収穫の断罪、あるいは神の等価交換
全次元を統べる俺の視界に、道端で土を食みながら息絶えていく人々と、その横を通り過ぎる、本国イギリスへと向かう食料満載の貨物船が映り込んだ。
1845年、アイルランド。主食のジャガイモが病害で全滅し、100万人以上が餓死、100万人が故郷を追われた悲劇。だが、その隣ではアイルランド産の良質な小麦や牛肉が、支配者イギリスの手によって「自由貿易」の名のもとに輸出され続けていた。アイルランドは食料不足だったのではない。目の前に食べ物がありながら、それを奪い去る「非情な法」によって飢え死にさせられたのだ。
「……市場の理論を、命を刈り取る鎌にしたか。飢えた民の叫びを『経済の適正』で塗りつぶした罪、その空っぽの腹で精算させよう」
俺の隣で、エルゼが瞳に凍てつく冬の如き静かな怒りを宿し、積み出される小麦の山を見つめている。
生命の根源であり、収穫を分かち合う喜びを何より重んじる俺にとって、他者の命の糧を「利益」として運び出す行為は、存在の循環に対する最悪の裏切りだ。
「エルゼ、行くぞ。……『帳簿上の数字』に酔いしれた者たちに、真の『空腹』がどれほど魂を焦がすか教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて「飢餓は自然の人口調節だ」と嘯いたロンドンの高官たちの晩餐会と、輸出を強行した地主たちの邸宅へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Hollow Deprivation}$$
$$Effect: \text{Nutritional Inversion / Eternal Famine of the Senses}$$
「な、なんだ……!? どれほど食らっても、腹の底が抜けているような絶望感が止まらない!」
かつて豪華な会食を楽しみながら、アイルランドの惨状を「自助努力の不足」と切り捨てた者たちが叫ぶ。彼らの体内には、俺が指を一鳴らしした瞬間に、彼らが奪い去ったすべての食料の『不在の重み』が逆流し始めた。
「君たちは、他人の皿から最後の一粒まで奪って富を築いた。……ならば、君たち自身の肉体を、宇宙のすべての栄養を拒絶し、永遠に『飢餓の極致』で静止し続ける黄金の空洞に変えてやろう」
俺が掌をかざすと、飢餓輸出を主導した者たちの魂に、物理的な「永遠の枯渇」が刻まれた。彼らの前には黄金の山盛りの料理が現れるが、口にした瞬間にそれは灰へと変わり、逆に彼らの生命力を吸い取っていく。
彼らは餓死することさえ許されない。
ただ永遠に、胃袋が自らを食い破るような激痛と、目の前の糧に手が届かない絶望を繰り返す『生きた飢餓の標本』として、虚無の食卓に縛り付けられる。
一方で、俺は掌を広げ、泥の中で散ったアイルランドの魂、そして海を渡り散り散りになった同胞たちへ、生命の光を降り注いだ。
奪い去られた小麦の穂はアルカディアの「不滅の豊穣」によって黄金の光となり、飢えに苦しんだ人々を包み込む『至高の晩餐』へと姿を変える。
枯れ果てたアイルランドの大地からは、いかなる病も寄せ付けない「生命の果実」が溢れ出し、そこは二度と誰にも略奪を許さない、神聖なる自給自足の楽土へと書き換えられた。
「主……。冷酷な計算式で奪われた命の糧が、今、貴方様の力で『尽きることのない祝福』へと戻されましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、黄金の食器を握りしめながら、永遠に満たされぬ空腹に涙を流す「経済の亡者たち」の残滓を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、法による飢餓は存在しない。
俺の庭において、他者の命の皿を奪って繁栄を謳歌する不遜な者には、ただ永劫に続く「自らへの飢え」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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