第七十話「私たちの一着」
二〇〇〇年(平成十二年)七月六日、木曜日。
都立青葉高校、三年二組。
「ねえ美奈! 見た見た!?」
朝の教室。
登校してきた美奈へ、宮下愛梨が勢いよく駆け寄ってきた。
「何を?」
「横断幕! 昨日の!」
「あー、見た見た!」
「やっばくない!? 校舎にあんなでっかく名前載るとか!」
愛梨は興奮した様子で両手を広げた。
「あたしだったら毎朝写真撮る!」
「毎朝は撮らないって!」
「えー! あたしなら撮るし!」
美奈は笑いながら鞄を机に置いた。
「でもさ、ほんとびっくりしたんだよね。真理ちゃんと二人で歩いてたら、いきなりあれが見えてさ!」
「いいなー! あたしも名前載せてほしい!」
「じゃあ愛梨も何かで全国大会出なよ!」
「えっ、チアで!?」
「そうそう!」
「無理無理! そんな簡単に言わないでよ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
そこへ森田翔平がやってきた。
「おっ、片岡。今日も全国大会の主役様じゃん!」
「何よ、その呼び方!」
「いやー、横断幕まで出ちゃってさ。もう学校の有名人だな!」
「森田、羨ましいんでしょ?」
「まあな。俺も名前載せてほしいわ」
「じゃあ森田も全国大会出れば?」
「何の?」
「……さあ?」
「考えてから言えよ!」
愛梨が吹き出した。
「森田、何なら全国大会出られそう?」
「……大食い?」
「絶対無理でしょ!」
「いや、意外といけるかもしれねえだろ!」
「じゃあまず購買のパン全部食べてみなよ!」
「破産するわ!」
三人が笑っているところへ、真理が教室に入ってきた。
「あ、真理ちゃん!」
美奈が手を振る。
「おはよ!」
「……おはよう」
「ねえ真理ちゃん、森田が大食いの全国大会出るんだって!」
「……え?」
真理が目を丸くした。
「いや、出ねえよ!」
「……ふふっ」
真理が笑う。
森田は肩をすくめた。
「まったく、片岡は朝から元気だな」
「そりゃ元気でしょ! 明後日だよ、明後日!」
美奈は指を二本立てた。
「あと二日!」
「……だな」
森田は笑った。
「頑張れよ」
「もちろん!」
真理も、小さく頷いた。
「……うん」
◇
昼休み。
家庭科室へ向かう途中、美奈と真理は別のクラスの女子生徒たちとすれ違った。
「あっ、小川さん!」
「……え?」
「コンテスト出るんだよね? 横断幕見たよ!」
「あ……うん」
「すごいね! 頑張って!」
「……ありがとう」
真理は少し照れながらも、顔を上げて答えた。
女子生徒たちは笑顔で手を振り、廊下の向こうへ歩いていった。
美奈が隣でにやにやしている。
「……何?」
「いやー、真理ちゃんもすっかり有名人だなーって!」
「……もう」
真理は少し頬を赤くした。
「……からかわないでよ」
「からかってないって!」
美奈は笑った。
「でも、嬉しいよね。ああやって応援してもらえるの」
「……うん」
真理は頷いた。
「……嬉しい」
以前なら、知らない生徒に突然声をかけられたら、どう答えていいのか分からなかったかもしれない。
けれど今は、素直にお礼を言える。
自分たちが作っている服を、見てみたいと思ってくれる人がいる。
そのことが、真理には嬉しかった。
家庭科室の前へ着くと、扉の横に大きな模造紙が貼られていた。
「あっ! 真理ちゃん、見て!」
美奈が指さす。
そこには色とりどりのペンで、たくさんの応援メッセージが書かれていた。
《本選出場おめでとう!》
《青葉高校代表、頑張って!》
《最高の服を見せてください!》
美奈は一つずつ目で追っていく。
「あっ、これ愛梨の字じゃん!」
大きな文字で書かれたメッセージ。
《美奈&真理!! 絶対最高のステージにしてね!!》
「……ふふっ。愛梨らしいね」
「ね!」
その少し下には、森田の文字もあった。
《片岡・小川 全国制覇だ!!》
「……森田、字きったな!」
「……ふふっ」
真理が口元を押さえた。
「……でも、ちゃんと書いてくれたんだね」
「……うん」
美奈は少しだけ表情を和らげた。
「……ありがたいよね」
何気なく口にした言葉だった。
真理はそんな美奈を見て、小さく頷いた。
「……うん」
二人はしばらく、模造紙に書かれた文字を眺めていた。
◇
同じ日の放課後。
家庭科室では、二人が最後の仕上げに取りかかっていた。
ミシンの軽快な音が響く。
美奈は慎重に布を送り、最後の縫い目を整えていた。
隣では真理がデザイン画と実際の衣装を見比べている。
「……美奈ちゃん、そこ」
「ん?」
「……もう少しだけ、こっちに寄せた方がいいかな」
真理が指さす。
美奈は一度手を止め、衣装を広げてみた。
「……あー、なるほど!」
少し離れて全体を見る。
「確かに! そっちの方がきれいかも!」
「……うん」
「よし、じゃあ直しちゃお!」
美奈は再びミシンへ向かった。
その手つきに、迷いはなかった。
これまでにも、二人は何度も相談を重ねてきた。
真理のデザインをそのまま形にするだけでは、うまくいかない部分もあった。
布の厚み。
縫い合わせる位置。
身体の動きに合わせたゆとり。
実際に作ってみなければ分からないことが、いくつもあった。
そのたびに、美奈は手を動かしながら考えた。
真理も、最初のデザインにこだわりすぎず、よりよい形を探してきた。
今では、どちらかが意見を出せば、もう一人がすぐに応じる。
そんなやり取りが、すっかり自然になっていた。
「……よし!」
美奈がミシンを止めた。
糸を切り、縫い目を確かめる。
「真理ちゃん、どう?」
真理が近づく。
少し屈んで、仕上がりを確認した。
「……うん」
真理は顔を上げた。
「……すごくいい」
「やった!」
美奈は嬉しそうに笑った。
そこへ、藤崎千尋が近づいてきた。
「二人とも、進んでる?」
「はい!」
美奈は衣装を持ち上げた。
「先生、ここ直したんですけど!」
藤崎は縫い目を確認した。
「……そうね。きれいに仕上がってるわ」
「やったー!」
「でも、最後まで油断しないこと。明日は着用した状態で、もう一度全体を確認しましょう」
「はい!」
真理も頷いた。
「……お願いします」
藤崎は微笑んだ。
「ここまで来たわね」
「……はい」
真理が答える。
美奈は衣装を見つめた。
最初に真理のデザイン画を見たとき。
こんな服を作ってみたいと思った。
それが今、目の前にある。
「……ねえ、真理ちゃん」
「……何?」
「これ、すごくない?」
真理は笑った。
「……自分たちで作ったのに?」
「だからだって!」
美奈は嬉しそうに笑った。
「最初は紙に描いてあっただけなのに、ほんとに服になっちゃったんだもん!」
真理も衣装へ目を向けた。
「……うん」
少しだけ目を細める。
「……私も、すごくいいと思う」
「でしょー!」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
七月七日、金曜日。
大会前日。
放課後の家庭科室には、いつもとは少し違う緊張感が漂っていた。
完成した衣装が、トルソーに掛けられている。
昨日まで机の上に広がっていた布や道具は片づけられ、作業台もすっきりとしていた。
美奈は衣装の前に立ち、じっと眺めていた。
「……いよいよだね」
隣で真理が呟く。
「……うん」
美奈は頷いた。
「……何か、まだ実感ないかも」
「……私も」
二人は小さく笑った。
そのとき、藤崎が声をかけた。
「じゃあ、片岡さん。最後に一度、着てみましょうか」
「はい!」
美奈は衣装を手に取った。
これまでにも、仮縫いの段階で何度も袖を通してきた。
そのたびに、着心地や動きやすさを確認し、必要な部分を直してきた。
けれど、すべての仕上げを終えた衣装を着るのは、これが初めてだった。
「……じゃ、着替えてきまーす!」
美奈は明るく言うと、着替えのために用意された場所へ向かった。
真理はその後ろ姿を見送った。
机の上には、最初に描いたデザイン画が置かれている。
真理はそれを手に取った。
紙の上の線。
色。
細かな装飾。
何度も描き直した跡。
あのときは、ただ頭の中に浮かんだ服を形にしたかった。
それが今、本当に一着の服になっている。
「……小川さん」
藤崎が声をかけた。
「……はい」
「楽しみね」
「……はい」
真理は小さく笑った。
「……すごく」
しばらくして。
「……お待たせー!」
美奈の声が響いた。
真理が振り返る。
そこに立っていたのは、完成した衣装を身にまとった美奈だった。
「……どう?」
美奈が両腕を少し広げる。
真理は答えなかった。
ただ、美奈を見つめていた。
「……真理ちゃん?」
「…………」
「……えっ、何!? 変!?」
「……違う」
真理は小さく首を振った。
「……すごい」
その声は、少し震えていた。
「……本当に、私が描いた服だ」
美奈は一瞬きょとんとしたあと、笑った。
「何言ってんの! 一緒に作ったじゃん!」
「……うん」
真理も笑う。
「……そうだったね」
藤崎が近づいてきた。
「片岡さん、少し歩いてみて」
「はい!」
美奈は頷き、家庭科室の中を数歩歩いた。
身体の動きに合わせて、衣装の布が揺れる。
藤崎はその様子を注意深く見つめた。
「……うん。大丈夫そうね」
続いて、裾や肩まわりを確認する。
「苦しいところはない?」
「大丈夫です!」
「腕を動かしてみて」
美奈は言われたとおりに両腕を動かした。
「……はい、問題なさそうね」
藤崎が頷いた。
「本番でも、落ち着いて歩くのよ」
「はーい!」
美奈は笑った。
「ウォーキングもいっぱい練習してきたし、任せてください!」
「ふふっ。頼もしいわね」
真理はそんな美奈を見つめていた。
布が揺れるたびに、デザイン画とは違う表情が生まれる。
同じ服なのに、立っているときと歩いているときで、まるで印象が変わる。
「……美奈ちゃん」
「ん?」
「……似合ってる」
真理が微笑んだ。
「……すごく」
「……えへへ!」
美奈は嬉しそうに笑った。
そして、真理の前で胸を張った。
「……ねえ、真理ちゃん」
「……何?」
「明日、あたしが一番かっこよく着てあげるからね!」
「…………」
真理は少し驚いたあと、笑った。
「……うん」
しっかりと頷く。
「……期待してる」
「任せて!」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
試着を終えた美奈が制服に着替え、再び家庭科室へ戻ってきた。
衣装はトルソーに掛け直され、明日の搬送に備えて丁寧に確認されている。
藤崎はその前に立っていた。
「……片岡さん、小川さん」
「はい!」
「……はい」
二人が顔を上げる。
藤崎は衣装へ目を向けた。
「小川さん。あなたのデザインには、最初から人の目を引くものがあったわ」
真理が少し驚いたように瞬きをした。
「でも、どれだけ素敵なデザインでも、実際に着られる形にするのは簡単なことじゃない」
藤崎は美奈を見た。
「片岡さん。あなたは、その難しい仕事を最後までやり遂げた」
「…………」
「そして小川さんも、描いて終わりにはしなかった。実際に作る中で、片岡さんと何度も相談して、デザインを仕上げていったでしょう」
藤崎は二人を交互に見た。
「……この服は、どちらか一人では作れなかったと思う」
美奈と真理は、顔を見合わせた。
真理が描いたものを、美奈が形にする。
美奈が見つけた難しさを、真理が一緒に考える。
何度も繰り返してきた、その時間。
どちらかが欠けていたら、今ここにある衣装は生まれなかった。
「短い時間だったけれど、二人とも本当によく頑張りました」
藤崎は優しく微笑んだ。
「……先生として、とても誇らしいです」
「…………」
真理が少し俯いた。
「……ありがとうございます」
美奈も笑顔で頭を下げた。
「……先生、ありがと!」
藤崎は頷いた。
「明日は、胸を張って行ってらっしゃい」
美奈は真理へ顔を向けた。
「……行こうね、真理ちゃん!」
「……うん!」
二人は笑い合った。
◇
その頃、家庭科室の扉が開いた。
『……失礼しまーす!』
明るい声とともに、リンが顔を出した。
「……あ、凛ちゃん!」
美奈が振り返る。
『おっ! ちょうどよかった!』
リンは二人の前に歩み寄った。
『明日の持ち物とか、集合時間とか、最後に確認しておこうと思って!』
「はーい!」
美奈が元気よく返事をする。
リンは手元の紙を見ながら、当日の予定を確認していった。
集合場所。
移動の段取り。
必要な持ち物。
忘れ物がないか、二人にも確かめてもらう。
『……よし! これで大丈夫そうだね!』
「はい!」
「……はい」
リンは完成した衣装へ目を向けた。
『……それにしても、ほんとにすごいね』
「……えへへ!」
美奈が笑う。
『あたし、最初の頃のデザイン画も見てるからさ。こうしてちゃんと服になってるの、何か感動しちゃう!』
「……ありがとうございます」
真理が少し照れながら答えた。
『いや、ほんとに! 二人とも、よく頑張ったね!』
リンはにっこり笑った。
そして、何かを思い出したように手を叩いた。
『……あっ、そうだ!』
「……え?」
『二人とも、最後に一つだけお願いしてもいい?』
「……何ですか?」
真理が尋ねる。
リンは鞄から、二冊のノートを取り出した。
『じゃじゃーん!』
「……あっ!」
美奈が声を上げた。
「課題ノート!?」
『正解!』
「ええーっ! 凛ちゃん、まだ課題あるの!?」
美奈が大げさに肩を落とす。
リンは笑った。
『ふふふ。これが最後!』
「……ほんと?」
『ほんとほんと!』
リンは二人へノートを渡した。
『今回は反省とか改善点じゃなくていいから』
「……え?」
『今、完成した服を見てどう思ってるか。明日の大会に、どんな気持ちで行きたいか。それを自由に書いてみて』
美奈と真理は顔を見合わせた。
「……それだけ?」
『うん! それだけ!』
リンは頷いた。
『難しく考えなくていいよ。今の二人の気持ち、そのままでいいから』
「……分かりました」
真理が頷く。
美奈も笑った。
「よーし! それなら書ける!」
二人は机に向かい、それぞれのノートを開いた。
◇
美奈はしばらくペンを持ったまま、完成した衣装を眺めていた。
最初に真理のデザイン画を見たときのことを思い出す。
こんな服、作ってみたい。
そう思った。
けれど、実際に作り始めると、思っていた以上に難しいことばかりだった。
何度も縫い直した。
真理と相談した。
うまくいかなくて、頭を抱えたこともあった。
それでも、楽しかった。
美奈はペンを走らせ始めた。
《最初は、真理ちゃんの絵を見て、こんな服を作ってみたい!って思った。》
《でも、実際に作るのは想像してたよりずっと難しかった。》
《それでも、真理ちゃんと一緒に考えて、一緒に頑張ったから、ここまでできたんだと思う。》
《明日は全国大会!》
《絶対緊張すると思うけど、せっかくだから思いっきり楽しみたい!》
《ウォーキングもいっぱい練習したし、あたしが一番かっこよく着てみせる!》
《それと、真理ちゃんに伝えたいこと。》
《あたしと一緒に作ってくれて、ありがとう!》
美奈は最後の一文を書き終えると、満足そうに頷いた。
「……よしっ!」
そして、隣を見る。
真理はまだ、静かにペンを動かしていた。
◇
真理は、ノートに向かって少し考えていた。
自分は、絵を描くことが好きだった。
服のデザインを考えることも。
けれど、それを誰かに見せることには、ずっと自信がなかった。
自分の描いたものを、誰かがどう思うのか。
そんなことばかり気にしていた。
でも、美奈は違った。
真理のデザイン画を見て、目を輝かせた。
作ってみたいと言ってくれた。
それから二人で、何度も話し合った。
自分の描いた服が、少しずつ形になっていく。
その時間が、真理には嬉しかった。
真理は、ゆっくりとペンを動かした。
《私は、絵を描くことが好きです。》
《でも、自分が考えた服を、こんなふうに本当に作れるとは思っていませんでした。》
《美奈ちゃんが、私の絵を見て「作りたい」と言ってくれたことが、すごく嬉しかったです。》
《最初は不安なこともあったけれど、今はこの服が大好きです。》
《今日、美奈ちゃんが完成した服を着ているのを見て、本当に嬉しくなりました。》
《明日は、たくさんの人に見てもらいたいです。》
《それから、美奈ちゃんへ。》
《私の絵を、こんなに素敵な服にしてくれてありがとう。》
真理は最後の一文を書き終え、しばらくノートを見つめていた。
そして、小さく微笑んだ。
◇
「……できたー!」
美奈がペンを置いた。
「……私も」
真理もノートを閉じる。
『おっ、二人とも終わった?』
リンが近づいてきた。
「はーい!」
「……はい」
二人はそれぞれ、ノートを差し出した。
『ありがと!』
リンは二冊を受け取った。
『じゃあ、これで本当に最後!』
「やったー!」
美奈が両手を上げた。
『……そんなに嫌だった!?』
「だって課題だもん!」
『ひどい!』
リンが大げさに肩を落とす。
真理がくすくす笑った。
「……でも、楽しかったです」
『……え?』
リンが顔を上げる。
「……課題ノート」
真理は少し照れながら続けた。
「……自分の考えてること、ちゃんと書けたから」
「……あっ、それあたしも!」
美奈が頷いた。
「最初は何書けばいいか分かんなかったけどさ!」
『……そっか』
リンは二人を見た。
そして、嬉しそうに笑った。
『……それなら、よかった!』
美奈は鞄を肩にかけた。
「じゃあ、凛ちゃん! 明日よろしくね!」
『うん! こちらこそ!』
「……先生、ありがとうございました」
真理も頭を下げた。
『ううん! 二人とも、今日はゆっくり休んでね!』
「はーい!」
美奈と真理は藤崎にも挨拶し、家庭科室を出ていった。
扉が閉まる。
部屋には、静けさが戻った。
◇
リンは机に腰を下ろし、二冊のノートを開いた。
まず、美奈のページ。
勢いのある文字が、並んでいる。
リンは読み進めながら、思わず笑った。
『……美奈ちゃんらしいなぁ』
そして、最後の一文。
――あたしと一緒に作ってくれて、ありがとう!
リンは少しだけ目を細めた。
続いて、真理のノートを開く。
丁寧な文字。
落ち着いた文章。
けれど、そこに書かれている思いは、まっすぐだった。
最後の一文を読んだとき、リンは手を止めた。
――私の絵を、こんなに素敵な服にしてくれてありがとう。
「…………」
リンは二冊のノートを並べた。
片方には、一緒に作ってくれたことへの感謝。
もう片方には、自分の絵を形にしてくれたことへの感謝。
同じ一着の服を作りながら、二人はそれぞれ違うものを見ていた。
けれど、最後に辿り着いた思いは、よく似ていた。
『……もう、二人とも』
リンは小さく笑った。
二人は、お互いが何を書いたのか知らない。
きっと、知ったら照れてしまうだろう。
だから、今は教えないでおこう。
リンはそっとノートを閉じた。
『……いいコンビだなぁ』
完成した衣装へ目を向ける。
明日、二人は全国大会の舞台に立つ。
どんな結果になるのかは分からない。
けれど、少なくとも今、二人は胸を張って自分たちの作品を送り出せる。
それだけで、十分に誇らしいことだった。
◇
夕方。
校舎を出た美奈と真理は、校門へ向かって歩いていた。
空は、少しずつ夕暮れの色に変わり始めている。
ふと、美奈が足を止めた。
「……ねえ、真理ちゃん」
「……何?」
美奈が校舎の方を指さす。
そこには、大きな横断幕が掲げられていた。
――祝・全国大会本選出場。
――小川 真理 片岡 美奈。
二人は、しばらく黙ってそれを見上げた。
昨日も、一昨日も、何度も見た文字。
それでも、今日は少し違って見えた。
明日は、いよいよ本番。
自分たちの作った服が、たくさんの人の前に登場する。
「……ねえ、真理ちゃん」
「……うん?」
「明日、楽しもうね!」
真理は美奈を見た。
その顔には、いつものような照れくささもあった。
けれど、もう俯くことはなかった。
「……うん」
真理は微笑んだ。
「……私たちの服、ちゃんと見てもらおうね」
「もちろん!」
美奈は笑った。
そして、少しだけ胸を張った。
「……あたし、頑張るからね!」
「……うん」
真理も頷く。
「……私も」
二人は顔を見合わせて笑った。
明日は、全国大会の本選。
どんな作品が並ぶのか。
どんな人たちが見てくれるのか。
まだ、分からないことばかりだった。
けれど。
自分たちが作った服を、胸を張って見せられる。
そのことが、二人には何より嬉しかった。
美奈と真理は、もう一度横断幕を見上げた。
そして、笑い合いながら校門を出た。
七月八日。
二人の晴れ舞台は、もうすぐそこまで来ていた。




