卒の士官である。
新雪のような柔らかく美しい白髪、パッチリとした碧眼は宝石のように美しく、オニキア軍の女性士官軍服を華麗に着こなした姿は見る者の視線を釘付けにする。
「・・・どうかしましたか?」
少し見過ぎていたらしい。機嫌を悪くするような事は無いが、その視線には疑問の色合いがある。
咄嗟に「何でもない」と誤魔化して歩き出す。
「・・・あー、オーキス少尉」
「昨日も言いましたが、オーキスで構いません、隊長」
「なら俺もエインでいい。気軽に呼んでくれ」
「そんな、恐れ多いです」
「そうか」
会話が全く進展しない、何だったら二人の距離感も全く縮まらない。
先輩からもう少し歩み寄るべきだろうかと、思案していると、そんなエインを気遣ってくれたのか、オーキスの方から切り出す。
「隊長、今日の予定は何でしょうか?」
「今日の予定、ねえ?特にねえよ」
「え」
何気なく言った一言に彼女の表情が凍る。
無表情な彼女の表情を変えられた事に対する、よくわからない達成感が湧き上がるが、即座に自身の発言の言葉足らずさに気づいた。
予定も何も無いのに副官である彼女を呼び出したとなれば、ただ、エインが女性士官であるオーキスにパワハラを行なっているようにしか捉えられない。
「あ、あーっと!悪い、言い方が悪かった!今日は敢えて予定を空けといたんだ。ほら、取り敢えず、今日は少尉に重要な施設を案内しようと思ってたんだよ」
「あ、ああ。そう、ですよね。いえ、すいません、早とちりしました」
とか言いつつも一歩距離を取られているのは気のせいだろうか。だが、もっと近う寄れなどと言えばそれこそパワハラである。
エインは何も見なかったかった事にして、話を続けた。
「じゃあ、まずはここから。分かると思うが、ここは男性用の寮だ。士官候補生から俺みたいな士官まで、軍属の人間は殆どがここに住んでいる。作りは女性寮の方と同じだったろ」
「そうですね。ですが、セキュリティは向こうの方が厳しいような?」
「そりゃそうだろう。男女差別だ、なんて言うつもりは無いが、やはり女性の方が世を生きていく上で危険は多い」
老若問わず、いつの時代だって女性には苦労が付き纏う。嫁は夫の三歩後ろを歩かなければならないし、子供を産む苦痛も全て男より細いその身体で受け止めねばならない。
いつだって、リスクも苦労も背負うのは女性なのだから、多少の優遇は当たり前だ、というのはエインの持論だ。
「ま、気になるなら自分で家を建てるなり、別の浮島でマンションでも借りるといい。少尉スタートなら、一、二年も勤めればまとまった金は直ぐ手に入る」
冗談混じりに言ってから寮の外に出ると、視界一面には空の青色が広がっていた。
見下ろせば積雲によって作られた白海、辺りを見回せばここと同じように雲の上に浮かぶ大小の島々。
「今日はいい風が吹いているな。洗濯物がすぐ乾きそうだ」
この空の名は《イルタミス》。七つに分けられた空のうちの一欠片。
オニキア帝国を始めとした三つの大国が支配する空。ここでは総数五十二の浮島を巡って日々、国同士の戦争が続く。
☆
オーキスを連れる時には少しばかり、周囲に気を使う必要がある。
そう認識したのは、島と島とを結ぶ唯一の手段《飛空挺》、オニキア帝国軍の所有するそれの甲板であった。
「悪いな、どうにも不躾な連中が多いらしい」
「いえ、その・・・慣れてますから」
不躾な連中、つまりは同乗するオニキア軍の連中からオーキスに集まる視線は十や二十ではきかない。
男性寮から行く船である為、本来男しか居ないはずのむさ苦しい船の中で、イレギュラーであり且つ、とびきりの紅一点であるオーキスは尋常では無い注目を集めていた。
慣れているとはいえど、余程の変人でも無ければ決して嬉しい物ではないだろう。
「だから言っただろうが、本部で待ち合わせにしろって」
「・・・いえ、副官なのに隊長にこちらの都合を押し通すなんて」
「アホ」
「痛っ!?」
エインのデコピンが白髪の間に見える小さな額を打ち抜く。オーキスが思わず打たれた場所を押さえると、彼女の上官は不機嫌そうに言った。
「副官ってのは、隊長に媚びへつらうのが仕事じゃねえ。隊長とは別の視点で物事を考え、隊長に提示してみせる、言わば隊長にとってのもう一つの頭脳だ。船頭多くして、じゃねえから対等になれとは言わんが、もう少し図々しくあれ」
「図々しく、ですか?」
「ああ、といっても、図々しさについちゃ、元から持ってるけどな」
「名前とか」、と揶揄い半分に言うと、心外だという表情でオーキスが突っかかってくる。
「あ、あれは軍の規律に従っているだけです!隊長がラフ過ぎるんですよ!」
「俺は気軽に呼んで欲しいんだよ。けど、それを少尉は規律を守りたいから、俺を隊長だと言う。ほらな、結構図々しく都合押し通してるじゃねえか」
「それは・・・」
「ま、それで良いんだよ。少尉の意見と俺の意見は食い違ってなきゃ意味が無い。ほら、言っている内にもう着くぜ」
船の舳先が示すのは先ほどの寮が建っていた島の数十倍はあろうかという巨大な浮島。
《ガーデン》ーオニキア帝国の所有する浮島の中でも最大級の大きさを誇るそこは、オニキア帝国軍の本部が構えられた、難攻不落の島として名高い。
「少尉、荷物を」
「あ・・・じゃあ、失礼します」
先に降りて、差し出されたエインの手の方に伸ばした手を一度引っ込めかけるが、思い直したように荷物を渡す。
「じゃ、行くか」
「はい」
飛空挺の発着場はやけに音がうるさい。
魔法と機械の融合により組み立てられた動力炉の奏でるメロディーは、ヘヴィメタルより余程重たくて、オペラのアルトより少しばかり音階が高い。
島に縛られた黒鉄の船が乗客という重石を捨て置き、重力から解き放たれたように空へと舞い上がる。
「着任したばかりって事はまだ、中は殆ど見てねえよな?」
「そうですね。一度、図書室を覗いたくらいです」
「図書室?なんだ、意外と文学少女だったりするのか?」
「違いますよ、その、図書室にある論文を読んでたんです。卒業論文の参考にする為に」
「・・・へえ、テーマは何にしたんだ?」
オニキア士官学校には卒業時に、テーマを一つ決めて論文、ないしは研究をしなければならない。
テーマとは基本的には戦術論、兵装論、魔法論に別れており、研究も軍事か魔法に傾倒している。
研究のテーマというのは、その人の得意分野を示すことが多い為、聞く事が普通なのだが。
「秘密です」
「は?」
「だから、秘密です」
「お、おう、そうか。なんか済まん」
何故か強く拒絶してきた彼女に思わず謝罪してしまう。どうしても隠したいテーマと言われてもピンとこないが、彼女にも譲れないものがあるらしい。
「それより、これは何処に向かってるんですか?」
彼女が話題を変える。態々、隠したい物を掘り返すつもりもないので、エインはそれに乗っかることにした。
「工房だ。少尉みたいに、最初から小隊の副官として配属される優秀な生徒には、そいつの所属する隊の隊長が最初の魔力兵装をプレゼントしてやる決まりになっている」
「そんな事規則に無かったような?」
「当たり前だろ。勝手にやってる・・・言わばサプライズだからな」
「サプライズ・・・」
顎に手を当てて思案顔をするオーキス。
宝石のような瞳を覆う睫毛も、髪と同様に新雪のようで伏せった瞳を覆うそれらはまさに積み重なった雪のように美しい。
身長差で上から見下ろす形になってはいるが、恐らく、否、間違いなくどの角度から見ても彼女は綺麗なんだろうと、確信できる。
「ま、気楽に受け取っておけ。先輩からの卒業祝いだと思ってな」
いつまでも見ていられるような彼女から無理やり視線を切って、茶化すように言う。
少なからず、副官である少女に見惚れていた事に気恥ずかしさを覚えて、腰の辺りに手を伸ばして、いつもならあるはずの物が無いことで、その手をスカした。
「あっと、そういや刀忘れてたな」
オーキスの所為、というわけでは無いが今日の朝は他にも色々とあって刀を持ってくるのを忘れてしまっていた為だ。
別に無ければ困るという訳ではないが、いつもあるはずの物が無いというのはそれだけで何処か不安を覚える。
そして、それに気づくのと同時に胸ポケットに放り込んでおいた通信機が震えた。
「あ?こんな時に限って・・・しかも、緊急通信かよ」
緊急通信は、基本的に3コール以内で出ない場合には強制的に通信が繋がる。直ぐにそれを取り出して応答する。
「こちらエイン」
『久し振りじゃの、エイン坊』
「っげ!?総隊長!?」
予期していなかった通話先の相手に、思わず通信機を落としかける。
だが、驚くエインを完璧に無視して電話先の声は続けた。
『突然じゃが、エイン大尉に命ずる。この島に侵入者が入った』
その言葉を聞いて、エインもまた意識を切り替える。日常のそれから、戦闘のそれへと。
『この不届き者を捕縛せよ。位置は西門前じゃが、既に二部隊が全滅させられている。危険度はSSと見積もれ』
「エイン大尉、了・・」
言いかけて、エインは現在己の主兵装を置いてきていた事を思い出す。
『どうした?』
「・・・そういえば、《リベレイン》置いてきてたわ」
『・・・』
一瞬、沈黙が流れた。
そして、次の瞬間。
『愚か者ォ!!何しとるんじゃ貴様ァ!!』
通信機越しでも伝わる覇気と怒号がエインに突き刺さった。
余りの声量に、背後にいたオーキスどころか周りの人間まで驚いている。
『守護士の意味分かっとるか!?常時、最大危険度に対応出来るよう、態々この島に貴様を残しとるというのに・・・貴様・・・』
「取り敢えず頑張るよ、最悪《迅雷》も使用する」
『当然じゃ!今すぐに行け!ただし、援護は期待出来んぞ!』
「努力はする」
通信機を切って、オーキスに振り返る。
「というわけだ、悪いが今日は解散だ。武器は後日渡す」
「了解です。隊長」
直ぐに状況を把握してくれる部下は好ましい。
「まだ後でな」と、一言告げてエインは走り出す。
そして、残されたオーキスは、その背を見送ってからエインとは別の方向に向かって走り出した。




