第二十五話「かわいいの、その先」
二〇〇〇年(平成十二年)五月八日、月曜日。
午前八時十分。
東京都立青葉高校、三年二組。
「……だからさ、絶対こっちの方がかわいいって!」
「……えー、そうかな?」
「……そうだって!」
教室の一角で、女子生徒たちが盛り上がっていた。
中心にいるのは、片岡美奈。
机の上には、ファッション雑誌が広げられている。
「……見て! このパンツ!」
「……細っ!」
「……でしょ!? こういうの履くと、脚がすっきり見えるじゃん!」
美奈は、雑誌の写真を指さした。
「……上はちょっと小さめにしてさ。靴は厚底とか!」
「……あー、かわいい!」
「……絶対いいよね!」
その声を聞きながら、リンは教室へ入った。
『……おはよー!』
「あっ、凛ちゃん!」
美奈が顔を上げた。
「……おはよー!」
『……おはよう、片岡さん』
「……ねえ、凛ちゃん!」
『……ん?』
「……そのパーマ、だいぶ馴染んできたじゃん!」
『……それ、褒めてる?』
「……めっちゃ褒めてる!」
『……なら、ありがと』
リンは、笑った。
すると、近くにいた森田翔平が口を挟んだ。
「……いや、でも凛ちゃん、最初に見たときはマジでびっくりしたからな!」
『……森田さん』
「……はい?」
『……そろそろ見慣れてくれてもよくない?』
「……いや、もう見慣れたって!」
「……絶対まだ何か言おうとしてたでしょ!」
美奈が笑う。
森田も、肩をすくめた。
「……バレた?」
『……こら』
リンが呆れたように笑うと、教室に小さな笑いが広がった。
その少し離れた席。
小川真理が、開かれた雑誌へ視線を向けていた。
細身のパンツ。
短めのトップス。
大きな厚底の靴。
真理は、しばらく写真を眺めていた。
そして、机の上のノートへ目を落とす。
ページの隅には、小さな洋服のイラストが描かれていた。
真理は、そっとノートを閉じた。
◇
二時間目の休み時間。
「……真理、ちょっといい?」
声をかけたのは、美奈だった。
「……え?」
「……さっきの数学のプリント、ここってどうやった?」
「……あ、そこはね……」
真理は、机の上へプリントを広げた。
美奈が、その隣に立つ。
「……あー、なるほど!」
「……ここを先に計算すれば……」
「……あっ、そういうことか!」
美奈は、納得したように頷いた。
「……ありがと、真理!」
「……ううん」
真理が、小さく笑う。
そのときだった。
「……ん?」
美奈の視線が、机の端へ向いた。
プリントの下から、一冊のノートが少しだけ覗いていた。
開きかけたページには、洋服のイラスト。
「……あれ?」
美奈が、首を傾げた。
「……真理、これ何?」
「……えっ?」
真理は、慌ててノートへ手を伸ばした。
「……あ、これは……!」
「……え、服の絵?」
「……う、うん……」
美奈は、思わず身を乗り出した。
「……えっ、かわいいじゃん!」
「…………っ!」
真理の肩が、びくりと揺れた。
美奈の声に、近くの生徒たちが振り返る。
「……何?」
「……どうしたの?」
真理は、慌ててノートを閉じた。
「……美奈ちゃん、あんまり大きな声で……」
「…………あっ」
美奈が、口を閉じた。
真理は、ノートを胸元へ引き寄せている。
その表情を見て、美奈は少しだけ目を伏せた。
「……ごめん」
「…………」
「……びっくりして、つい」
真理は、首を横に振った。
「……ううん」
美奈は、それ以上ノートを見ようとしなかった。
「……勝手に見ちゃって、ごめんね」
「……うん……」
真理は、小さく頷いた。
ちょうどそのとき、次の授業を知らせるチャイムが鳴った。
「……じゃあ、またあとで!」
「……うん」
美奈は、自分の席へ戻っていった。
真理は、閉じたノートをしばらく見つめていた。
◇
昼休み。
三年二組。
真理が弁当を片づけていると、美奈が近づいてきた。
「……真理」
「……何?」
「……さっきは、ごめんね」
真理が、顔を上げた。
「……さっき?」
「……ノートのこと。勝手に騒いじゃって」
「……あ……」
美奈は、少し困ったように笑った。
「……あれ、真理が自分で描いたんだよね?」
「……うん」
「……すごいと思ったんだ」
「…………」
「……でも、みんなに見せたかったわけじゃないよね」
真理は、少しだけ驚いたように美奈を見た。
そして、頷いた。
「……うん。まだ、あんまり……」
「……そっか」
美奈も、頷いた。
「……じゃあさ」
「……うん?」
「……私だけ、もう一回見てもいい?」
真理は、目を瞬いた。
「……え?」
「……嫌だったらいいんだけど」
「…………」
真理は、少し考えた。
そして、鞄からノートを取り出した。
「……じゃあ、少しだけ……」
「……本当!?」
美奈が、嬉しそうに顔を上げる。
「……あ、ごめん。声」
慌てて口元を押さえる。
真理は、思わず小さく笑った。
「……ふふ」
「……何?」
「……ううん。何でもない」
真理は、ノートを開いた。
そこには、何枚もの洋服のデザインが描かれていた。
袖の大きなブラウス。
裾に切り替えの入ったスカート。
襟元の形が少し変わったワンピース。
美奈は、一枚ずつ眺めた。
「……えー、すごい」
「……そ、そんなことないよ」
「……いや、これ本当にかわいいって!」
美奈は、一つのイラストを指さした。
「……この袖、いいね!」
「……あ、そこ……」
「……普通のより、ちょっと広がってるじゃん?」
「……うん」
「……腕が細く見えそう!」
真理が、少しだけ顔を上げた。
「……そうなの」
「……え?」
「……そこを、考えて描いてみたの……」
「……マジ!?」
美奈は、もう一度イラストを見た。
「……へえ……!」
その声には、純粋な感心があった。
「……じゃあ、こっちのスカートも何か考えてる?」
「……えっと……」
真理は、少しずつ説明を始めた。
「……ここに切り替えを入れたら、歩いたときに裾が揺れるかなって……」
「……あー、なるほど!」
「……あと、こっちは……」
真理の指が、ノートの上を動く。
最初は、小さな声だった。
けれど、自分の描いた線について話しているうちに、少しずつ言葉が増えていく。
美奈は、途中で遮らずに聞いていた。
そして。
「……ねえ、真理!」
「……何?」
「……今度、私に似合う服も考えてよ!」
「…………えっ!?」
真理が、目を丸くした。
「……わ、私が?」
「……うん!」
「……でも、私……」
「……だって、こういうの考えるの好きなんでしょ?」
「……うん、好きだけど……」
美奈は、楽しそうに笑った。
「……じゃあ、お願い!」
「…………」
真理は、しばらくノートを見つめた。
自分が描いた服を、美奈が着たいと言っている。
それは、少し不思議な気分だった。
「……じゃあ、ちょっと考えてみるね」
「……やった!」
美奈が、顔を輝かせる。
そして、思い出したように指を立てた。
「……あっ、でも一個だけ注文!」
「……注文?」
「……スタイル良く見えるやつがいい!」
「…………」
真理は、少し考えた。
「……美奈ちゃん、いつも細いパンツが好きだよね」
「……うん! だって、脚がすっきり見えるじゃん!」
「……そっか……」
真理は、美奈の姿を見た。
今日も、美奈は身体に合ったすっきりとしたシルエットの服装を好みそうな雰囲気だった。
雑誌で選んでいた服も、そうだった。
「……分かった。ちょっと考えてみる」
「……ありがと!」
美奈は、笑顔で頷いた。
「……楽しみにしてる!」
真理も、小さく笑った。
「……うん」
◇
放課後。
三年二組。
リンが教室へ戻ると、真理と美奈が同じ机で話していた。
ノートを広げ、何やら楽しそうに笑っている。
(……あれ?)
リンは、少しだけ足を止めた。
以前なら、真理が教室で誰かと話していると、つい様子を気にしてしまっていた。
けれど、今は違う。
美奈が何かを言う。
真理が笑う。
今度は真理が、ノートのどこかを指さす。
美奈が身を乗り出す。
二人は、互いに顔を見合わせて笑った。
(……楽しそう)
リンは、少しだけ口元を緩めた。
そして、声をかけずに教卓へ向かった。
提出物を確認し、必要な書類を鞄へしまう。
その間も、二人の小さな話し声が聞こえていた。
「……じゃあ、明日ね!」
「……うん!」
「……楽しみ!」
美奈が手を振る。
真理も、笑顔で手を振り返した。
リンは、二人の姿を見送りながら、そっと頷いた。
(……よかった)
ただ、それだけを思った。
◇
同日、午後八時四十分。
小川家。
真理は、自室の机に向かっていた。
目の前には、いつものデザインノート。
鉛筆を握り、白いページを見つめている。
「……スタイル良く見えるやつ……」
小さく呟いた。
美奈は、細身のパンツが好きだと言っていた。
脚がすっきり見えるから。
だったら、普段の好みに合わせた服を考えればいい。
真理は、鉛筆を動かした。
身体に沿うトップス。
細身のパンツ。
いつもの美奈に似合いそうな組み合わせ。
「…………」
しばらく描いてから、手を止めた。
「……何か、違う……」
別に、おかしなデザインではなかった。
美奈も、きっと嫌いではないだろう。
けれど。
真理は、ノートの上に描かれた服を見つめた。
(……これ、美奈ちゃんがいつも選んでる服と同じだ……)
わざわざ自分に頼んでくれたのだから。
何か、自分なりに考えたものを見せたい。
真理は、ページをめくった。
今度は、少し違う形を描き始めた。
まず、トップス。
上半身がすっきり見えるよう、丈を短めにする。
そして、パンツ。
最初は細く描こうとした。
しかし。
「…………」
真理は、鉛筆を止めた。
(……脚の形が見えなくても、長く見せることってできないかな……)
少し考える。
上を小さく見せれば、下のボリュームが大きくても、全体のバランスは悪くならないかもしれない。
腰の位置を高く見せれば、脚が長く見えるかもしれない。
真理は、パンツの線を引き直した。
太く。
さらに、少しだけ広く。
裾へ向かって、ゆったり落ちる形。
「……あ……」
思わず声が漏れた。
もう一度、全体を描く。
トップスとのバランスを確かめる。
ウエストの位置を調整する。
裾の幅を変える。
そして。
「…………」
真理は、鉛筆を置いた。
目の前には、一枚のデザイン画。
普段の美奈とは、少し違う服装だった。
けれど。
「……これなら……」
真理は、そっと笑った。
「……どうかな、美奈ちゃん……」
◇
翌日、五月九日、火曜日。
三年二組。
「……真理!」
美奈が、勢いよく近づいてきた。
「……どう!? 描けた!?」
「……あ、うん」
真理は、少し緊張したように頷いた。
「……一応、描いてみたんだけど……」
「……見せて見せて!」
美奈は、机の横に椅子を持ってきた。
真理が、ノートを開く。
「……こんなの、どうかな……」
そこには、コンパクトなトップスと、大きく広がったワイドパンツの組み合わせが描かれていた。
美奈は、じっとイラストを見つめた。
「…………え?」
真理の表情が、少しだけ強張った。
「……ど、どう……?」
「……真理、これ……」
美奈は、パンツの部分を指さした。
「……めっちゃ太くない?」
「……う、うん」
「……私、スタイル良く見えるやつって言ったよね?」
「……うん……」
真理は、少しだけ俯いた。
「……やっぱり、変かな……」
美奈は、すぐには答えなかった。
自分なら、こんなに太いパンツは選ばない。
脚の形が隠れてしまう。
いつもは、もっと細身のものを選んでいる。
その方が、脚がすっきり見えると思っていたからだ。
けれど。
「……いや、ちょっと待って」
美奈は、もう一度イラストを見つめた。
上半身。
短めのトップス。
身体に沿う、コンパクトな形。
その下から、大きく広がったパンツ。
「…………あれ?」
美奈が、少しだけ首を傾げた。
上と下の大きさが違う。
けれど、不思議と重たく見えない。
むしろ、上半身がすっきりして見える。
そして。
「……あっ!」
美奈が、顔を上げた。
「……これ、腰の位置が高く見えるじゃん!」
「…………!」
真理の表情が変わった。
「……う、うん!」
「……しかも、上がこんなに小さいから……」
美奈は、もう一度イラストへ目を落とす。
「……下が太くても、全体はすっきり見えるんだ!」
「……そうなの!」
真理が、思わず声を弾ませた。
「……脚の形を出さなくても、長く見えるかなって思って……!」
「……なるほどね……!」
美奈は、感心したように頷いた。
そして、もう一度イラストを見る。
「……え、待って」
「……え?」
「……これ、めっちゃ脚長く見えそうじゃん!」
「……ほ、本当?」
「……うん!」
美奈は、嬉しそうに笑った。
「……真理、これ面白い!」
「…………!」
「……私、こういうの自分じゃ選ばなかった!」
真理は、少しだけ目を見開いた。
「……よかった……」
そして、ほっとしたように笑った。
美奈は、まだイラストを眺めていた。
「……ねえ、真理」
「……何?」
「……これ、ちょっと変えてみてもいい?」
「……え?」
美奈は、ベルトの部分を指さした。
「……このベルト、もっと見えるようにしたらどう?」
「……ベルト?」
「……うん! ここに目立つのがあったら、腰の位置がもっと分かるじゃん!」
真理は、イラストを見つめた。
「……あ、そっか……」
「……でしょ?」
「……うん!」
真理は、鉛筆を取り出した。
ベルトの形を少し変える。
ウエストの位置が、よりはっきりする。
「……あ、本当だ……!」
美奈が、満足そうに笑う。
「……ね!」
そして、今度は靴を指さした。
「……あと、靴!」
「……靴?」
「……うん! ちょっと厚底にしたい!」
真理は、首を傾げた。
「……厚底……?」
「……そう! パンツの裾から、ちょっとだけ見えるくらい!」
美奈は、自分の足元を指さした。
「……そうしたら、もっと脚長く見えそうじゃない?」
「……あ……!」
真理の目が、大きくなった。
「……それ、いいかも!」
「……でしょ!?」
真理は、急いで靴の部分を描き直した。
厚めの靴底。
パンツの裾から、少しだけ見える形。
全体をもう一度見つめる。
「…………」
真理は、しばらく黙っていた。
そして。
「……美奈ちゃん、すごい……」
「……え?」
「……さっきより、ずっとよくなった……」
美奈は、少しだけ目を丸くした。
それから、笑った。
「……いや、元の服を考えたのは真理じゃん!」
「……でも、私だけだったら、ベルトも靴も思いつかなかったと思う……」
「……そっか」
美奈は、少しだけ嬉しそうに笑った。
「……じゃあ、二人で考えたってことで!」
「…………」
真理は、顔を上げた。
そして、笑った。
「……うん!」
二人は、もう一度ノートへ目を落とした。
最初に真理が描いたものより、少しだけ印象が変わっていた。
けれど、真理が考えたシルエットは、そのままだった。
そこに、美奈の着こなしの工夫が加わっている。
「……これ、絶対かわいいって!」
「……うん!」
美奈が、楽しそうに笑う。
真理も、つられるように笑った。
◇
放課後。
三年二組。
『……あれ?』
リンは、教室へ入るなり足を止めた。
窓際の机に、真理と美奈が並んで座っていた。
二人は、何やらノートを見ながら盛り上がっている。
「……やっぱり、こっちの方がいいよね!」
「……うん! 私もそう思う!」
(……また二人で何かしてる)
リンは、少しだけ笑った。
『……二人とも、まだいたんだ』
「あっ、凛ちゃん!」
美奈が、勢いよく顔を上げた。
「……見て見て!」
『……ん?』
「……真理が、私の服考えてくれたの!」
『……へえ!』
リンは、近づいた。
『……どんなの?』
「……これ!」
美奈が、ノートを差し出した。
リンが、覗き込む。
そして。
『…………え?』
動きが止まった。
コンパクトなトップス。
高く見えるウエスト位置。
大胆に広がるワイドパンツ。
腰には、少し目立つベルト。
裾から覗く、厚底の靴。
(…………えっ?)
リンは、もう一度イラストを見た。
(……これって……)
二〇二六年。
街中で。
雑誌で。
そして、SNSで。
何度も見かけた服装。
短めのトップスに、ゆったりとしたワイドパンツ。
上半身をコンパクトにまとめ、下半身にボリュームを持たせるシルエット。
(……Y2Kファッション……!?)
リンは、思わず息を呑んだ。
自分がいた二〇二六年。
かつての二〇〇〇年代を思わせるファッションが、再び流行していた。
懐かしいようで、新しい。
そんな服装が、若い女性たちの間で人気を集めていた。
そして今。
その元になった時代に、自分はいる。
目の前には、未来の流行に通じるデザインを、自分たちの感性で考えた二人の生徒がいる。
(……そっか……)
リンは、ノートを見つめた。
(……あたしが知ってる流行って、こういう時代の服が元になってるんだ……)
もちろん、この時代にもワイドパンツはある。
短めのトップスも、厚底の靴も珍しくない。
けれど。
真理と美奈は、未来でどんな服が流行るかなんて知らない。
ただ、自分たちがかわいいと思うものを考えている。
その結果が、二十六年後の自分には見慣れたファッションだった。
(……何か、すごい……)
「……凛ちゃん?」
『…………』
「……凛ちゃんってば!」
『……あっ!』
リンが、顔を上げた。
「……どうしたの? 固まっちゃって」
『……あ、いや! ちょっとびっくりして!』
「……えっ、変?」
真理が、不安そうに顔を上げた。
「……やっぱり、パンツ太すぎますか……?」
『……ううん!』
リンは、勢いよく首を横に振った。
『……全然! むしろ、すっごくかわいいと思う!』
「…………!」
真理の顔が、少しだけ明るくなった。
「……ほ、本当ですか?」
『……うん!』
リンは、もう一度イラストへ目を向けた。
『……これ、小川さんが考えたの?』
「……はい」
真理が、小さく頷く。
「……美奈ちゃんに、スタイル良く見える服がいいって言われて……」
『……へえ!』
「……それで、上と下のバランスを考えてみたんです」
リンは、感心したように頷いた。
『……すごいね』
「……いえ、そんな……」
真理が、少し照れたように笑う。
すると、美奈が口を挟んだ。
「……でもさ、凛ちゃん!」
『……ん?』
「……最初、私も変だと思ったんだよね!」
「……美奈ちゃん!」
真理が、少し慌てた。
美奈は、笑いながら続けた。
「……だって、パンツめっちゃ太いんだもん!」
『……あはは!』
「……でも、よく見たら、これの方が脚長く見えるって気づいて!」
『……なるほどね』
「……あと、ベルトと靴は私が考えたの!」
美奈は、嬉しそうに指さした。
リンは、イラストを見る。
『……あ、これ?』
「……そう!」
『……いいじゃん! 全体のバランスがすごくいい!』
「……でしょ!?」
美奈が、満足そうに笑った。
『……二人で考えたんだね』
「……うん!」
美奈が頷く。
真理も、少し照れたように笑った。
「……美奈ちゃんが色々言ってくれたから……」
「……真理が描いたからでしょ!」
二人が、顔を見合わせる。
そして、笑った。
リンは、その様子を見つめていた。
(……小川さんは、服の形を考えて……)
デザイン。
シルエット。
身体をどう見せるか。
(……片岡さんは、それをどう着たらかわいいか考えてるんだ……)
ベルト。
靴。
全体のバランス。
どちらか一人だけでは、ここまでたどり着かなかったかもしれない。
リンは、ノートへもう一度目を向けた。
(……二人とも、すごいな……)
美奈が、楽しそうに言った。
「……凛ちゃん! これ、本当に売ってたら買いたくない!?」
『……うん! 普通に買いたい!』
「……だよねー!」
美奈が、笑う。
真理も、嬉しそうに笑った。
リンは、そんな二人を見つめながら、少し不思議な気分になっていた。
二十六年前の高校生たち。
自分が当たり前だと思っていた未来の流行。
その二つが、目の前の一枚のイラストでつながっている。
けれど。
今、二人に未来のことを話す必要はない。
きっと、話しても信じてもらえないだろう。
それに。
(……これは、この二人が考えたものだもんね)
リンは、そっと笑った。
『……二人とも、いいもの作ったね』
「……ありがと!」
「……ありがとうございます!」
美奈と真理の声が重なった。
◇
しばらくして。
『……じゃあ、先生は職員室に戻るね』
「……はーい!」
「……失礼します」
リンが教室を出ていく。
美奈と真理は、もう一度ノートへ目を落とした。
「…………」
美奈は、しばらく黙っていた。
真理が、首を傾げる。
「……美奈ちゃん?」
「……ねえ、真理」
「……何?」
美奈は、イラストを指さした。
「……これ、絵だけで終わらせるの、もったいなくない?」
「…………え?」
真理が、目を丸くした。
「……だってさ」
美奈は、楽しそうに笑った。
「……こんなにかわいいんだよ?」
「……うん……」
「……私、本当に着てみたいなって思った」
「…………」
真理は、イラストを見つめた。
自分が描いた服。
美奈が気に入ってくれた服。
けれど、まだ紙の上にしか存在しない。
「……でも、私……」
「……ん?」
「……服を作ったことなんて、ないよ……?」
美奈は、少し考えた。
そして。
「……だったら、どうやったら作れるか考えてみようよ!」
「…………え?」
「……だって、せっかくここまで考えたんだし!」
美奈は、ノートを指さした。
「……こういうのって、型紙とかいるんだよね?」
「……う、うん。多分……」
「……じゃあ、そういうの調べてみよ!」
「……でも、生地とかも必要だし……」
「……それも見に行けばいいじゃん!」
「…………」
真理は、思わず美奈を見た。
美奈は、当たり前のように言っている。
まるで、できない理由なんてないかのように。
けれど、真理には分かっていた。
服を作るのは、簡単ではない。
イラストを描くのとは違う。
寸法を測って。
布を切って。
縫い合わせて。
思ったとおりの形にできるかも分からない。
それでも。
「……美奈ちゃん」
「……ん?」
「……本当に、着てみたい?」
美奈は、少し驚いたように真理を見た。
そして、笑った。
「……うん!」
迷いのない返事だった。
「……めっちゃ着てみたい!」
「…………」
真理は、ノートを見つめた。
今までは、描いているだけで楽しかった。
頭の中にある服を、紙の上に形にする。
それだけで、十分だった。
けれど。
もし、この服を本当に作れたら。
もし、美奈が着てくれたら。
真理は、そっと指先でイラストをなぞった。
そして、小さく笑った。
「……ちょっと、やってみたいかも」
「…………!」
美奈の顔が、ぱっと明るくなった。
「……じゃあ、決まり!」
「……えっ、もう!?」
「……うん!」
美奈は、楽しそうに笑った。
「……まずは、どうやって作るか調べよう!」
「……う、うん!」
真理も、笑った。
まだ、何も分からない。
本当に作れるかどうかも、分からない。
けれど。
少しだけ、楽しみだった。
美奈が、自分の考えた服を着てくれること。
自分の頭の中にしかなかったものが、誰かの毎日の中に入っていくこと。
そんな未来を、初めて想像した。
「……ねえ、美奈ちゃん」
「……何?」
「……もし、ちゃんと作れたら……」
「……うん?」
真理は、少しだけ照れたように笑った。
「……最初に、美奈ちゃんに着てほしいな」
美奈は、目を丸くした。
そして。
「……当たり前じゃん!」
満面の笑みを浮かべた。
「……私のために考えてくれたんでしょ?」
「……うん」
「……じゃあ、絶対私が最初!」
真理は、思わず笑った。
「……ふふ。うん!」
二人は、顔を見合わせた。
そして、もう一度ノートへ目を落とす。
そこに描かれているのは、まだ一枚のイラスト。
けれど、その一枚は、二人にとって少し特別なものになり始めていた。
真理は、鉛筆を手に取った。
美奈が、その隣から覗き込む。
「……ねえ、真理。ここの色、もうちょっと変えたらどう?」
「……あ、そこはね……」
真理が、楽しそうに答える。
美奈も、笑顔で頷いた。
放課後の教室。
窓から差し込む夕方の光の中で。
二人は、まだ見ぬ一着の服について、いつまでも話していた。




