第六十一話「好きだからこそ」
二〇二六年(令和八年)六月二十日、土曜日。
午後二時過ぎ。
「……はぁ」
高瀬美月は、自室のベッドに腰掛けていた。
膝の上にはスマートフォン。
画面には、木曜日の配信から作られた切り抜き動画が表示されている。
《現役女子高生・なでしこの制服配信!》
再生回数は、また増えていた。
《かわいい!》
《最近この子よく見る》
《喋り方が好き》
《また制服で配信してほしい》
美月はコメントを眺めた。
嬉しい言葉は、たくさんある。
以前から見てくれている人たちも、変わらず応援してくれていた。
新しい視聴者も増えた。
木曜日には、登録者数が二万八千人に達した。
少し前なら、考えられない数字だった。
「…………」
けれど、今は素直に喜べなかった。
昨日の朝。
莉子に言われた言葉が、何度も頭に浮かんでいた。
――美月、あんたはなでしこのファンが欲しいの? それともエロい格好した女子高生のファンが欲しいの?
「……そんなつもりじゃないのに」
美月はスマートフォンを伏せた。
制服を着たのは、喜んでもらえると思ったからだ。
いつもと違う自分を見せて、少し驚いてもらいたかった。
それだけだった。
確かに、登録者数が増えたら嬉しい。
次は何を着ようかと考えたこともある。
でも、それだけのために配信をしているわけではない。
初めてコメントをもらったときのことを、今でも覚えている。
たった一人の視聴者が、自分の話に返事をしてくれた。
それが嬉しかった。
画面の向こうに誰かがいる。
自分の話を聞いて、笑ってくれる人がいる。
その楽しさは、今だって変わっていない。
「……莉子ちゃん、知ってると思ってたのにな」
美月は小さく呟いた。
莉子は、最初の頃から配信を見てくれていた。
登録者数が少ないときも。
コメントがなかなか増えないときも。
美月が落ち込むと、励ましてくれた。
そんな莉子に、あんなふうに言われたことが悲しかった。
怒っているのか。
傷ついているのか。
自分でも、よく分からない。
美月はもう一度スマートフォンを手に取った。
莉子とのLINEを開く。
木曜日の夜のやり取りが、最後になっていた。
《ちょっと気になることあったから、明日話そ》
《うん! わかった!》
「…………」
美月は画面を閉じた。
あのときは、こんなことになるなんて思っていなかった。
◇
同じ日の午後八時四十分。
美月はクローゼットの前に立っていた。
「……何着よう」
土曜日は定期配信の日。
いつもなら、準備を始める時間が楽しみだった。
今日は少し違う。
目の前には、これまで配信で着た服が並んでいる。
メイド服。
夏らしい私服。
そして、学校の制服。
「…………」
美月は制服へ目を向けた。
木曜日には、あれだけ大勢の人が喜んでくれた。
また着れば、登録者数が増えるかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎった。
けれど、すぐに莉子の言葉を思い出す。
「……別に、制服が悪いわけじゃないのに」
小さく呟いた。
莉子に言われたから着ない。
そう考えるのも、何だか違う気がする。
美月はしばらく服を眺めたあと、一枚のブラウスを手に取った。
以前から気に入っている、淡い色のブラウス。
特別な衣装ではない。
けれど、自分が好きで選んだ服だった。
「……今日は、これにしよう」
美月は鏡の前で笑ってみた。
いつもの自分が映っている。
「……うん」
小さく頷き、配信の準備を始めた。
◇
午後九時。
「こんばんは! なでしこです!」
配信が始まった。
《こんばんはー!》
《今日も来たよ》
《なでしこ待ってた!》
《今日は制服じゃないんだ》
《また制服見たい》
コメントが流れていく。
美月は少しだけ緊張した。
「えへへ。今日はいつもの服です!」
ブラウスの袖を軽く持ち上げる。
「この服、結構お気に入りなんですよ」
《似合ってる!》
《かわいい》
《いつものなでしこも好き》
《制服の方がよかった》
「…………」
最後のコメントが、少しだけ目に留まった。
以前なら、次は何を着れば喜んでもらえるだろうと考えていたかもしれない。
けれど、今日はそれ以上考えなかった。
「そういえば、皆さん。前に話した映画のこと、覚えてます?」
《覚えてるよ!》
《結局見た?》
《あれ面白かった?》
「あっ、覚えててくれたんですね!」
美月の顔が明るくなった。
「実は、昨日やっと見られたんです!」
《おお!》
《感想聞きたい》
《ネタバレなしで頼むw》
「あはは! 分かりました!」
美月は笑った。
「じゃあ、ネタバレしない範囲で話しますね!」
そこから、映画の感想や最近の出来事について話が弾んだ。
以前から見に来てくれている人たち。
新しく訪れてくれた人たち。
その中には、衣装のことを一度も尋ねず、美月の話を楽しんでくれる人もいた。
《前に言ってたお菓子も買えた?》
「あっ! 覚えててくれたんですか!?」
《あれ気になってた》
《感想待ってたよ》
「えへへ。買いました! すっごくおいしかったです!」
美月は身を乗り出した。
「でも、ちょっと甘すぎるかもしれなくて……」
《甘党だから余裕》
《なでしこ甘いもの好きだよね》
「大好きです!」
笑いながら答える。
そして、ふと気づいた。
最近は、コメントの数ばかり気にしていた気がする。
何人が見ているか。
登録者数がどれだけ増えているか。
そんな数字を確かめる時間が増えていた。
けれど、今は違う。
コメントを一つ読むたびに、自然と次の話をしたくなる。
もっと話したい。
もっと聞いてほしい。
美月は画面を見つめた。
「……あの、皆さん」
《ん?》
《どうした?》
「今日も来てくれて、ありがとうございます!」
《こちらこそ!》
《楽しいよ!》
《いつもありがとう》
美月は嬉しそうに笑った。
「……えへへ」
画面の向こうに、自分の話を聞いてくれる人たちがいる。
やっぱり、この時間が好きだった。
◇
同じ頃。
莉子も自室で、美月の配信を見ていた。
「…………」
画面の中の美月は、いつものように笑っている。
制服でも、特別な衣装でもない。
お気に入りだというブラウスを着て、楽しそうに話していた。
《その映画、私も見たい!》
「えっと、じゃあ今度みんなで感想会とか……あ、でも見てない人もいるから、どうしようかな?」
《ネタバレなし感想会w》
《それ難しくない?》
「あはは! ですよね!」
莉子は小さく笑った。
「……ほんと、楽しそうじゃん」
画面の中の美月を見つめる。
金曜日の朝。
あんな言い方をするつもりではなかった。
心配だった。
ただ、それだけだった。
けれど、あの言葉は美月を傷つけた。
それは、もう分かっている。
「……あたし、美月の配信好きなんだよね」
莉子は小さく呟いた。
美月の笑い声が、スマートフォンから聞こえてくる。
莉子はコメントを一つ打った。
《今日も楽しそうでよかった》
すぐに、いくつものコメントに流されていく。
美月がそれを読んだかどうかは分からない。
それでも莉子は、最後まで配信を見ていた。
◇
午後十時十五分。
「それじゃあ、今日はここまでにします!」
美月は画面に向かって手を振った。
「今日もありがとうございました! おやすみなさい!」
《おやすみ!》
《楽しかった!》
《また来るよ》
《次も楽しみにしてる》
配信が終了する。
美月は椅子の背にもたれた。
「……ふぅ」
今日もたくさん話した。
映画のこと。
お菓子のこと。
何でもない学校での出来事。
いつの間にか、一時間以上が過ぎていた。
「……楽しかったなぁ」
自然と笑みがこぼれた。
そして、いつものように登録者数を確認した。
二万七千六百人。
「……あ」
木曜日には、二万八千人いた。
四百人、減っている。
「……そっか」
美月は少しだけ残念に思った。
あんなに喜んだ数字だったから。
減ってしまえば、やっぱり寂しい。
けれど。
「…………」
今日の配信を思い出す。
映画の話。
視聴者からの質問。
何気ない冗談。
コメントを読みながら、何度も笑った。
「……楽しかったなぁ」
もう一度、同じ言葉がこぼれた。
四百人減ったことは、残念だった。
でも、それだけで今日の配信が失敗だったとは思わなかった。
以前なら、何が悪かったのか、次はどうすれば増えるのかと、すぐに考え始めていただろう。
今日は、不思議とそんな気持ちにならなかった。
「……うん」
美月は小さく頷いた。
「また、みんなとお話ししたいな」
スマートフォンを置き、椅子から立ち上がる。
その表情には、木曜日とは違う、穏やかな笑みが浮かんでいた。
◇
六月二十二日、月曜日。
都立桜丘高校。
放課後の職員室で、山元凛は一冊のノートを閉じた。
金曜日、莉子と結衣から聞いた話を、週末の間も考えていた。
学校名を公表しなくても、制服から通学先を知られる可能性がある。
配信の映像は、本人が知らない場所へ広がることもある。
そして、視聴者の中には、美月の話ではなく、高校生という立場や外見に関心を寄せている者もいる。
凛には、まだ理解しきれていないことが多かった。
だからこそ、本人に話を聞きたかった。
美月は、何のために配信を始めたのか。
今、何を考えているのか。
金曜日の教室では、それを聞く余裕がなかった。
凛は席を立った。
◇
放課後の三年四組。
美月が鞄を持ち上げたところで、声をかけられた。
『美月』
「……あ、先生」
振り返ると、凛が立っていた。
『少し、話を聞かせてもらえるか』
「…………」
美月の表情が、わずかに曇った。
「……配信のことですか?」
『ああ』
凛は頷いた。
『だが、叱るために呼んだわけではない』
「…………」
『お前がどういう気持ちで配信を続けているのか、私はまだよく知らないからな』
美月は凛を見つめた。
少し迷ったあと、小さく頷いた。
「……分かりました」
◇
空いている教室へ移動すると、凛は窓際の席を勧めた。
『座ってくれ』
「……はい」
美月は椅子に腰掛け、鞄を足元へ置いた。
凛も向かいに座る。
『まず、聞かせてほしいことがある』
「……はい」
『美月は、どうして配信を始めたんだ?』
「……え?」
美月が目を丸くした。
『登録者数が増えたことは聞いている。だが、そもそも何がきっかけだったのか、私は知らない』
「……ああ」
美月は少し考えた。
「最初は……何となく、やってみたいなって思ったんです」
『……何となく?』
「はい」
美月は小さく笑った。
「配信してる人の動画を見るのが好きで。みんな楽しそうに話してるから、私もやってみたいなって」
『……そうか』
「でも、最初は全然人が来なくて」
美月は膝の上で手を重ねた。
「誰も見てない時間とか、普通にありました」
『……それは、寂しいな』
「はい。ちょっと寂しかったです」
美月は笑った。
「でも、ある日、初めてコメントが来たんです」
『……ああ』
「私が話したことに、返事してくれたんですよ」
美月の声が、少し明るくなった。
「それが、すっごく嬉しくて」
『……うん』
「それから、少しずつ来てくれる人が増えて」
美月は凛を見た。
「毎回、同じ人が来てくれるようになったり、前に話したこと覚えてくれてたりして」
『……なるほど』
「何か……友達が増えていくみたいで、楽しかったんです」
凛は黙って聞いていた。
美月は、自然と笑顔になっていた。
金曜日の教室では見られなかった表情だった。
『……今も、楽しいか?』
「……はい!」
美月はすぐに頷いた。
「今も、すごく楽しいです」
『……そうか』
「もちろん、登録者数が増えるのも嬉しいですけど……」
美月は少し考えた。
「……土曜日の配信、四百人減っちゃったんです」
『……四百人も?』
「はい」
美月は小さく笑った。
「ちょっと残念でした。でも……」
『……でも?』
「配信は、すごく楽しかったんです」
凛は美月を見つめた。
「前だったら、どうして減ったんだろうって、ずっと考えてたと思います」
『……うん』
「でも、土曜日はみんなといっぱいお話しできて。前に話したことも覚えてくれてて……」
美月は嬉しそうに笑った。
「だから、登録者が減ったことより、楽しかったことの方が残ってるんです」
『……そうか』
凛も微笑んだ。
『それは、いい時間だったんだな』
「……はい!」
美月は頷いた。
けれど、すぐに表情が少し曇った。
「……でも、莉子ちゃんには、そういうのも分かってほしかったです」
『……ああ』
凛は静かに頷いた。
『金曜日のことだな』
「……はい」
美月は俯いた。
「……私、そんなつもりで制服着たんじゃないのに」
『……そうだな』
「すごく、悲しかったです」
凛は少し間を置いた。
『あの言い方は、よくなかった』
「…………」
『大勢の前で、お前がしてきたことを否定されたように感じたのだろう』
「……はい」
美月は小さく答えた。
凛は頷いた。
『ただ、莉子と結衣には、別の心配もあったようだ』
「……別の心配?」
『ああ』
凛は少し考えてから尋ねた。
『美月。もし、お前の知らないところで、通っている学校の名前が広まっていたら、どう思う?』
「……え?」
美月が顔を上げた。
『配信を見ている人の中に、学校を知っている者がいたら、という話だ』
「……それは、怖いです」
『そうだな』
凛は頷いた。
『制服を見れば、学校名を言わなくても分かる場合があるそうだ』
「…………」
「……でも、私、学校の名前は言ってないです」
『ああ。それは分かっている』
凛は落ち着いた声で答えた。
『だが、自分が話していないことを、ほかの人間が知ってしまう可能性もある』
「…………」
『それに、一度広まった映像は、あとから消そうと思っても、すべて消せるとは限らないそうだ』
美月は膝の上で手を握った。
「……それは、知りませんでした」
『私も、莉子と結衣に教えてもらった』
「……莉子ちゃんと、結衣ちゃんに?」
『ああ』
凛は頷いた。
『二人は、そういう危険を心配していたんだ』
美月はしばらく黙っていた。
木曜日の配信。
制服を褒めてくれたコメント。
学校名を尋ねる書き込み。
その一つ一つが、頭に浮かんでくる。
「……でも」
美月が小さく口を開いた。
「……だからって、あんな言い方しなくても」
『ああ。そのとおりだ』
凛はすぐに頷いた。
『心配しているからといって、相手を傷つけていいわけではない』
「…………」
『だが、心配していたこと自体は、本当だったのだと思う』
美月は俯いた。
「……はい」
凛は少し間を置いた。
『美月』
「……はい」
『これから、どうしたい?』
美月が顔を上げた。
「……え?」
『配信のことだ』
「…………」
『危険があると分かったうえで、お前がどうしたいのかを聞きたい』
美月はしばらく考えた。
土曜日の配信を思い出す。
いつもの服で、いつものように雑談をした。
登録者は減った。
けれど、とても楽しかった。
「……続けたいです」
美月は顔を上げた。
「私、配信は続けたいです」
『……うん』
「学校のこととか、気をつけなきゃいけないのは分かりました」
『ああ』
「でも、みんなと話すのが好きなんです」
美月は少しだけ笑った。
「だから……やめたくないです」
凛は静かに頷いた。
『……分かった』
「……先生?」
『私は、配信を続けたいというお前の気持ちを、頭から否定するつもりはない』
「…………」
『ただし、安全については一緒に考えさせてほしい』
美月は凛を見つめた。
『私も、まだ知らないことが多い。だから、ほかの先生方にも相談して、何に気をつけるべきか確認してみる』
「……はい」
『お前も、何か不安なことがあったら、一人で抱えずに話してくれ』
「……分かりました」
凛は微笑んだ。
『好きなことを続けるためにも、自分を大切にしなければならないからな』
美月は少しだけ目を潤ませた。
「……ありがとうございます、先生」
『……ああ』
凛は頷いた。
◇
話を終えた美月が教室へ戻ると、そこには莉子がいた。
「……あ」
莉子が顔を上げる。
「……美月」
「……莉子ちゃん」
二人は少しの間、黙っていた。
先に口を開いたのは莉子だった。
「……ちょっと、いい?」
「……うん」
莉子は一度、息を吸った。
「……金曜日のこと、ごめん」
「…………」
「あんな大勢の前で、ああいう言い方してさ。ほんと、ひどかったと思う」
美月は黙っていた。
「……あんたが頑張ってきたの、あたし知ってるから」
「…………」
「最初なんか全然人いなかったじゃん。それでも毎回楽しそうに喋って、コメント来たらめっちゃ喜んで」
莉子は少し笑った。
「……あたし、そういう美月の配信、好きだったんだよね」
「……莉子ちゃん」
「今だって好きだよ。登録者増えたのも、普通にすごいと思ってる」
そこで、莉子は表情を引き締めた。
「……でもさ、心配なんだよ」
「…………」
「今まで知らなかったような人たちが、今は何万人も美月のこと見てるじゃん」
「……うん」
「中にはさ、あんたが何話してるかなんてどうでもよくて、女子高生だからって理由で見に来てるやつもいるわけで」
「…………」
「そういうやつらが増えてくの、あたしは怖い」
美月は少し俯いた。
「……私、そんなつもりで制服着たんじゃないよ」
「うん。分かってる」
莉子はすぐに頷いた。
「美月がそういう人たちを集めようとしてるなんて、本気で思ってない」
「…………」
「……だから、あんな言い方したの、ほんとごめん」
美月はしばらく黙っていた。
「……すごく、悲しかった」
「……うん」
「莉子ちゃんに、あんなふうに思われてたんだって」
「……ごめん」
「……でも」
美月は顔を上げた。
「先生からも聞いたの。莉子ちゃんと結衣ちゃんが、私のこと心配してくれてたって」
「…………」
「私、学校の名前言わなければ大丈夫だと思ってた。でも、そうじゃないんだね」
「……うん」
「……ちゃんと考えてみる」
莉子は小さく頷いた。
「……ありがと」
少しだけ沈黙が流れる。
やがて、美月が口を開いた。
「……ねえ、莉子ちゃん」
「ん?」
「……私、配信は続けたい」
「……うん」
「登録者が増えるのも嬉しいけど、それだけじゃないの。みんなとお話しするの、今でもすごく楽しいから」
「……知ってる」
莉子は笑った。
「あんた、ほんと楽しそうだもん」
「……うん!」
「土曜日の配信も見たよ」
「……ほんと?」
「うん。映画の話、めっちゃ楽しそうだったじゃん」
美月は少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「……えへへ。楽しかった!」
「……でしょ」
莉子も笑った。
「だからさ」
莉子は美月を見た。
「これからも、ちゃんと美月の配信でいてほしいんだよね」
「…………」
「あんたが楽しくやってんのが、一番いいんだから」
美月は少しだけ目を潤ませた。
「……ありがとう、莉子ちゃん」
「……ん」
莉子は照れくさそうに視線を逸らした。
「……あと、また心配なことあったら言うから」
「……ふふっ」
「何笑ってんの」
「ううん。莉子ちゃんらしいなって」
「……それ褒めてる?」
「もちろん!」
二人は顔を見合わせて笑った。
美月が鞄を持ち直す。
「……ねえ、莉子ちゃん」
「ん?」
「……一緒に帰ろ?」
莉子は少しだけ目を丸くした。
そして、いつものように笑った。
「……いいよ」
二人は並んで教室を出た。
◇
同じ日の夜。
藤原悠真は、自室のベッドに寝転がりながらスマートフォンを眺めていた。
SNSの画面を指で流していく。
友人の投稿。
ゲームの動画。
知らない誰かの日常。
その中に、見覚えのある顔があった。
「……あ、美月じゃん」
制服姿で笑う美月。
木曜日の配信が切り抜かれた動画だった。
《現役女子高生配信者・なでしこの制服姿がかわいすぎる》
「……すげえな」
悠真は再生回数を見て、思わず呟いた。
知っているクラスメイトが、こんなに大勢の人に見られている。
少し不思議な感覚だった。
何気なくコメント欄を開く。
《普通にかわいい》
《この子最近よく流れてくる》
《本物の制服なんだ》
《どこの高校?》
悠真は画面を指で滑らせた。
そして。
《これ、桜丘高校じゃね?》
「…………え?」
指が止まった。
もう一度、コメントを読む。
《これ、桜丘高校じゃね?》
悠真は動画へ目を戻した。
見慣れた制服。
見慣れた顔。
自分にとっては、何の疑問もない光景だった。
けれど。
この動画を見ている人間は、同じ学校の生徒だけではない。
悠真はコメント欄へ視線を戻した。
その書き込みの下には、返信がついていた。
《マジ?》
《そうなの?》
《確かに似てる》
悠真はゆっくり身体を起こした。
「……おい、マジかよ」
スマートフォンの画面には、相変わらず美月の明るい笑顔が映っていた。




