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第六十九話「広がる祝福」

 二〇〇〇年(平成十二年)七月三日、月曜日。


 都立青葉高校、三年二組。


『はいはーい! みんな、ちょっと注目!』


 朝のホームルーム。


 教壇に立ったリンは、いつもより弾んだ声で生徒たちへ呼びかけた。


「何ですか、先生?」


「また何かあんの?」


『ふふふ。今日はね、みんなにすっごく嬉しいお知らせがあります!』


 リンはそう言うと、黒板へ向き直った。


 チョークを手に取り、大きく文字を書いていく。


 二〇〇〇年度 全国高校生ファッション創作コンテスト。


「……ん?」


「ファッション?」


「それって、片岡たちが出るって言ってたやつ?」


 教室のあちこちから声が上がる。


 リンは最後の文字を書き終えると、勢いよく振り返った。


『そのとおり! なんと、このクラスの小川真理さんと片岡美奈さんが、全国千二百八十六組の応募の中から、見事、本選出場の二十四組に選ばれましたー!!』


「…………」


 一瞬、教室が静かになった。


 そして。


「えええええっ!?」


「マジで!?」


「千二百八十六組!?」


「すっげえじゃん!!」


 教室が一気に沸いた。


 誰からともなく拍手が起こり、瞬く間に教室中へ広がっていく。


 美奈は得意げに笑いながら、両手でピースを作った。


「いえーい!」


「片岡、すげえ!」


「小川さんもおめでとう!」


「……あ、ありがとう」


 真理は少し頬を赤くしながら、ぺこりと頭を下げた。


「ねえ、二十四組ってことは、もう全国で二十四位以内ってこと?」


「いや、それは違うだろ!」


「でもすごくない!?」


「すごいすごい!」


 教室はしばらく騒ぎが収まらなかった。


 リンはその様子を眺めながら、嬉しそうに笑った。


 美奈と真理が家庭科室に通い、藤崎先生と一緒に準備を進めてきたことは知っている。


 真理が描いたデザイン画も見せてもらった。


 美奈が慣れた手つきでミシンを扱う姿にも驚かされた。


 そして、二人がどれほど真剣に取り組んできたかも。


『本選は今週の土曜日、七月八日です! 二人はこれまで放課後も一生懸命準備してきました。みんなもぜひ応援してあげてください!』


「もちろん!」


「頑張れよー!」


「優勝してこいよ!」


 再び拍手が起こった。


 美奈は隣の真理を肘でつついた。


「……やばくない? 真理ちゃん」


「……うん」


 真理は照れくさそうに笑った。


「……こんなに、みんなが喜んでくれると思わなかった」


「ね! あたしもちょっとびっくり!」


 美奈は嬉しそうに教室を見渡した。


 普段から仲のよい友達だけではない。


 それほど話したことのないクラスメイトまで、自分たちに拍手を送ってくれている。


 美奈はもう一度、大きく手を振った。


「みんな、ありがとー!」


「まだ本番じゃないぞー!」


「分かってるって!」


 教室が笑いに包まれた。


     ◇


『それからね、今回のコンテスト、ちょっとすごいんですよ』


 リンは教壇に置いた案内を手に取った。


「え、何が?」


『なんと、当日の司会を務めるのが……藤原紀香さん!』


「えっ!?」


「紀香!?」


「すげー!!」


 男子生徒たちからも大きな声が上がった。


「できたて飲むか、藤原紀香じゃん!」


「それCMだろ!」


 教室に笑い声が広がった。


『……みんな、よく知ってるねぇ』


 リンは笑いながら案内へ目を戻した。


『さらに! スペシャルライブもあるそうです!』


「えっ、誰!?」


「芸能人来んの!?」


『出演するのは……浜崎あゆみさんです!』


「ええええええっ!?」


 教室の一角から、ひときわ大きな声が響いた。


 宮下愛梨だった。


 明るい茶髪に細く整えた眉。


 制服のスカートは短めで、足元にはたっぷりとしたルーズソックス。


 美奈や沙織と仲のよい、クラスでも特に賑やかな女子生徒だった。


「ちょっ、待って! あゆ!? あのあゆ!?」


『う、うん。あのあゆだけど……』


「マジ!? マジで!? やっば!!」


 愛梨は机の上に置いていた携帯電話を握りしめた。


 折り畳み式の本体には、浜崎あゆみの「A」のロゴをあしらったステッカーが貼られている。


「美奈! あゆ来んの!? 本当に!?」


「来るって書いてあるじゃん!」


「やばいって! あたし昨日も『SEASONS』聴いてたんだけど!」


 愛梨は興奮したまま、美奈の肩を揺さぶった。


「ちょっ、愛梨! 揺らすなって!」


 教室に笑い声が広がる。


 リンも思わず吹き出した。


『……宮下さん、気持ちは分かるけど落ち着いて!』


「無理ですって、凛ちゃん先生!」


『いや、あたしも嬉しいけどさ!』


「先生もあゆ好きなの!?」


『そりゃ好きだよ! ……って、今は二人の大会の話だからね!?』


 再び、教室が笑いに包まれた。


「でもさ、あゆって何歌うんだろ!?」


「『SEASONS』じゃない!?」


「それだったらマジ泣くんだけど!」


 愛梨は両手で頬を押さえた。


「やっば……想像しただけで鳥肌立つ……」


「いや、まだ何歌うか分かんないから!」


 美奈が笑う。


 真理も隣でくすくす笑っていた。


 リンは咳払いを一つした。


『とにかく! 主役はあくまで小川さんと片岡さんです! 二人とも、土曜日は胸を張って行ってきてください!』


「はいっ!」


 美奈が元気よく返事をする。


 真理も、しっかり頷いた。


「……はい!」


『よーし! じゃあ、もう一回二人に拍手!』


 教室中から、再び大きな拍手が送られた。


 美奈は嬉しそうに笑い、真理は照れながらも顔を上げた。


 その隣で、愛梨はまだ興奮した様子で呟いていた。


「……生あゆ……」


「愛梨、もう分かったって!」


     ◇


 ホームルームが終わって、最初の休み時間。


 美奈と真理は廊下の窓際で話していた。


「……いやー、びっくりした!」


 美奈が笑う。


「みんな、あんなに喜んでくれるんだね!」


「……うん」


 真理も頷いた。


「……ちょっと恥ずかしかったけど」


「あはは! 真理ちゃん、顔真っ赤だったもん!」


「……美奈ちゃんだって、ずっとピースしてたじゃん」


「だって嬉しかったんだもん!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 美奈は鞄から、小さな封筒を取り出した。


「……でさ、例のチケットなんだけど」


「……うん」


「昨日決めたとおり、五人に声かけよっか!」


「……うん」


 大会の主催者から、出場組には学校関係者向けの招待券が十枚用意されていた。


 両家の保護者に四枚。


 そして、制作を支えてくれた藤崎千尋先生に一枚。


 残る五枚を誰に渡すか、二人は前もって話し合っていた。


 宮下愛梨。


 森田翔平。


 佐伯大輔。


 西野沙織。


 高木悠斗。


 リンは引率教員として別枠で参加するため、招待券は必要ない。


「じゃ、まず愛梨から行こっか!」


「……うん」


 二人は廊下を歩き始めた。


 少し先で、愛梨が友達と話しているのが見えた。


 話が終わり、愛梨が一人になったところで、美奈が声をかける。


「愛梨!」


「ん? どした?」


 美奈が手招きする。


 愛梨が近づいてきたところで、美奈はにっこり笑った。


「当日、応援よろしく!」


「……え?」


 愛梨は目を丸くした。


「えっ、てか、あたしたちも応援行けるの!?」


「えっとね、五枚だけ招待枠が余っててね」


「……マジで?」


 愛梨は美奈と、その隣にいる真理を交互に見た。


「……いいの? あたしが行って。チケット限られてるのに」


「……あーもう! 来ないなら二回目は言わないよ?」


 美奈はにやりと笑った。


「『SEASONS』聴けるかもなのに」


「行くっ!!」


 愛梨は即答した。


「行きたいです!! めっちゃ行きたいです!!」


「あははっ! 声でかいって!」


「だって、あゆだよ!? 生あゆだよ!? しかも美奈と真理の全国大会でしょ!?」


 愛梨は二人の手を握った。


「絶対行く! マジでありがと!」


「……うん。来てくれたら嬉しい」


 真理が微笑んだ。


「……あっ、そうだ!」


 愛梨は突然、鞄を開けた。


「どしたの?」


「ちょっと待って!」


 取り出したのは、折り畳み式の携帯電話。


 愛梨は慣れた手つきでボタンを押し、電話を耳に当てた。


「……もしもし、お母さん!?」


「……え?」


 美奈が目を丸くした。


「土曜日のチアの練習、休みたい!」


「ちょっ、愛梨!?」


「うん! 絶対行きたい用事ができたの! 理由は帰ってから話す!」


 愛梨は一度、口を閉じた。


「……え? だから、ちゃんと話すってば! じゃあね!」


 ぱたん。


 携帯電話を閉じる。


「……よしっ!」


 愛梨は満足そうに頷いた。


「……いや、よしっ! じゃないでしょ!」


 美奈が吹き出した。


「お母さん、何て?」


「帰ったらちゃんと説明しなさいって!」


「そりゃそうでしょ!」


「大丈夫! あたし、絶対説得するから!」


 愛梨は拳を握った。


 真理がくすっと笑う。


「……でも、チアの練習、大丈夫なの?」


「うん! 土曜日は普通の練習だし! ちゃんと先輩にも連絡する!」


 そして、二人へ満面の笑みを向けた。


「だって、美奈と真理の全国大会だもん! 行かないなんてあり得ないっしょ!」


「……愛梨」


 美奈は一瞬だけ目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。


「……ありがと!」


「へへっ! 任せて!」


 愛梨は携帯電話を鞄にしまった。


 そのときだった。


「……何? 何の話?」


 廊下を通りかかった森田翔平が、三人へ顔を向けた。


「宮下、何そんな騒いでんの?」


「聞いてよ! 美奈と真理がコンテスト招待してくれんの!」


「……え?」


 森田が足を止めた。


「……招待?」


「そう! あたし、当日応援行けるんだって!」


「……マジで?」


 森田は美奈と真理を見た。


「……片岡! 小川!」


「……何よ」


「俺も行きたい!」


 美奈は、にやりと笑った。


「……えー、どうしよっかなぁ」


「頼むって! 俺も応援したいんだよ!」


「……あー、森田。あたし喉乾いたなぁ」


「片岡様! 今すぐ買ってきます!」


 森田は勢いよく頭を下げた。


「何がいいですか!? コーラ!? お茶!?」


「あははっ! うそうそ!」


 美奈は笑いながら手を振った。


 そして、隣にいる真理へ顔を向けた。


「……どーする? 真理」


「…………」


 森田も、真理へ視線を移した。


 さっきまでの勢いが、少しだけ収まる。


 以前、真理の髪をからかったことを思い出した。


 あのとき、自分が言った言葉。


 真理が見せた表情。


 リンに叱られ、謝ったあとも、森田の中にはあのときの気まずさが少しだけ残っていた。


 美奈には気軽に頼めても、真理には同じように言えなかった。


「……あー、まあ」


 森田は頭をかいた。


「……無理なら、全然いいんだけどさ」


 真理は、そんな森田を見た。


 少し間を置いて、美奈へ顔を向ける。


「……私は別にいいよ」


「……え?」


 森田が顔を上げた。


「……本当に?」


「うん」


 真理は小さく微笑んだ。


「……応援に来てくれるんでしょ?」


「……おう!」


 森田は大きく頷いた。


「もちろん! めっちゃ応援する!」


「……じゃあ、いいと思う」


「……小川!」


 森田は嬉しそうに笑った。


「ありがとな!」


「……うん」


 美奈は二人のやり取りを見て、満足そうに笑った。


「じゃ、森田も決まりね!」


「よっしゃあ!」


「だから声でかいって!」


 愛梨が笑いながら森田の肩を叩いた。


「お前だってさっき騒いでただろ!」


「あたしはいいの!」


「何だよそれ!」


 四人の笑い声が、廊下に響いた。


     ◇


 愛梨と森田が教室へ戻ったあと。


 美奈と真理は廊下を並んで歩いていた。


「……ねえ、美奈ちゃん」


「ん?」


「……さっき、どうして私に聞いたの?」


「……何が?」


「……森田さんのこと」


 真理は少し首を傾げた。


「昨日、二人で決めたよね?」


「あー、うん」


 美奈はあっさり頷いた。


「決めたよ?」


「……じゃあ、何で?」


 美奈は少しだけ考えた。


「……んー、だってさ」


「……うん」


「森田、真理ちゃんから直接いいよって言ってもらった方が、嬉しいかなーって」


「…………」


「ほら、あいつああ見えて、結構気にしいだし」


 美奈は何でもないことのように笑った。


 真理は少し黙った。


 以前、クラスで自分の髪をからかわれたこと。


 あのとき、森田だけでなく、美奈も一緒になって笑っていたこと。


 そしてリンが怒り、二人が謝ってくれたこと。


 今では、美奈は自分にとって大切な友達だった。


「……そっか」


「……うん」


 美奈は真理へ顔を向けた。


「……嫌だった?」


「……ううん」


 真理は首を横に振った。


「……全然」


「ならよかった!」


 美奈が笑う。


 真理も、小さく微笑んだ。


「……ありがと、美奈ちゃん」


「え? 何が?」


「……何でもない」


「えー、気になるじゃん!」


「……ふふっ」


 真理が笑う。


 美奈は少し不満そうな顔をしたあと、すぐに笑った。


「ま、いっか!」


 そして、真理の腕を軽く引いた。


「ほら、次は佐伯だね!」


「……うん!」


     ◇


 昼休み。


「佐伯!」


 美奈が声をかけると、窓際で話していた大輔が振り返った。


「……何?」


「ちょっといい?」


 大輔が近づいてくる。


 美奈は封筒から一枚の招待券を取り出した。


「今週の土曜日、あたしたちのコンテストに応援来てよ!」


「……俺?」


「そ! 招待券、取ってあるんだ!」


 大輔は少し驚いた顔をした。


「……いいのか?」


「もちろん!」


 隣にいた真理も頷いた。


「……佐伯さんにも、来てほしいから」


「…………」


 大輔は二人を見た。


「……ありがとう。でも、土曜日か」


「……あ、空手?」


「うん。練習があるから」


「そっかぁ」


 美奈は少し残念そうに眉を下げた。


 けれど、すぐに笑った。


「じゃ、予定確認してみて! 無理はしなくていいからさ!」


「……分かった。ありがとう」


 大輔は頷いた。


     ◇


 放課後。


 空手部の練習を終えた大輔は、職員室へ向かっていた。


 ちょうど廊下へ出てきたリンを見つける。


「……凛先生」


『ん? 佐伯さん、どうしたの?』


「……ちょっと相談があるんですけど」


『相談? いいよ!』


 リンは大輔と並んで廊下の窓際へ移動した。


「……今週の土曜日なんですけど」


『うん』


「小川と片岡に、コンテストへ来ないかって誘われて」


『あ、本当!? 二人とも佐伯さんに来てほしいんだ!』


「……はい」


 大輔は少し頭をかいた。


「行きたいんですけど、東央大の試合も近いし、練習を休んでいいのかなって」


『……そっか』


 リンは少し考えた。


 大輔はこのところ、以前にも増して練習に打ち込んでいた。


 授業中は普段どおりにしていても、放課後になると真っ先に道場へ向かう。


 東央大学での試合は、彼にとってただの練習試合ではない。


 これからの進路に関わる、大切な挑戦だった。


『でもさ、佐伯さん』


「……はい」


『最近、ずーっと張り詰めてばっかりじゃない?』


「…………」


『練習頑張ってるのも知ってるし、試合が大事なのも分かるけどさ』


 リンは笑った。


『たまには息抜きしてもいいんじゃない?』


「……息抜き、ですか」


『うん! それに、佐伯さんが来てくれたら、小川さんも片岡さんも喜ぶと思うよ』


 大輔は少し黙った。


『一日休んだからって、今まで頑張ってきたことがなくなるわけじゃないでしょ?』


「…………」


『もちろん、部活の予定はちゃんと確認しないとだけどね!』


「……はい」


 大輔は小さく頷いた。


『それにさ、二人が全国大会に出るなんて、なかなかないことじゃん!』


 リンはにっこり笑った。


『せっかくだし、佐伯さんも楽しんできたら?』


「…………」


 大輔は少し考えたあと、笑った。


「……ありがとうございます、先生」


『うん!』


「……練習の調整ができるか、確認してみます」


『そうしてみて!』


 大輔は頭を下げ、職員室の方へ歩いていった。


 その背中を見送りながら、リンは小さく微笑んだ。


 目標に向かって真剣に努力することは、もちろん大切だ。


 けれど、高校生活はそれだけではない。


 友達の挑戦を応援することだって、きっと大切な思い出になる。


『……青春だねぇ』


 リンは小さく呟いた。


 そして、職員室へ戻っていった。


     ◇


 七月四日、火曜日。


 昼休み。


「……片岡、小川」


 教室で話していた二人へ、大輔が声をかけた。


「ん? どした?」


「……土曜日、行けることになった」


「……えっ、ほんと!?」


「うん。練習の予定、調整できたから」


「やったー!」


 美奈は両手を上げた。


「真理ちゃん! 佐伯も来てくれるって!」


「……うん!」


 真理も嬉しそうに笑った。


「……ありがとう、佐伯さん」


「いや、こっちこそ」


 大輔は少し照れくさそうに頭をかいた。


「……誘ってくれて、ありがとう」


「何それ! あたしたちの方こそありがと!」


 美奈が笑う。


「当日、ちゃんと応援してよね!」


「……分かってるよ」


 大輔も笑った。


「二人とも、頑張れよ」


「押忍!!」


 美奈は背筋をぴんと伸ばし、わざとらしく大きな声で返事をした。


「…………」


 大輔は一瞬、美奈を見つめた。


 そして、口元を緩める。


「……そんなに空手に興味があるなら、コンテストのあと稽古つけてやるよ」


「えっ!?」


 美奈は慌てて両手を振った。


「いやいやいや! それだけは勘弁!」


「遠慮しなくていいぞ」


「遠慮じゃないって! あたし、痛いの無理だから!」


「……ふふっ」


 隣で真理が吹き出した。


「ちょっと真理ちゃん! 笑ってないで助けてよ!」


「……美奈ちゃんが自分で言ったんでしょ?」


「そうだけどぉ!」


 大輔も声を上げて笑った。


「じゃあ、応援だけにしとくよ」


「それでお願いします!」


 美奈が大げさに頭を下げる。


 三人は顔を見合わせて笑った。


     ◇


 同じ日の放課後。


 美奈と真理は、廊下の向こうに高木悠斗の姿を見つけた。


「あっ、いたいた!」


 美奈は真理に目配せしてから、悠斗の前へ回り込んだ。


「……高木くん」


「……何だよ、片岡」


 美奈は妙にもったいぶった顔をした。


「彼女とのデートプランにお困りではないかな?」


「……は?」


「今週の土曜日! 特別なデートにぴったりのイベントがあるんですけど!」


「……何だよ、いきなり」


 悠斗が笑う。


「しかも何と! 藤原紀香に浜崎あゆみまで来ちゃうんです!」


「……それ、お前らのコンテストだろ?」


「おっ! よくご存じで!」


 美奈はにやりと笑った。


「そんな高木くんに、こちらをプレゼント!」


 鞄から取り出したのは、二枚の招待券だった。


「……え?」


 悠斗が目を丸くする。


「……二枚?」


「そ! 二名様ご招待!」


「……俺と、沙織?」


「さあ? 誰を誘うかは高木くん次第ですけど?」


 美奈はわざとらしく首を傾げた。


「……なーんてね!」


 悠斗が吹き出した。


「何だよ、それ!」


「でも、ちゃんと誘ってあげてよ?」


 美奈は笑いながら、悠斗の手に二枚の招待券を渡した。


「二人であたしたちの応援、来てね!」


「……ありがとな、片岡。小川も」


「……うん。来てくれたら嬉しい」


 真理が微笑んだ。


 美奈は廊下を見渡した。


「……あ、沙織!」


「ん?」


 少し離れたところにいた沙織が振り返る。


「ちょっとこっち来てー!」


 沙織が近づいてくる。


「どうしたの?」


「んふふ。じゃ、あとはよろしく!」


 美奈は悠斗の肩をぽんと叩いた。


「……え?」


 悠斗が戸惑う。


 美奈は真理の腕を引いた。


「行こ、真理ちゃん!」


「……うん」


 二人は少し離れたところで振り返った。


 悠斗は沙織へ向き直った。


「……なあ、沙織」


「……何?」


「今週の土曜日さ、予定ある?」


「……土曜日?」


「うん。よかったら、一緒に出かけない?」


 悠斗は二枚の招待券を見せた。


「片岡と小川のコンテスト。俺たちも応援行かない?」


 沙織の顔がぱっと明るくなった。


「……えっ! いいの!?」


「うん。二枚もらったんだ」


「行きたい!」


 沙織は嬉しそうに笑った。


「美奈たちの全国大会でしょ!? 絶対行きたい!」


「……じゃあ、決まりだな」


「うん!」


 少し離れた場所で、その様子を見ていた美奈がにんまり笑った。


「……よしっ!」


「……ふふっ」


 真理も小さく笑う。


「……美奈ちゃん、楽しそう」


「だってさー、せっかくならデートにしてもらいたいじゃん?」


 美奈は肩をすくめた。


「ついでに、あたしたちの応援もしてもらえるし!」


「……ついでなんだ」


「あははっ! そこは内緒!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「……これで、五人全員だね」


 真理が言った。


「うん!」


 美奈は嬉しそうに頷いた。


「みんな来てくれるね!」


「……うん」


 真理は微笑んだ。


 あの日、二人で誰を誘おうかと話し合った。


 限られた五枚の招待券。


 そのすべてを、来てほしいと思った友達に渡すことができた。


「……ねえ、美奈ちゃん」


「ん?」


「……楽しみだね」


「……うん!」


 美奈は真理の手を握った。


「めっちゃ楽しみ!」


     ◇


 七月五日、水曜日。


 朝。


 校門へ向かう道を、美奈と真理が並んで歩いていた。


「……ねえ、真理ちゃん」


「……何?」


「土曜日、何時に起きる?」


「……え?」


「いや、あたし絶対早起きしちゃうと思うんだよね!」


「……ふふっ。まだ二日もあるよ?」


「分かってるけどさ!」


 美奈は笑った。


「何かもう、今からドキドキしてんの!」


「……私も」


 真理が小さく頷いた。


「……昨日、なかなか寝られなかった」


「えっ、もう!?」


「……うん」


「真理ちゃんもじゃーん!」


 二人は笑い合った。


 そのときだった。


「……あれ?」


 美奈が、ふと足を止めた。


「……ねえ、真理ちゃん」


「……何?」


「あれ……」


 美奈が指さした先。


 校舎の外壁に、大きな横断幕が掲げられていた。


 白い布地に、鮮やかな文字。


 そこには、こう書かれている。


 ――祝・全国大会本選出場。


 ――二〇〇〇年度 全国高校生ファッション創作コンテスト。


 ――小川 真理 片岡 美奈。


 ――東京都立青葉高等学校。


「…………」


 美奈は目を丸くした。


「……ちょっと待って」


 真理も顔を上げる。


「……え?」


「……あれ、あたしたちの名前じゃん!!」


 美奈が声を上げた。


 真理は、横断幕をじっと見つめた。


 自分の名前。


 美奈の名前。


 全国大会本選出場の文字。


 それが、学校の外壁に大きく掲げられている。


「……すごい」


 真理が小さく呟いた。


「……こんなの、作ってくれたんだ」


「やばっ!」


 美奈は嬉しそうに笑った。


「ねえ、真理ちゃん! 写真撮ろ!」


「……え?」


「記念! 記念!」


 美奈は鞄から、使い捨てカメラを取り出した。


「……いつの間に持ってきたの?」


「えへへ! 何か撮りたくなるかなって!」


 美奈は近くを通りかかった友達に声をかけ、横断幕を背景に二人の写真を撮ってもらった。


「はい、撮るよー!」


「……あ、待って!」


 真理が慌てて髪を整える。


「何、真理ちゃん! かわいいじゃん!」


「……もう、美奈ちゃん!」


「はい、チーズ!」


 シャッターの音が響いた。


 美奈は嬉しそうに笑い、真理も少し照れながら微笑んでいた。


 写真を撮り終えると、二人はもう一度横断幕を見上げた。


「……何かさ」


 美奈がぽつりと言った。


「……うん?」


「ほんとに、全国大会行くんだね」


 真理は頷いた。


「……うん」


 これまでは、家庭科室で服を作る毎日だった。


 デザインを考えて。


 布を選んで。


 何度も相談して。


 縫い直して。


 そんな時間を重ねてきた。


 それが今、学校の外壁に名前として掲げられている。


 真理は、少しだけ胸が熱くなった。


「……嬉しいね」


「……うん!」


 美奈は大きく頷いた。


「めっちゃ嬉しい!」


 そのとき、校門の方から声がした。


「片岡さーん! 小川さーん!」


 二人が振り返る。


 別のクラスの女子生徒たちが、笑顔で手を振っていた。


「横断幕、すごいね!」


「コンテスト頑張ってね!」


「……あ、ありがとうございます!」


 真理が少し慌てて頭を下げる。


 美奈は大きく手を振った。


「ありがとー!」


 女子生徒たちは笑いながら校舎へ向かっていった。


 二人はもう一度、横断幕を見上げた。


 自分たちの名前。


 全国大会本選出場の文字。


 たくさんの人が、自分たちを応援してくれている。


 美奈は、真理の肩に腕を回した。


「……ね、真理ちゃん」


「……うん?」


「これ、絶対いい思い出になるね!」


 真理は美奈を見た。


 そして、ゆっくりと笑った。


「……うん」


 校舎の上には、夏の青空が広がっていた。


 大きな横断幕が、朝の風にわずかに揺れている。


 二人はしばらく、その場から動かなかった。


 自分たちの名前を、何度も見上げながら。


 全国大会まで、あと三日。


 たくさんの祝福を受けて、二人の挑戦は続いていく。

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