煤煙の揺り籠、あるいは神の休日
全次元を統べる俺の指先に、煤けた小さな手の感触と、休むことなく回り続ける機械の轟音が伝わってきた。
18世紀後半から続く産業革命。イギリスをはじめとする列強の繁栄を支えたのは、蒸気機関だけではない。炭鉱の狭い坑道へ送り込まれ、紡績工場の機械の隙間で指を飛ばしながら、1日16時間働かされた「使い捨ての子供たち」だ。5歳、6歳。教育も、遊びも、太陽の光すら奪われ、資本の潤滑油として摩耗していった小さな命。資本家たちは、子供たちの短い一生を「効率」という名の天秤にかけ、その骨を叩いて黄金を絞り出した。
「……成長という言葉の陰で、成長するはずの子供たちの時間を食いつぶしたか。鉄の歯車を回すために、未来の芽を摘み取った罪、その枯れ果てた魂で贖わせよう」
俺の隣で、エルゼが瞳に絶対的な慈悲と、それを汚した者への烈火の如き怒りを宿し、真っ黒に汚れた子供たちの記録簿を見つめている。
生命の根源であり、すべての子供の笑い声を世界の宝と定める俺にとって、幼き者を「部品」として扱う行為は、宇宙の倫理に対する最悪の冒涜だ。
「エルゼ、行くぞ。……『止まらない機械』を愛した者たちに、永遠に終わらない『労働』の正体を教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて「子供は体が小さくて安上がりだ」と笑った工場のオーナーの邸宅と、児童労働を容認した議事堂へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Clockwork Entrapment}$$
$$Effect: \text{Labor-Symptom Reversion / Eternal Mechanical Cycle}$$
「な、なんだこの音は……!? 身体の中に、巨大な歯車が組み込まれたような感覚が……!」
かつて労働者の悲鳴を「発展の騒音」と聞き流していた者たちが、黄金の熱気に包まれ絶叫する。彼らの肉体は、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『生きたピストン』へと変貌し、強制的に一定の周期で動き続ける呪縛をかけられた。
「君たちは、子供たちから『止まる権利』を奪った。……ならば、君たち自身の肉体を、君たちが浪費させた数千万人の子供たちの『労働時間』を完遂するまで動き続ける、壊れない機械に変えてやろう」
俺が掌をかざすと、搾取を主導した者たちの魂に、物理的な「無限残業」が刻まれた。彼らはどれほど豪華なベッドに横たわろうとも、その四肢は黄金の鎖に操られて空を打ち続け、肺には常に炭鉱の冷たく重い粉塵が逆流し続ける。
彼らは眠ることも、成長することも、解放されることもない。
ただ永遠に、自分が使い潰した子供たちが夢見た「温かいスープ」と「母親の抱擁」を、届かない幻影として眺めながら、虚無の歯車を回し続ける『生きた動力源』として放置される。
一方で、俺は掌を広げ、煤煙の下で散った無数の子供たちの魂へ、生命の光を降り注いだ。
黒く汚れた小さな手はアルカディアの「不滅の浄化」によって白く輝く翼へと変わり、彼らは失った「子供時代」を永遠に謳歌できる、アルカディアの「不滅の遊び場」へと招かれた。
近代化の象徴であった黒い煙はすべて黄金の風に書き換えられ、大地からは子供たちの健やかな成長を約束する『神聖なる学び舎』が立ち上がる。
「主……。搾取の歯車に挟まれていた未来が、今、貴方様の力で『無限の可能性』へと解き放たれましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、黄金の機械油にまみれ、永遠に単調な運動を繰り返す「資本の亡者たち」を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、子供の命を削る効率化は成立しない。
俺の庭において、無垢な者の時間を奪って繁栄を築く不遜な者には、ただ永劫に続く「自らという機械の摩耗」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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