第八十話「二十一番の衝撃」
十二番目の学校がランウェイへ姿を現した頃、真理と美奈は参加者用の観覧スペースへ戻っていた。
美奈はすでに私服へ着替えている。
先ほどまで着ていたドレスは、丁寧に衣装ケースへ収められていた。
「ねえ真理、見て!」
美奈がステージを指さす。
「あのスカート、裾の形すごくない?」
「……うん。あんな切り替え方もあるんだね」
「ね! あれ、どうやって縫ってるんだろ?」
自分たちの出番が終わっても、美奈の興奮は収まっていなかった。
むしろ今は、次々と現れる衣装を見ることが楽しくて仕方ないらしい。
真理も同じだった。
自分たちの服を披露する前は、ほかの学校の作品を見るたびに圧倒されていた。
けれど今は、少し違う。
あの布は、どんなふうに裁断したのだろう。
あの形を保つには、どこを補強すればいいのだろう。
美しいと思うだけではなく、その形が生まれた過程まで想像してしまう。
『二人とも、もう次に作る服のこと考えてない?』
リンが笑った。
「えー? だって気になるじゃん!」
「……ふふっ」
『あはは! まあ、分かるけどね!』
その間にも、ランウェイは進んでいった。
◇
「続きまして、エントリーナンバー14番! 長野県諏訪実業高等学校!」
スクリーンに学校名が映し出される。
『サブテーマは、メタモルフォーゼ』
藤原紀香の声が、会場に響いた。
『小さな変化を積み重ねながら、新しい姿へと生まれ変わる。その過程を、蝶の羽化になぞらえて表現しました』
ステージ奥から、一人の女子生徒が現れた。
淡い灰色を基調とした、細身のドレス。
薄い布が幾重にも重なり、モデルの身体を包み込むような形をしている。
肩から背中へ続く布は、腕に沿って折り畳まれていた。
「……綺麗」
真理が呟く。
「なんか、すっごい繊細!」
美奈も目を細めた。
モデルが歩くたびに、薄い布がわずかに揺れる。
透ける布の下から、淡い黄色や薄紫が見え隠れしていた。
ランウェイの先端へ着くと、モデルは足を止めた。
そして、ゆっくりと両腕を持ち上げる。
「……あ」
真理が声を漏らした。
腕に沿って畳まれていた布が、静かに広がっていく。
肩から背中へ。
薄い布が、左右へ大きく開いた。
それまで身体を包んでいたドレスが、まるで蝶の翅を広げたような姿へ変わった。
「うわあっ!」
美奈が思わず身を乗り出す。
「真理! 見た!?」
「……うん!」
光を透かした布が、淡い色の重なりを浮かび上がらせる。
灰色の奥に隠れていた黄色や紫が、花びらのように広がっていた。
『閉じていた翅が開くように。昨日までの自分から、新しい自分へ』
モデルがゆっくりと身体を回す。
大きく広がった布が、空気を含んで揺れた。
『成長すること。それもまた、私たちが考える「変化」です』
観客席から、大きな拍手が起こった。
真理は、モデルが戻っていくまで布の動きを見つめていた。
「……すごいね」
「うん! あんなに薄い布なのに、ちゃんと形ができてる!」
「……きっと、畳む位置も計算してあるんだね」
『ああ、そっか! ただ広げればいいってわけじゃないんだ』
リンが感心したように頷く。
真理は、小さく頷いた。
あれほど薄い布を重ねても、重たく見せない。
開いたときには美しく、閉じたときにも一着の服として成立している。
見た目の華やかさだけではない、丁寧な仕事がそこにあった。
◇
次の学校、そのまた次の学校へとランウェイは続いていった。
鮮やかな色彩を組み合わせた衣装。
大胆な裁断で形の変化を表現したドレス。
歩くたびに布の重なりが変わる作品。
二十四校が同じテーマを与えられても、二十四通りの答えが生まれる。
その面白さを、真理は改めて感じていた。
やがて、アナウンサーが次の学校名を読み上げた。
「エントリーナンバー17番! 青森県立弘前実業高等学校!」
ステージの照明が、静かな色合いに変わる。
『サブテーマは、リペア』
藤原紀香が紹介を始めた。
『傷んだものを捨てるのではなく、直し、受け継ぎ、新しい価値を与える。補修の跡そのものを、美しさとして表現しました』
現れたモデルが身にまとっていたのは、紺色を基調としたコートドレスだった。
落ち着いた色合い。
すっきりとした襟元。
膝下まで伸びる裾。
先ほどの諏訪実業とは対照的な、静かな印象の衣装だった。
けれど。
「……あれ?」
美奈が目を凝らした。
「真理、あの線って……」
「……縫い目、かな」
コートドレスには、何枚もの布が継ぎ合わされていた。
色味の異なる紺。
少し褪せた青。
灰色がかった布。
それらをつなぐ糸は、あえて目立つ白や赤が使われている。
細かな刺し子を思わせる縫い目が、布の境界に沿って連なっていた。
『傷を隠すのではなく、その痕跡を残すこと。そこには、使い続けてきた時間が刻まれています』
モデルがゆっくりと身体を回す。
背中には、大きさの異なる布が幾何学模様のように組み合わされていた。
白い糸が、その境目を丁寧に縫い留めている。
真理は、思わず息を呑んだ。
「……綺麗」
「……うん」
美奈も頷く。
「縫い目、全部見せてるんだね」
「……うん。普通だったら、目立たないようにするところなのに」
「でも、あの白い糸があるから、模様みたいになってる!」
美奈は、じっとステージを見つめた。
「……ああいうのも、いいなあ」
真理も、静かに頷いた。
新しい布だけを使わなくても。
何かを隠さなくても。
服は、こんなにも美しくなる。
華やかな変形も、大きな仕掛けもない。
それでも、その一着には確かな存在感があった。
モデルが一礼すると、会場から温かな拍手が送られた。
◇
「……いろいろあるんだね」
真理が呟いた。
「ん?」
「……変化の見せ方」
美奈が頷く。
「ね! さっきの蝶みたいなのもすごかったし、今のも全然違うのに綺麗だった!」
『同じテーマなのに、こんなに違うって面白いね』
リンが笑う。
真理は、ステージへ目を戻した。
いろいろな学校の服を見ていると、自分がまだ知らないことばかりだと感じる。
けれど、それが嫌ではなかった。
むしろ、知りたいことが増えていく。
◇
十八番、十九番と進み、次の学校が紹介された。
「エントリーナンバー20番! 埼玉県立新座総合技術高等学校!」
『サブテーマは、リコンストラクション』
藤原紀香の声が響く。
『役目を終えた服を、もう一度組み直す。古い形をただ消すのではなく、その特徴を残したまま、新しい一着へと生まれ変わらせました』
舞台奥から現れたモデルを見て、真理が小さく声を上げた。
「……あっ」
それは、見慣れた服の形をいくつも組み合わせたドレスだった。
片側の肩には、ジャケットの襟を思わせる構造。
胸元には、シャツの前立てと小さなボタン。
腰のあたりには、元はポケットだったと思われる布が、大胆に配置されている。
けれど、単に古い服を継ぎ合わせただけには見えなかった。
それぞれのパーツが、身体の線に沿うように配置され、全体として一つの美しいシルエットを作り出している。
「……え、すごくない?」
美奈が身を乗り出す。
「うん……」
真理は、肩の切り替えを見つめた。
ジャケットの襟。
シャツの袖口。
ポケット。
本来は、それぞれ別の場所にあるもの。
それらが、まったく違う役割を与えられている。
モデルが歩くと、裾に配置されたシャツ地が軽やかに揺れた。
上半身のしっかりとした構造とは対照的だった。
『元の服が持っていた役割を変え、別の場所に生かす。その積み重ねから、新しい形が生まれました』
モデルが先端で足を止める。
身体を斜めに向けると、ジャケットの襟を思わせる部分が大きな装飾として浮かび上がった。
真理は、思わず呟いた。
「……全部、ちゃんとつながってる」
「……え?」
「……違う服の形を組み合わせてるのに、ばらばらに見えない」
美奈が、もう一度ステージを見る。
「……ほんとだ」
モデルが背中を見せた。
背面にも、シャツやジャケットの名残があった。
それでも、どこにも無理やり継ぎ足したような印象がない。
「……これ、めっちゃ考えてるよね」
美奈が、感心したように言った。
「……うん」
真理は頷いた。
自由に作り替えるためには、まず元の服をよく知らなければならない。
どこを残すのか。
どこを変えるのか。
そして、どうすれば新しい一着として美しくなるのか。
簡単そうに見える部分にも、きっと何度もの試行錯誤があったはずだ。
モデルが退場すると、会場から大きな拍手が起こった。
美奈は、しばらくその背中を目で追っていた。
「……ああいうの、作れるようになりたいな」
真理が、隣を見る。
「……美奈ちゃん?」
「だってさ! 服って、こんなにいろんなことできるんだよ?」
美奈は、目を輝かせた。
「もっと上手くなったら、何でも作れそうじゃん!」
真理は笑った。
「……ふふっ。そうだね」
その言葉に、リンも笑みを浮かべた。
けれど、次のアナウンスが流れた瞬間。
三人は、同時にステージへ顔を向けた。
◇
「続きまして、エントリーナンバー21番!」
会場が、わずかにざわめいた。
アナウンサーが、一拍置く。
「京都市立銅駝美術工芸高等学校!」
次の瞬間。
ホールいっぱいに、大きな歓声が広がった。
「きたーっ!」
「銅美だ!」
あちこちから声が上がる。
拍手が重なり、会場の熱気が一段と高まっていく。
「……すご」
美奈が呟いた。
真理も、思わず身を乗り出す。
開会式のときと同じだった。
この学校の名前が呼ばれただけで、会場の空気が変わる。
『……やっぱり、すごい人気だね』
リンが小さく言う。
「……うん」
真理は、スクリーンを見つめた。
午前中の紹介映像。
広い実習室。
ずらりと並んだミシン。
そして、中央で生徒たちをまとめていた、小柄な少女。
熊川怜奈。
その名前が、自然と頭に浮かんだ。
ステージの照明が落ちる。
観客席の声が、少しずつ静まっていく。
そして、藤原紀香がマイクを持った。
『サブテーマは、トランスフォーメーション』
スクリーンに、その文字が大きく映し出された。
『服の形は、一つとは限りません』
静かな音楽が流れ始める。
『着る人が、その日の気持ちや自分の意思によって姿を変えていく。そんな自由を、一着の衣装に込めました』
舞台奥に、一人の女子生徒が現れた。
◇
チャコールブラック。
深い灰色を基調とした、ロングドレスだった。
長い袖。
足首の近くまで伸びる裾。
直線的なシルエットの中に、シルバーグレーのラインが走っている。
モデルは、ゆっくりとランウェイを歩き始めた。
胸元から腰へ。
腰から裾へ。
銀色の細い線が、衣装の輪郭を強調していた。
装飾に見える部分には、いくつものファスナーやコードが組み込まれている。
けれど、それらは不自然に浮いていなかった。
すべてがデザインの一部として溶け込んでいた。
「……かっこいい」
美奈が呟く。
「……うん」
真理も頷く。
最初に受けた印象は、意外なほど静かだった。
派手な色は使われていない。
大きな装飾もない。
けれど、モデルが歩くたびに、衣装の輪郭が美しく浮かび上がる。
その姿だけでも、十分に完成された一着だった。
モデルは、ランウェイの先端で足を止めた。
そして、正面を向く。
肩を引き、静かにポーズを決めた。
観客席から、拍手が起こる。
しかし。
藤原紀香の声が、その上に重なった。
『けれど、この衣装には、まだ別の姿が隠されています』
「……え?」
美奈が、思わず声を漏らす。
モデルが、ゆっくりと腰へ手を伸ばした。
◇
細いコードを指でつまむ。
そして、一定の速度で引き上げた。
その瞬間。
腰の布が、静かに動き始めた。
「……あっ!」
真理が目を見開く。
それまでまっすぐ落ちていた生地が、少しずつ引き寄せられていく。
布が集まり、細かなひだを作る。
腰の片側が持ち上がる。
反対側の裾は、長さを残したまま流れる。
ほんの数秒前までの、直線的なロングドレス。
それが今、まったく違う形になろうとしていた。
「……ちょっと待って!」
美奈が身を乗り出す。
「形、変わってる!」
モデルは、引いたコードを所定の位置で留めた。
そして、ゆっくりと身体を回す。
腰から流れる布が、大胆なアシンメトリーを描いていた。
先ほどまでの静かな印象は、もうない。
同じ生地。
同じ色。
けれど、衣装全体の雰囲気が一変していた。
『一本のコードが、布の流れを変える。直線から曲線へ。静かな姿から、動きのある姿へ』
モデルが一歩、足を踏み出す。
引き寄せられた布が、身体の動きに合わせて揺れた。
真理は、その腰元をじっと見つめていた。
「……すごい」
「ね!?」
「……でも、変な皺ができてない……」
美奈が、もう一度目を凝らす。
「……あっ」
真理の言うとおりだった。
布が集められているのに、不自然な膨らみがない。
ひだは、すべて計算されたように一定の流れを作っている。
「……普通、あんなふうに引っ張ったら、もっと布が寄っちゃうよね?」
「……うん。引く方向とか、布の量とか……全部、考えてあるんだと思う」
真理は、息を呑んだ。
それだけではない。
片側を持ち上げても、反対側のシルエットが崩れていない。
ただコードを引いただけでは、こんな形にはならない。
最初から、この姿へ変わることを前提に設計されている。
「……すごいね、美奈ちゃん」
「……うん」
二人は、しばらく言葉を失っていた。
◇
舞台袖。
熊川怜奈は、ランウェイをじっと見つめていた。
小柄な身体。
背筋を伸ばした姿勢。
その表情は、落ち着いている。
けれど、視線はモデルの腰元から離れなかった。
隣に立つ女子生徒が、小さく息を呑む。
「……できた」
怜奈は、ゆっくりと頷いた。
「……うん」
モデルがターンする。
ドローコードによって生まれたひだが、綺麗に揺れた。
怜奈の表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
それでも、まだ視線は外さない。
舞台の上では、次の変化が待っていた。
◇
『そして、変化はここで終わりません』
藤原紀香の声が響いた。
会場が、再びざわめく。
「……えっ?」
美奈が顔を上げる。
『身にまとう形を、自分で選ぶ。その自由を、さらに一歩進めました』
モデルが、今度は袖口へ手を伸ばした。
細いファスナーをつまみ、ゆっくりと引く。
肩から袖に沿って、銀色の線が動いた。
続いて、もう片方の袖も。
モデルは手際よく、左右の袖を取り外した。
「……えっ!?」
美奈が声を上げる。
袖を失った衣装は、すっきりとしたノースリーブの形になっていた。
けれど、まだ終わらない。
モデルは裾へ手を伸ばす。
長く伸びていた生地の一部。
そこにも、ファスナーが隠されていた。
留め具が外される。
布が、静かに取り除かれていく。
舞台袖から現れたスタッフが、外されたパーツを素早く受け取った。
そして、モデルが顔を上げたとき。
そこにあったのは、先ほどとはまったく違う一着だった。
ノースリーブ。
短くなった裾。
すっきりとしたウエストライン。
チャコールブラックとシルバーグレーの、軽やかなショートドレス。
「…………!」
真理は、息を呑んだ。
最初に登場したときの姿が、思い出せないほどだった。
長袖のロングドレス。
ドローコードで形を変えたアシンメトリー。
そして、今のショートドレス。
そのどれもが、一着として完成している。
「……うそ」
美奈が呟いた。
「……すごすぎる」
モデルが、再び歩き始めた。
先ほどまでの重厚な印象とは違う。
軽やかで、伸びやかな足取り。
袖がなくなったことで、腕の動きがはっきりと見える。
短くなった裾が、歩くたびに揺れた。
『今日の自分が選んだ姿が、明日の自分と同じである必要はありません』
音楽が、盛り上がりを迎える。
『変化は、誰かに与えられるものではなく、自分自身で選ぶもの』
モデルが、ランウェイの先端で足を止めた。
そして、大きくターンする。
短い裾が、軽やかに広がった。
『それが、私たちの考える「変化」です』
一瞬の静寂。
次の瞬間。
会場が、割れんばかりの拍手に包まれた。
◇
「……すげえ!」
観客席で、森田が思わず立ち上がりかけた。
「なんだよ、あれ!」
佐伯も、目を丸くしている。
「……最初と全然違う服じゃん」
「どうなってんだ、あれ!?」
愛梨も興奮していた。
「すごい! すごい! めっちゃかっこいい!」
悠斗は、しばらく言葉を失っていた。
「……一着で、あんなに変わるんだな」
沙織が頷く。
「うん……」
会場の拍手は、なかなか収まらなかった。
小川夫妻も、片岡夫妻も、驚いた表情で拍手を送っている。
藤崎千尋は、思わず身を乗り出していた。
「……よく、あそこまで……」
細かな縫製。
変形する位置。
取り外したあとの処理。
考えるべきことが、どれほど多いか。
その難しさが分かるからこそ、千尋は息を呑んだ。
モデルは、最後に深く一礼した。
そして、堂々と舞台袖へ戻っていった。
◇
熊川怜奈は、戻ってきたモデルの姿を見た。
「……お疲れさま」
小さく声をかける。
モデルが、ほっと息を吐いた。
「……怜奈、どうだった?」
怜奈は、少しだけ笑った。
「……綺麗だったよ」
その一言に、モデルの表情が緩んだ。
周囲の生徒たちも、ようやく肩の力を抜く。
「……やったね」
「うん……!」
小さな笑い声が、舞台袖に広がった。
怜奈も、その輪の中で静かに笑っていた。
◇
「…………」
真理は、しばらく何も言えなかった。
美奈も、隣で黙っている。
リンが、ようやく声を漏らした。
『……すっご……』
美奈が、ゆっくりと頷く。
「……ね」
真理は、舞台袖へ消えていったモデルの姿を思い返していた。
最初から、三つの形が完成するように作られている。
どこかを変えれば、ほかの部分にも影響が出る。
長袖を外したあと。
裾を短くしたあと。
それでも、美しい形が残る。
自分たちも、一着のドレスを作った。
ほんの少し形を直すだけでも、何度も悩んだ。
だから分かる。
あの衣装を完成させるまでに、どれほどの時間を費やしたのだろう。
「……ねえ、真理」
美奈が、ぽつりと言った。
「……うん?」
「あたし、あの服……もう一回見たい」
真理は、少し驚いて美奈を見た。
美奈は、まだステージを見つめていた。
「どこにファスナーついてたのか、全然分かんなかった」
「……うん」
「あと、あのコード! どうやってあんな綺麗に寄せたんだろ」
「……私も、気になる」
美奈が振り返る。
そして、少し笑った。
「……やっぱ、すごいね。全国って」
真理も、小さく頷いた。
「……うん」
その胸にあったのは、悔しさではなかった。
ただ、もっと知りたいという気持ちだった。
◇
銅美のランウェイが終わっても、大会は続いた。
二十二番。
二十三番。
そして、最後の二十四番。
残る三校も、それぞれの考える「変化」を一着の衣装に込めて披露した。
大胆な色の切り替え。
異なる時代の意匠を取り入れたドレス。
歩くことでシルエットが生まれ変わる衣装。
どの学校にも、観客から大きな拍手が送られた。
そして。
「以上をもちまして、全二十四校のランウェイ審査を終了いたします!」
アナウンサーの声が響いた。
藤原紀香が、笑顔でマイクを持つ。
「出場校の皆さん、本当に素晴らしい作品をありがとうございました!」
会場から、大きな拍手が巻き起こる。
「どの学校も、今年のテーマ『変化』を、それぞれの感性で表現してくださいました。皆さん、もう一度、大きな拍手をお願いします!」
拍手が、さらに大きくなった。
真理と美奈も、両手を叩いた。
自分たちも、その二十四校の一つだった。
そう思うと、不思議な気持ちになった。
◇
午後三時四十五分。
すべてのランウェイが終了し、審査員たちは最終審査へ入った。
参加者には、休憩が案内された。
観覧スペースを離れ、控室へ戻る途中。
「……はあー!」
美奈が、大きく伸びをした。
「見たねー! 全部!」
『ほんと、あっという間だったね』
リンが笑う。
「うん! なんか、どれもすごかった!」
美奈は歩きながら、指を折り始めた。
「福岡女子の裏返るやつでしょ! 諏訪実業の蝶のやつ! 弘前実業の縫い目見せるやつ!」
「……新座総合の、服を組み直したのも」
「そうそう! あれもすごかった!」
真理が笑う。
美奈は、さらに続けた。
「あと、やっぱ銅美!」
『あれはびっくりしたねー!』
「もうさ! 全然違う服になっちゃうんだもん!」
美奈は、両手を広げて見せた。
「最初、こんな長かったのにさ!」
『うんうん!』
「最後、あんな短くなってんだよ!? すごくない!?」
リンが笑いながら頷く。
『ほんとだよね!』
真理も、思わず笑ってしまった。
美奈の興奮は、まだ収まりそうになかった。
けれど。
控室へ戻ると、周囲の空気が少し違っていた。
ほかの学校の生徒たちが、パンフレットを見ながら小声で話している。
審査員の名前を確認している生徒。
自分たちの披露を振り返っている生徒。
何度も時計へ目を向けている生徒。
それぞれの表情には、期待と不安が入り交じっていた。
真理は、ふと足を止めた。
審査。
結果発表。
そうだ。
まだ、大会は終わっていない。
◇
「……ねえ、真理」
美奈が、ぽつりと言った。
「……なに、美奈ちゃん?」
「……どこが取ると思う?」
真理は、すぐには答えられなかった。
今日見てきた数々の衣装が、頭の中に浮かぶ。
福岡女子。
名古屋西。
諏訪実業。
弘前実業。
新座総合。
そして、銅美。
どの学校にも、違った魅力があった。
自分たちには思いつかなかった表現も、たくさんあった。
「……分からない」
真理は、正直に答えた。
「……そっか」
美奈が、小さく頷く。
真理は、少し考えた。
そして、顔を上げた。
「……でも」
「ん?」
「……私たちの服だって、すごくよかったと思う」
美奈が、ぱちぱちと瞬きをした。
真理は、少し照れくさそうに笑った。
「……美奈ちゃんが、あんなに綺麗に歩いてくれたし」
「…………」
「……私、ちゃんと自信あるよ」
美奈は、一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「……だよね!」
満面の笑みを浮かべた。
「そうだよね! うちらだって、すっごい頑張ったもん!」
「……うん!」
真理も笑った。
リンは、そんな二人のやり取りを静かに見つめていた。
そこへ。
会場全体に、アナウンスが響いた。
「出場校の皆さんにご案内いたします」
三人が、同時に顔を上げる。
「間もなく、審査結果の発表を行います。各校の皆さんは、所定の位置へお戻りください」
美奈の笑顔が、少しだけ固まった。
真理も、思わず息を呑む。
リンが、二人の背中を軽く叩いた。
『……行こっか』
「……うん」
「……はい、凛先生」
三人は、顔を見合わせた。
長い一日だった。
たくさんの服を見た。
たくさんの驚きがあった。
そして、自分たちの一着を、全国の舞台で披露した。
その一日の結果が、これから発表される。
真理は、そっと両手を握りしめた。
隣では、美奈が大きく息を吸っていた。
二人は、並んで歩き出した。




