ハイル・フィルレイン
抜刀術・龍陽。
刀は専門外なんだが、と言いつつもエインの教えてくれた唯一の刀術。
納刀から抜刀までの力の流動がそのまま威力となるこの技は、足で立つ必要のある地上では余程の達人でも無ければそこまでの威力が出ず、最も力を出すには水中、あるいは滞空状態である必要がある。
「グ、アアッ・・・」
「・・・」
二者の激突は双方に甚大なダメージを与えた。
片や、強靭な顎門の下半分と肉体の四割を喪失、暴発した魔力で臓器の三割が焼かれ、もう片方は爆心地となった刀を握っていた右腕を失い、元より毒に侵されていた全身の崩壊が始まっている。
「少尉の回収を!」
「分かってる!分かってるけど!」
墜落する彼女らに追い縋ろうと地上に向けて速度を上げる飛空艇があった。
無論、オニキア軍第三小隊の面々である。
だが、元より空を飛ぶ為の艇だ。下へと急降下できるような手段が無い。
海に浮かぶ船が沈むのが難しいように、空に浮かぶ飛空艇では追い付けない。
「《スパイレイズ・アバター》起動!」
追い付けないと即座に判断したティガが叫び、出現したのは白と黄色の、昆虫の複眼のような左右対称に存在する六の目玉の光る《アバター》。
その能力は、己の身体を分解してティガから二百メートルの内を自由に動かす事。
「分散せよ!」
アバターの腕が肘の辺りから飛んでオーキスへと飛来、そして。
(距離は約百五十メートル、いける!)
成功の確信と共にアバターがオーキスの腕を掴む、が、その腕はまるで、今にも崩れそうな腐りかけの木のようで。
「やばいっ!」
「どうしたの!ティガ君!」
「ッ、後で説明する!更に分散しろ、アバター!」
腕だけでは無い、アバターの全身をオーキスの元へ飛ばす。
そして、オーキスの身体の真下で再びその身体を再構成、シャボン玉を受け止めるように優しく、ゆっくりとその全身を受け止めた。
「ヌウ!」
呻くティガ。
アバターの身体能力は各々によって違う。例えば《ウルヴァス・アバター》は全てがティガ自身の素の身体能力だが、他のアバターには筋力だけならばティガの五倍はあるアバターも存在している。
そして、《スパイレイズ・アバター》はティガとアバターの距離と、ティガの近くに残るアバターの面積によって身体能力が変わる。
現在の射程距離ギリギリで、それもアバターの面積の全てを飛ばしている状態におけるアバターの身体能力は。
(今のアバターが使える俺の筋力は約十分の一、あの年頃の女性の平均体重が四十五キロ程度だとして、体感で四百五十キロ!)
アバターの負担はティガにもフィードバックする。
全身の筋肉が軋むような嫌な感触が襲ってくるが、それでも離すわけにはいかない。あの優しすぎる副官を死なせたくは無いという一心で何とか彼女の身体を持ち上げる。
「おー!いい感じだよ!段々近づいてきてる・・・ん?」
艇がゆっくりと近づいていく最中、ハイルは気づいた。
それはハイルの驚異的な視力や聴力、嗅覚故では無い。もっと本質的な彼女の持つ野生の直感故に。
「何かが近づいてくる」
「ん?おい、ハイル!?」
ティガが思わず声を掛けたのは、ハイルが突然艇の舳先から飛び降りた為だ。
突然の奇行に、しかし余りにも大きな負担を抱えるティガは対処出来ない。
そして、その視界の先で俄かには信じ難い出来事が発生する。
「ッ、何だこれは!?」
それは無数の顎門だった。
目も、鼻も無い。鋭利な牙の生え揃う歪な。
黒い鱗で覆われたそれらはティガ達の乗る飛空艇や、墜落を続ける《黒龍》の巨体に食らい付き、抉りちぎる。
「ティガ、やばいよ。艇が下から引っ張られている。多分、この変な奴らだ」
「それは分かってるがよ、手が回らねえ!それに、このままじゃ俺のアバターと、少尉も」
言いかけて、それが現実の物となった。
アバターと、それの抱えるオーキスを食い千切ろうと四つの顎門が迫る。
次の瞬間に襲い来るであろう激痛に、ティガは歯を食いしばるが、それはいつまで経ってもやってこない。
「二人はやらせないよ!」
「っ、ハイルか!」
顎門を弾いたのはハイルであった。
男性用の体格に似合わぬ軍服を靡かせ、その手には一振りの大剣を携える。
ハイル専用魔力兵装、《ヴァルキューレ》
それはただの大剣では無い。三百キロオーバーの重過ぎる重量、圧倒的な破壊力の為に、通常の魔法使いならば数秒触れただけで魔力を喰らい尽くされる程の燃費の悪さ、そして小柄とはいえハイルの身体よりも大きいというそのサイズ。
通常の魔法使いでは扱える筈もない馬鹿げた、欠陥品とも思えるようなそれはしかし、扱える者が使えば圧倒的な破壊力を生み出す。
「おおおりゃあああああああ!!!!」
鎧袖一触、正にその言葉通りにただの一薙ぎで七つの顎門を吹き飛ばし、更に振り返りながらのもう一振りでもう七つ。
それで出来上がった敵の骸を足場にすると、続けて迫る顎門を迎撃する。
だが、やはりまともな足場も無いままではジリ貧となってくる。
「おい、大丈夫か!」
対応が間に合わず、いくつかの自分に対する攻撃を無視して二人を庇う事の多くなってきたハイルにティガが叫ぶ。
艇と彼女らとの距離は縮まってきてはいるが、このペースではハイルの体力がもたない。
それに、艇の耐久も不味い。例え、救出出来たとしてもミイラ取りがミイラになれば終わりだ。
レオンの《強化》で艇自体の耐久を強くしてはいるが、小型とはいえ艇という巨大な物質を全て強化するというのは負担が大きく、そこまで強くは出来ない。
焦るティガに、下から声が掛けられた。
「ティガ君!」
「ッ、ハイル?」
見下ろせば、ハイルの持つ大剣の形が変形していくのが見える。
通常の大剣から、まるで巨大な十手のような、先端から別たれた剣としては余りにも歪な形へと。
それはティガにとって見覚えのある物で。
「何をする気だ!」
「分かってるでしょ?このままじゃ皆共倒れだよ。私はこのままオーキスちゃんと一緒に、《最下空域》まで落ちるから、迎えに来て」
「馬鹿言ってんじゃ・・・」
「頼んだ!いくよ、《ヴァルキューレ》!」
ハイルの専用魔力兵装はただの大剣では無い。
しかし、それはその質量故でも、破壊力故でも、サイズ故でも無い。
「《砲神形態》」
それの持つ二つ目の形態故だ。
刺又の槍が如く、刃の半ばまで別たれた剣身、その内部には剣に溜め込んだ魔力に指向性を付与して放出する為の機構が組み込まれている。
別たれた剣身は砲身、担い手は射主、砲弾は魔力。
「っ、アバター解除!」
「《碧星光撃》」
ハイルが剣を水平に降り、彼女を囲むように一筆で描かれた円が出来る。
次の瞬間、円は分解して無数の光球へと変わり、それらは無数の雷撃を散らしながら、彼女を取り巻く顎門を吹き飛ばす大爆発を起こした。
「くそ、馬鹿野郎!レオン、《最下空域》まで・・・」
「聞いてたよ!飛ばすからしっかり掴まっていなよ!」
爆風を追い風に一気に艇が加速する。
何十もの頭を一気に吹き飛ばされた何かは怯んだのか、ゆっくりと雲の中へと消えていくのが見えた。
ハイル達の姿はもう見えない。




