未定
最下空域から、現在ハイルとオーキス達のいる位置までは約三キロ。
まともに落ちれば即死のダイブだ。だが、それよりも先ず優先すべきは。
「まずはオーキスちゃんを治そうか」
死んでもおかしく無い重症のオーキスを治療する事だった。
ハイルの術式は《希望》。
ハイル自身の理解力が壊滅的な為、その詳細は不明だが、その術式の起こした現象を見たエイン曰く。
『万能』
「治って」
黒ずみ、灰のように崩れていくだけだったオーキスの身体が輝きと共に元の、綺麗な肌へと戻っていく。
失われた左の指先までもが光と共に形を取り戻していき、右腕が生え始めた瞬間。
「・・・何をしている」
「ッ!」
意識を失っていた筈のオーキスが目を覚まし、治った左腕をハイルの首に伸ばした。
ハイルは咄嗟にオーキスの身体を突き飛ばす事で互いに空中で弾かれ合うが、困惑を隠せない。
「どういうつもりかな、オーキスちゃん」
「貴様こそ、どういうつもりだ?私の身体に余計な事を、それに」
「わっ!?」
「これは私の物だ。何故貴様が持っている」
手を伸ばしただけで、不可視の力によりハイルの背中に吊るされていた刀を奪い取る、否、取り返す。
「君が意識を失ってたから、私が預かってたんだよ」
「・・・嘘は言ってないようだな」
「それはどうも、それより、この状況でまさか敵対するつもりかい?」
そう、現状も二人は落下を続けている。
このままでは二人とも落下して大怪我、もしくは即死だ。
だが、オーキスは不敵に笑うと。
「氷獄展開」
「嘘!?まだ腕も治ってないのに!」
氷の翼を展開して落下の速度を緩め始める。
対するハイルは加速を続ける為、一気にオーキスを見上げる形になった。
「貴様の言った通りなら、敵対するまでも無い。これで終わりだ・・・だが」
「っ」
いきなり近づいてきたオーキスに構えるが、どうにも敵対しようという気が見えない。
そして、そのまま彼女はハイルの背後に回り込んで軍服の襟を掴むと、落下する方とは逆側に力を加え始めた。
「何を?」
「不本意ではあるが、貴様は私の、オーキスの腕を治した。左腕一本分くらいの手助けはしてやる」
「・・・そっか、ありがと!」
「ふん」
僅か数秒前までは張り詰めていた筈の空気はいつのまにか弛緩していた。
最下空域までの残り数分、思いもよらぬ方法となったが、取り敢えずは二人して無事に最下空域へとたどり着けそうである。
☆
「・・・そうか。ハイルが付いているなら取り敢えずは大丈夫だろ。お前らは急いで救援に向かってやってくれ」
通信機をしまってホッと一息吐き出す。
初の遠征任務、どうやら波乱に満ちているようだが、ハイルがいれば即死で無ければどうにかなるだろう、というのは楽観視だろうか。
「お話は終わりましたかな?」
「っと、すみません」
「いえ、私共が無理を言っているのですから」
目の前の老夫婦が頭を下げる。
彼らは奇妙な老夫婦だ。
身なりは貴族のように美しく、その所作も教育の行き届いたそれであるというのに、その顔色や体型は貧民のそれ。
落ち窪んだ眼窩はまともに寝れていないように見える。
「では改めて、エイン・フォルネアス大尉、この度は私共のために時間を取ってくださり、ありがとうございます」
オニキア帝国と並び、三大国と数えられる国の一つ《ラス・フェトス》。
普通の、浮島の上に存在する国とは違い、彼ら自身の開発した超巨大飛空艇の上で暮らし、支配した島は捕らえた奴隷を管理する土地とする、異色の大国。
現在、エインは《ラス・フェトス》の心臓部とも言える、超巨大飛空艇の都市に居る。
「謙遜は時として嫌味っすよ。俺は伝説の聖女を育てた祖父母に頭を下げられるような人間じゃありませんて」
「・・・そんな事はありません。私達は本当に何もしてはいないのです。全てはあの娘の、ジャンヌの才覚によるものです。だというのに、こんな扱いを受けて」
「婆さん、話が進まん。わしが話そう。率直に言うが、そちらの国の捕虜となっているカナンを、もう暫くそちらの国で預かっていてほしい」
「それは、この国の決定事項を聞いた上での話ですか?」
「承知の上だ」
周囲を見回し、人の気配、魔法、機械による盗撮盗聴、その手の類の物がないかを確認してからソファの背もたれに体重を掛ける。
「ラス・フェトスはカナンの身柄を引き取ると言ってきた。その後に提出されたカナンという人物がこの国に存在しているという証明書と、魔力適合確認申請書もこちらの国で通っている。その上で、捕虜を捕らえた俺と交渉したいと、申し込んできて、俺はそれをこの額なら返してやるといって、向こうが了承した」
言いながら金額を提示する。
八つの家族がその生涯を遊んで暮らせる程度の額だ。
「これは俺と国との間で結ばれた契約だ。破れば、俺はそれ以上の金額を払い、謝罪する必要が出てくる。そして、オニキアは《ラス・フェトス》に対して大きな借りを作る羽目になる。それを分かった上で言ってるんだな?」
「はい」
「正直に言って、受ける気は全く無い。あんたらは《ラス・フェトス》の人間だ、信頼できる筈もない。話がそれだけなら帰るぜ。こっちも無益な話し合いをする程暇じゃねえんだ」
立ち上がって扉へと向かう。
だが、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、外側から扉が開けられた。
「っと、すまねえな。ちょいと、どいてくれねえか?」
そこに居たのは存在感のある少女だった。
ショートカットのアッシュブロンドに、海のような紺碧の瞳。作り物かと見間違う程に整った容姿はいつかの、副官との出会いを思い出させる。
「エイン大尉、であってるよね?」
目の前の少女はエインの言葉を無視して尋ねてくる。流石に無理矢理押し通る訳にもいかない為、返事をした瞬間、
「っ!」
「やるね」
エインの股間目掛けて少女の白い足が思い切り振り抜かれた。咄嗟にバックステップして躱した直後、何処からともなく一本の槍のような物が彼女の腕に現れる。
「《アヴェ・マリア》!」
そして、彼女がその名を叫び、布を柄に留めていた紐がほどけることで、それの正体が明らかになる。
それは《旗》だ、高貴なる神の紋章を刻んだ聖浄旗。
「ハアッ!」
槍とも杖ともつかぬ動きで旗を振り回す彼女の実力は控えめに言っても、かなり高い。
激烈な撃ち込み、流麗な足捌き、そして何より旗を使ったブラインドによるエインの行動阻害と、動きの先読み。
どれを取っても一級品の実力者だ。
だが、生憎とエインは更にその上をいく。
「おらよ!」
「っ!?」
エインがソファを蹴り上げて浮かす。
少女は旗を回すことでそれを真っ二つにするが、既にエインの姿は消えていて、
「後ろ!」
気配に振り返り、旗を回した瞬間。
「残念、後ろだ」
「!?」
そのまた後ろにエインは立っていた。
その手には微弱な雷を纏う《リベレイン》が握られており、その口元には余裕の笑みが浮かぶ。
「帯刀術・虚幻、だったかな?まあ、多分にアレンジしたから原型は殆ど無いだろうが」
「どうして何もしないの?」
「必要無いからな、聖ジャンヌ殿?」
確信と共に呟く。
魔力兵装はその全てが唯一無二の武器、それを解放する事は持ち主本人にしか出来ない。
聖旗、《ラス・フェトス》に生まれた聖女にして導きの英雄であるジャンヌ・ダルクの持つ聖なる旗。
「ジャンヌ、辞めなさい!」
「ごめん、おじいちゃん。でも、これは必要な事だよ」
クルリと、彼女が旗を回してその鋒をエインに向ける。
そして、魔力が爆発的に高まり始める。
「これから、私達と一緒に戦う奴がどれだけ出来るのか、把握しておかなきゃね」
「一緒に戦う、ね?さっきの話ならもう断ったが?」
「それは、これを見た後でも言える?」
「?」
☆
「通行禁止?」
「ええ、先程の化け物・・・仮称『グラトニー』の討伐にオニキア守護士の一人、アルトリウス・マグナ殿が名乗りを上げました。マグナ殿の率いる第二小隊以外の隊員が居た場合、連携の邪魔になるとの事で現在、ここは通行禁止となっております」
「頼む、そこを何とかできねえか?仲間の生存が掛かってる。そのグラトニーとやらの討伐には参加しねえからよ」
「申し訳ありませんが、守護士殿の取り決めですので」
飛空艇で《最下空域》まで降りる唯一の場所、最終降下場から戻ってきたティガの舌打ち混じりの報告が終わり、レオンも流石に呆れたようだった。
「アルトリウスってあいつだよね、小隊とは名ばかりの軍隊を持った」
「ま、そうだな。守護士の派閥内じゃぶっちぎりのトップだろ」
オニキア軍の最大戦力とされる三人の守護士には、やはりというべきか、派閥というものが存在する。
といっても、本人達にそういった思惑は特に無く、周囲がそういう雰囲気を出しているだけではあるが。
「あいつの来る者拒まずの精神、嫌いなんだよね」
「そりゃ、俺達みたいな拒まれない奴の発想だろ。才能が無い、その一言で切り捨てられた奴らからしてみれば俺達やエインなんて、嫌味ったらしいクソみたいな連中だ」
「はっ、それで神様仏様アルトリウス様って?馬鹿げてる」
「俺もそう思うが、実際問題、このままじゃ完全に手詰まりだ。どうするよ」
「僕達も飛び降りてみる?帰りの飛空艇は第二小隊の奴を適当に奪ってさ」
「成る程、そりゃ名案だな。後五分で画期的な案が見つからなかったらそうしよう」
冗談でも何でもない、やると言ったら本当にやる二人は軽口を叩き合いながらも、必死に脳を働かせる。
しかし、どう考えても解決案が出てこない。というより、レオンの考えた案が二人にとって最善策だった。
「ちっ、しゃあねえ。レオンの案で行くぜ」
「オーケー、僕もそれが一番早いと思ってた」
五分が経った。結局まともな案は無い。
艇を適当な位置で固定してから、二人が魔力兵装と最低限の道具だけ持って空の底へと飛び込もうと手摺に脚を掛けた瞬間。
「おーい!」
「?」
「何だありゃ?空賊・・・じゃねえな、オニキアの商船?」
遠方から掛けられた声の方向を向いて目を細める。オニキアの認めた商船の証である、剣とそれを飲み込む蛇のマークの描かれた帆の張られた飛空艇。
ただ、どうにもその船からは商船特有の活気が感じられない。
「エインの奴から教えてもらった船の特徴と一致してるな。裏口に留めやがって、分かりづれえよ」
ゆっくりと艇をティガ達の近くに停泊させると、その全容が見えてくる。
やはり、活気どころか人が一人も見当たらない。居るのは、二足歩行して喋る兎が一匹のみ。
「喋る兎、もしかしてあんた《バイオン》か?」
「イエス、ご名答だぜ。俺はラビンだ、よろしくな。えーと、ティガに、レオンか?」
「っ、僕達の名前、何で知ってるの?」
レオンが魔力兵装である短剣を構える。
だが、ラビンは動揺せず、
「エインに頼まれたのさ、お前らを《最下空域》まで送ってくれってな」
二人にとっては砂漠のオアシスともなるような言葉を口にした。




