↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
70/198

第七十話「私たちの一着」

 二〇〇〇年(平成十二年)七月六日、木曜日。


 都立青葉高校、三年二組。


「ねえ美奈! 見た見た!?」


 朝の教室。


 登校してきた美奈へ、宮下愛梨が勢いよく駆け寄ってきた。


「何を?」


「横断幕! 昨日の!」


「あー、見た見た!」


「やっばくない!? 校舎にあんなでっかく名前載るとか!」


 愛梨は興奮した様子で両手を広げた。


「あたしだったら毎朝写真撮る!」


「毎朝は撮らないって!」


「えー! あたしなら撮るし!」


 美奈は笑いながら鞄を机に置いた。


「でもさ、ほんとびっくりしたんだよね。真理ちゃんと二人で歩いてたら、いきなりあれが見えてさ!」


「いいなー! あたしも名前載せてほしい!」


「じゃあ愛梨も何かで全国大会出なよ!」


「えっ、チアで!?」


「そうそう!」


「無理無理! そんな簡単に言わないでよ!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 そこへ森田翔平がやってきた。


「おっ、片岡。今日も全国大会の主役様じゃん!」


「何よ、その呼び方!」


「いやー、横断幕まで出ちゃってさ。もう学校の有名人だな!」


「森田、羨ましいんでしょ?」


「まあな。俺も名前載せてほしいわ」


「じゃあ森田も全国大会出れば?」


「何の?」


「……さあ?」


「考えてから言えよ!」


 愛梨が吹き出した。


「森田、何なら全国大会出られそう?」


「……大食い?」


「絶対無理でしょ!」


「いや、意外といけるかもしれねえだろ!」


「じゃあまず購買のパン全部食べてみなよ!」


「破産するわ!」


 三人が笑っているところへ、真理が教室に入ってきた。


「あ、真理ちゃん!」


 美奈が手を振る。


「おはよ!」


「……おはよう」


「ねえ真理ちゃん、森田が大食いの全国大会出るんだって!」


「……え?」


 真理が目を丸くした。


「いや、出ねえよ!」


「……ふふっ」


 真理が笑う。


 森田は肩をすくめた。


「まったく、片岡は朝から元気だな」


「そりゃ元気でしょ! 明後日だよ、明後日!」


 美奈は指を二本立てた。


「あと二日!」


「……だな」


 森田は笑った。


「頑張れよ」


「もちろん!」


 真理も、小さく頷いた。


「……うん」


     ◇


 昼休み。


 家庭科室へ向かう途中、美奈と真理は別のクラスの女子生徒たちとすれ違った。


「あっ、小川さん!」


「……え?」


「コンテスト出るんだよね? 横断幕見たよ!」


「あ……うん」


「すごいね! 頑張って!」


「……ありがとう」


 真理は少し照れながらも、顔を上げて答えた。


 女子生徒たちは笑顔で手を振り、廊下の向こうへ歩いていった。


 美奈が隣でにやにやしている。


「……何?」


「いやー、真理ちゃんもすっかり有名人だなーって!」


「……もう」


 真理は少し頬を赤くした。


「……からかわないでよ」


「からかってないって!」


 美奈は笑った。


「でも、嬉しいよね。ああやって応援してもらえるの」


「……うん」


 真理は頷いた。


「……嬉しい」


 以前なら、知らない生徒に突然声をかけられたら、どう答えていいのか分からなかったかもしれない。


 けれど今は、素直にお礼を言える。


 自分たちが作っている服を、見てみたいと思ってくれる人がいる。


 そのことが、真理には嬉しかった。


 家庭科室の前へ着くと、扉の横に大きな模造紙が貼られていた。


「あっ! 真理ちゃん、見て!」


 美奈が指さす。


 そこには色とりどりのペンで、たくさんの応援メッセージが書かれていた。


《本選出場おめでとう!》


《青葉高校代表、頑張って!》


《最高の服を見せてください!》


 美奈は一つずつ目で追っていく。


「あっ、これ愛梨の字じゃん!」


 大きな文字で書かれたメッセージ。


《美奈&真理!! 絶対最高のステージにしてね!!》


「……ふふっ。愛梨らしいね」


「ね!」


 その少し下には、森田の文字もあった。


《片岡・小川 全国制覇だ!!》


「……森田、字きったな!」


「……ふふっ」


 真理が口元を押さえた。


「……でも、ちゃんと書いてくれたんだね」


「……うん」


 美奈は少しだけ表情を和らげた。


「……ありがたいよね」


 何気なく口にした言葉だった。


 真理はそんな美奈を見て、小さく頷いた。


「……うん」


 二人はしばらく、模造紙に書かれた文字を眺めていた。


     ◇


 同じ日の放課後。


 家庭科室では、二人が最後の仕上げに取りかかっていた。


 ミシンの軽快な音が響く。


 美奈は慎重に布を送り、最後の縫い目を整えていた。


 隣では真理がデザイン画と実際の衣装を見比べている。


「……美奈ちゃん、そこ」


「ん?」


「……もう少しだけ、こっちに寄せた方がいいかな」


 真理が指さす。


 美奈は一度手を止め、衣装を広げてみた。


「……あー、なるほど!」


 少し離れて全体を見る。


「確かに! そっちの方がきれいかも!」


「……うん」


「よし、じゃあ直しちゃお!」


 美奈は再びミシンへ向かった。


 その手つきに、迷いはなかった。


 これまでにも、二人は何度も相談を重ねてきた。


 真理のデザインをそのまま形にするだけでは、うまくいかない部分もあった。


 布の厚み。


 縫い合わせる位置。


 身体の動きに合わせたゆとり。


 実際に作ってみなければ分からないことが、いくつもあった。


 そのたびに、美奈は手を動かしながら考えた。


 真理も、最初のデザインにこだわりすぎず、よりよい形を探してきた。


 今では、どちらかが意見を出せば、もう一人がすぐに応じる。


 そんなやり取りが、すっかり自然になっていた。


「……よし!」


 美奈がミシンを止めた。


 糸を切り、縫い目を確かめる。


「真理ちゃん、どう?」


 真理が近づく。


 少し屈んで、仕上がりを確認した。


「……うん」


 真理は顔を上げた。


「……すごくいい」


「やった!」


 美奈は嬉しそうに笑った。


 そこへ、藤崎千尋が近づいてきた。


「二人とも、進んでる?」


「はい!」


 美奈は衣装を持ち上げた。


「先生、ここ直したんですけど!」


 藤崎は縫い目を確認した。


「……そうね。きれいに仕上がってるわ」


「やったー!」


「でも、最後まで油断しないこと。明日は着用した状態で、もう一度全体を確認しましょう」


「はい!」


 真理も頷いた。


「……お願いします」


 藤崎は微笑んだ。


「ここまで来たわね」


「……はい」


 真理が答える。


 美奈は衣装を見つめた。


 最初に真理のデザイン画を見たとき。


 こんな服を作ってみたいと思った。


 それが今、目の前にある。


「……ねえ、真理ちゃん」


「……何?」


「これ、すごくない?」


 真理は笑った。


「……自分たちで作ったのに?」


「だからだって!」


 美奈は嬉しそうに笑った。


「最初は紙に描いてあっただけなのに、ほんとに服になっちゃったんだもん!」


 真理も衣装へ目を向けた。


「……うん」


 少しだけ目を細める。


「……私も、すごくいいと思う」


「でしょー!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


     ◇


 七月七日、金曜日。


 大会前日。


 放課後の家庭科室には、いつもとは少し違う緊張感が漂っていた。


 完成した衣装が、トルソーに掛けられている。


 昨日まで机の上に広がっていた布や道具は片づけられ、作業台もすっきりとしていた。


 美奈は衣装の前に立ち、じっと眺めていた。


「……いよいよだね」


 隣で真理が呟く。


「……うん」


 美奈は頷いた。


「……何か、まだ実感ないかも」


「……私も」


 二人は小さく笑った。


 そのとき、藤崎が声をかけた。


「じゃあ、片岡さん。最後に一度、着てみましょうか」


「はい!」


 美奈は衣装を手に取った。


 これまでにも、仮縫いの段階で何度も袖を通してきた。


 そのたびに、着心地や動きやすさを確認し、必要な部分を直してきた。


 けれど、すべての仕上げを終えた衣装を着るのは、これが初めてだった。


「……じゃ、着替えてきまーす!」


 美奈は明るく言うと、着替えのために用意された場所へ向かった。


 真理はその後ろ姿を見送った。


 机の上には、最初に描いたデザイン画が置かれている。


 真理はそれを手に取った。


 紙の上の線。


 色。


 細かな装飾。


 何度も描き直した跡。


 あのときは、ただ頭の中に浮かんだ服を形にしたかった。


 それが今、本当に一着の服になっている。


「……小川さん」


 藤崎が声をかけた。


「……はい」


「楽しみね」


「……はい」


 真理は小さく笑った。


「……すごく」


 しばらくして。


「……お待たせー!」


 美奈の声が響いた。


 真理が振り返る。


 そこに立っていたのは、完成した衣装を身にまとった美奈だった。


「……どう?」


 美奈が両腕を少し広げる。


 真理は答えなかった。


 ただ、美奈を見つめていた。


「……真理ちゃん?」


「…………」


「……えっ、何!? 変!?」


「……違う」


 真理は小さく首を振った。


「……すごい」


 その声は、少し震えていた。


「……本当に、私が描いた服だ」


 美奈は一瞬きょとんとしたあと、笑った。


「何言ってんの! 一緒に作ったじゃん!」


「……うん」


 真理も笑う。


「……そうだったね」


 藤崎が近づいてきた。


「片岡さん、少し歩いてみて」


「はい!」


 美奈は頷き、家庭科室の中を数歩歩いた。


 身体の動きに合わせて、衣装の布が揺れる。


 藤崎はその様子を注意深く見つめた。


「……うん。大丈夫そうね」


 続いて、裾や肩まわりを確認する。


「苦しいところはない?」


「大丈夫です!」


「腕を動かしてみて」


 美奈は言われたとおりに両腕を動かした。


「……はい、問題なさそうね」


 藤崎が頷いた。


「本番でも、落ち着いて歩くのよ」


「はーい!」


 美奈は笑った。


「ウォーキングもいっぱい練習してきたし、任せてください!」


「ふふっ。頼もしいわね」


 真理はそんな美奈を見つめていた。


 布が揺れるたびに、デザイン画とは違う表情が生まれる。


 同じ服なのに、立っているときと歩いているときで、まるで印象が変わる。


「……美奈ちゃん」


「ん?」


「……似合ってる」


 真理が微笑んだ。


「……すごく」


「……えへへ!」


 美奈は嬉しそうに笑った。


 そして、真理の前で胸を張った。


「……ねえ、真理ちゃん」


「……何?」


「明日、あたしが一番かっこよく着てあげるからね!」


「…………」


 真理は少し驚いたあと、笑った。


「……うん」


 しっかりと頷く。


「……期待してる」


「任せて!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


     ◇


 試着を終えた美奈が制服に着替え、再び家庭科室へ戻ってきた。


 衣装はトルソーに掛け直され、明日の搬送に備えて丁寧に確認されている。


 藤崎はその前に立っていた。


「……片岡さん、小川さん」


「はい!」


「……はい」


 二人が顔を上げる。


 藤崎は衣装へ目を向けた。


「小川さん。あなたのデザインには、最初から人の目を引くものがあったわ」


 真理が少し驚いたように瞬きをした。


「でも、どれだけ素敵なデザインでも、実際に着られる形にするのは簡単なことじゃない」


 藤崎は美奈を見た。


「片岡さん。あなたは、その難しい仕事を最後までやり遂げた」


「…………」


「そして小川さんも、描いて終わりにはしなかった。実際に作る中で、片岡さんと何度も相談して、デザインを仕上げていったでしょう」


 藤崎は二人を交互に見た。


「……この服は、どちらか一人では作れなかったと思う」


 美奈と真理は、顔を見合わせた。


 真理が描いたものを、美奈が形にする。


 美奈が見つけた難しさを、真理が一緒に考える。


 何度も繰り返してきた、その時間。


 どちらかが欠けていたら、今ここにある衣装は生まれなかった。


「短い時間だったけれど、二人とも本当によく頑張りました」


 藤崎は優しく微笑んだ。


「……先生として、とても誇らしいです」


「…………」


 真理が少し俯いた。


「……ありがとうございます」


 美奈も笑顔で頭を下げた。


「……先生、ありがと!」


 藤崎は頷いた。


「明日は、胸を張って行ってらっしゃい」


 美奈は真理へ顔を向けた。


「……行こうね、真理ちゃん!」


「……うん!」


 二人は笑い合った。


     ◇


 その頃、家庭科室の扉が開いた。


『……失礼しまーす!』


 明るい声とともに、リンが顔を出した。


「……あ、凛ちゃん!」


 美奈が振り返る。


『おっ! ちょうどよかった!』


 リンは二人の前に歩み寄った。


『明日の持ち物とか、集合時間とか、最後に確認しておこうと思って!』


「はーい!」


 美奈が元気よく返事をする。


 リンは手元の紙を見ながら、当日の予定を確認していった。


 集合場所。


 移動の段取り。


 必要な持ち物。


 忘れ物がないか、二人にも確かめてもらう。


『……よし! これで大丈夫そうだね!』


「はい!」


「……はい」


 リンは完成した衣装へ目を向けた。


『……それにしても、ほんとにすごいね』


「……えへへ!」


 美奈が笑う。


『あたし、最初の頃のデザイン画も見てるからさ。こうしてちゃんと服になってるの、何か感動しちゃう!』


「……ありがとうございます」


 真理が少し照れながら答えた。


『いや、ほんとに! 二人とも、よく頑張ったね!』


 リンはにっこり笑った。


 そして、何かを思い出したように手を叩いた。


『……あっ、そうだ!』


「……え?」


『二人とも、最後に一つだけお願いしてもいい?』


「……何ですか?」


 真理が尋ねる。


 リンは鞄から、二冊のノートを取り出した。


『じゃじゃーん!』


「……あっ!」


 美奈が声を上げた。


「課題ノート!?」


『正解!』


「ええーっ! 凛ちゃん、まだ課題あるの!?」


 美奈が大げさに肩を落とす。


 リンは笑った。


『ふふふ。これが最後!』


「……ほんと?」


『ほんとほんと!』


 リンは二人へノートを渡した。


『今回は反省とか改善点じゃなくていいから』


「……え?」


『今、完成した服を見てどう思ってるか。明日の大会に、どんな気持ちで行きたいか。それを自由に書いてみて』


 美奈と真理は顔を見合わせた。


「……それだけ?」


『うん! それだけ!』


 リンは頷いた。


『難しく考えなくていいよ。今の二人の気持ち、そのままでいいから』


「……分かりました」


 真理が頷く。


 美奈も笑った。


「よーし! それなら書ける!」


 二人は机に向かい、それぞれのノートを開いた。


     ◇


 美奈はしばらくペンを持ったまま、完成した衣装を眺めていた。


 最初に真理のデザイン画を見たときのことを思い出す。


 こんな服、作ってみたい。


 そう思った。


 けれど、実際に作り始めると、思っていた以上に難しいことばかりだった。


 何度も縫い直した。


 真理と相談した。


 うまくいかなくて、頭を抱えたこともあった。


 それでも、楽しかった。


 美奈はペンを走らせ始めた。


《最初は、真理ちゃんの絵を見て、こんな服を作ってみたい!って思った。》


《でも、実際に作るのは想像してたよりずっと難しかった。》


《それでも、真理ちゃんと一緒に考えて、一緒に頑張ったから、ここまでできたんだと思う。》


《明日は全国大会!》


《絶対緊張すると思うけど、せっかくだから思いっきり楽しみたい!》


《ウォーキングもいっぱい練習したし、あたしが一番かっこよく着てみせる!》


《それと、真理ちゃんに伝えたいこと。》


《あたしと一緒に作ってくれて、ありがとう!》


 美奈は最後の一文を書き終えると、満足そうに頷いた。


「……よしっ!」


 そして、隣を見る。


 真理はまだ、静かにペンを動かしていた。


     ◇


 真理は、ノートに向かって少し考えていた。


 自分は、絵を描くことが好きだった。


 服のデザインを考えることも。


 けれど、それを誰かに見せることには、ずっと自信がなかった。


 自分の描いたものを、誰かがどう思うのか。


 そんなことばかり気にしていた。


 でも、美奈は違った。


 真理のデザイン画を見て、目を輝かせた。


 作ってみたいと言ってくれた。


 それから二人で、何度も話し合った。


 自分の描いた服が、少しずつ形になっていく。


 その時間が、真理には嬉しかった。


 真理は、ゆっくりとペンを動かした。


《私は、絵を描くことが好きです。》


《でも、自分が考えた服を、こんなふうに本当に作れるとは思っていませんでした。》


《美奈ちゃんが、私の絵を見て「作りたい」と言ってくれたことが、すごく嬉しかったです。》


《最初は不安なこともあったけれど、今はこの服が大好きです。》


《今日、美奈ちゃんが完成した服を着ているのを見て、本当に嬉しくなりました。》


《明日は、たくさんの人に見てもらいたいです。》


《それから、美奈ちゃんへ。》


《私の絵を、こんなに素敵な服にしてくれてありがとう。》


 真理は最後の一文を書き終え、しばらくノートを見つめていた。


 そして、小さく微笑んだ。


     ◇


「……できたー!」


 美奈がペンを置いた。


「……私も」


 真理もノートを閉じる。


『おっ、二人とも終わった?』


 リンが近づいてきた。


「はーい!」


「……はい」


 二人はそれぞれ、ノートを差し出した。


『ありがと!』


 リンは二冊を受け取った。


『じゃあ、これで本当に最後!』


「やったー!」


 美奈が両手を上げた。


『……そんなに嫌だった!?』


「だって課題だもん!」


『ひどい!』


 リンが大げさに肩を落とす。


 真理がくすくす笑った。


「……でも、楽しかったです」


『……え?』


 リンが顔を上げる。


「……課題ノート」


 真理は少し照れながら続けた。


「……自分の考えてること、ちゃんと書けたから」


「……あっ、それあたしも!」


 美奈が頷いた。


「最初は何書けばいいか分かんなかったけどさ!」


『……そっか』


 リンは二人を見た。


 そして、嬉しそうに笑った。


『……それなら、よかった!』


 美奈は鞄を肩にかけた。


「じゃあ、凛ちゃん! 明日よろしくね!」


『うん! こちらこそ!』


「……先生、ありがとうございました」


 真理も頭を下げた。


『ううん! 二人とも、今日はゆっくり休んでね!』


「はーい!」


 美奈と真理は藤崎にも挨拶し、家庭科室を出ていった。


 扉が閉まる。


 部屋には、静けさが戻った。


     ◇


 リンは机に腰を下ろし、二冊のノートを開いた。


 まず、美奈のページ。


 勢いのある文字が、並んでいる。


 リンは読み進めながら、思わず笑った。


『……美奈ちゃんらしいなぁ』


 そして、最後の一文。


 ――あたしと一緒に作ってくれて、ありがとう!


 リンは少しだけ目を細めた。


 続いて、真理のノートを開く。


 丁寧な文字。


 落ち着いた文章。


 けれど、そこに書かれている思いは、まっすぐだった。


 最後の一文を読んだとき、リンは手を止めた。


 ――私の絵を、こんなに素敵な服にしてくれてありがとう。


「…………」


 リンは二冊のノートを並べた。


 片方には、一緒に作ってくれたことへの感謝。


 もう片方には、自分の絵を形にしてくれたことへの感謝。


 同じ一着の服を作りながら、二人はそれぞれ違うものを見ていた。


 けれど、最後に辿り着いた思いは、よく似ていた。


『……もう、二人とも』


 リンは小さく笑った。


 二人は、お互いが何を書いたのか知らない。


 きっと、知ったら照れてしまうだろう。


 だから、今は教えないでおこう。


 リンはそっとノートを閉じた。


『……いいコンビだなぁ』


 完成した衣装へ目を向ける。


 明日、二人は全国大会の舞台に立つ。


 どんな結果になるのかは分からない。


 けれど、少なくとも今、二人は胸を張って自分たちの作品を送り出せる。


 それだけで、十分に誇らしいことだった。


     ◇


 夕方。


 校舎を出た美奈と真理は、校門へ向かって歩いていた。


 空は、少しずつ夕暮れの色に変わり始めている。


 ふと、美奈が足を止めた。


「……ねえ、真理ちゃん」


「……何?」


 美奈が校舎の方を指さす。


 そこには、大きな横断幕が掲げられていた。


 ――祝・全国大会本選出場。


 ――小川 真理 片岡 美奈。


 二人は、しばらく黙ってそれを見上げた。


 昨日も、一昨日も、何度も見た文字。


 それでも、今日は少し違って見えた。


 明日は、いよいよ本番。


 自分たちの作った服が、たくさんの人の前に登場する。


「……ねえ、真理ちゃん」


「……うん?」


「明日、楽しもうね!」


 真理は美奈を見た。


 その顔には、いつものような照れくささもあった。


 けれど、もう俯くことはなかった。


「……うん」


 真理は微笑んだ。


「……私たちの服、ちゃんと見てもらおうね」


「もちろん!」


 美奈は笑った。


 そして、少しだけ胸を張った。


「……あたし、頑張るからね!」


「……うん」


 真理も頷く。


「……私も」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 明日は、全国大会の本選。


 どんな作品が並ぶのか。


 どんな人たちが見てくれるのか。


 まだ、分からないことばかりだった。


 けれど。


 自分たちが作った服を、胸を張って見せられる。


 そのことが、二人には何より嬉しかった。


 美奈と真理は、もう一度横断幕を見上げた。


 そして、笑い合いながら校門を出た。


 七月八日。


 二人の晴れ舞台は、もうすぐそこまで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。