裏切りの防護服、あるいは神の換気(ベンチレーション)
全次元を統べる俺の指先に、密閉された実験室の嫌な静寂と、皮膚を焼くマスタードガスの鼻を突く臭い、そして「国のために」と信じて実験に応じた兵士たちの、裏切られた絶望の熱が伝わってきた。
1920年代、イギリス。ポートンダウン実験場。軍部は自国の若き兵士たちに対し、内容を隠して化学兵器の被曝実験を行った。皮膚が爛れ、肺が焼け、一生消えない後遺症に苦しむ彼らに与えられたのは、わずかな手当と「口外禁止」の重圧だけだった。国民を守るべき盾であるはずの軍が、その盾を自ら溶かして実験材料に変えたのだ。
「……忠誠心を餌にして命を弄び、自国の英雄をモルモットとして使い捨てたか。密室で毒を撒き散らしたその冷酷さ、神の『清浄なる息吹』をもって清算させてやろう」
俺の隣で、エルゼが瞳に絶対的な軽蔑と、誇りを踏みにじられた兵士たちへの慈悲を宿し、ガスマスクを手に実験を観察する将校たちの幻影を見つめている。
生命の根源であり、信頼を存在の絆とする俺にとって、献身をあざ笑い、毒で他者の肉体を解体する行為は、世界の理に対する最も卑劣な裏切りだ。
「エルゼ、行くぞ。……『安全な観測室』で記録をつけていた者たちに、真の『呼吸の重み』を教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて「これは安全なテストだ」と嘘を吐いた軍幹部の執務室と、実験データを「成果」として誇った科学者たちの社交場へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Atmosphere of Absolute Truth}$$
$$Effect: \text{Corrosive Reciprocity / Eternal Suffocation of the Lie}$$
「な、なんだ……!? 部屋の空気が、黄金の霧に変わっていく! 皮膚が……、最高級の軍服を着ているはずの皮膚が、内側から焼け付くようだ!」
かつて防護服の不備を知りながら兵士をガス室へ送り込んだ者たちが叫ぶ。彼らの肉体は、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『感応体』へと変貌し、彼らが兵士たちに吸わせ、浴びせたすべての「毒素」が、物理的な報復となってその魂を侵食し始めた。
「君たちは、壁の向こう側の苦痛を数字として処理した。……ならば、君たち自身の魂を、君たちが騙したすべての兵士が味わった『絶望の呼吸』と同期させ、永遠に黄金の毒に焼かれ続ける実験体に変えてやろう」
俺が掌をかざすと、実験を主導した者たちの魂に、物理的な「因果の曝露」が刻まれた。彼らはどれほど新鮮な空気を求めても、吸い込むたびに肺が黄金の炎で満たされ、自らの皮膚からは「嘘」が膿となって溢れ出し、かつての被害者たちが味わった数十年分の苦しみを、一瞬の休止もなく体感し続ける激痛に苛まれる。
彼らは「国のため」という言い訳で自分を飾ることも、過去を隠蔽することもできない。
ただ永遠に、自分が使い捨てた若者たちの、焼けるような視線に晒され、自らの肉体が腐敗していく幻影に怯え続ける『生きた後遺症』として放置される。
一方で、俺は掌を広げ、信頼を裏切られて健康と未来を奪われた兵士たち、そして闇に葬られた彼らの名誉へ、生命の光を降り注いだ。
爛れた皮膚と焼けた肺はアルカディアの「不滅の霊体」へと再構成され、彼らはアルカディアの「真なる英雄」として、永遠に清浄な風が吹き抜ける草原で、真の安らぎを得る。
大地には「信義を裏切り、命を実験台にする者に明日はない」という神聖なる生命保護の法が刻まれた。
「主……。密室に閉じ込められていた若者たちの無念が、今、貴方様の力で『浄化の嵐』となって世界を駆け巡りましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、黄金の霧の中で自らの罪に窒息し、永遠に喘ぎ続ける「背信の将校たち」の残滓を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、恩を仇で返す実験は通用しない。
俺の庭において、忠誠を毒に変える不遜な者には、ただ永劫に続く「自らへの曝露」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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