凍てつく収穫、あるいは神の断食
全次元を統べる俺の指先に、一粒の麦さえ残されていない空の穀倉と、凍った土を掘る人々の指の感覚が伝わってきた。
1932年、ウクライナ。ホロドモール。肥沃な大地から収穫された麦は、独裁者のノルマ達成のためにすべて奪い去られた。村々は封鎖され、飢えた民が逃げることさえ禁じられた地獄。だが、真の絶望はその先にあった。モスクワに滞在するニューヨーク・タイムズの記者らは、豪華な晩餐を楽しみながら「飢餓はない」と世界に嘘を吐き、独裁者の虐殺を隠蔽したのだ。
「……麦を奪い、さらに『声』まで奪ったか。ペンを凶器に変えて、死者の山を紙面で塗りつぶした罪、その胃袋で贖わせよう」
俺の隣で、エルゼが瞳に絶対的な零度の怒りを宿し、その捏造された新聞記事を見つめている。
生命の根源である俺にとって、飢えという極限の苦しみを「政治的妥協」で無視し、存在しなかったことにする行為は、存在そのものへの冒涜だ。
「エルゼ、行くぞ。……『飢えは存在しない』と書いた者たちに、真実の重さを食らわせてやる」
俺は時空を穿ち、冷酷な徴収命令を出したクレムリンの執務室と、虚偽の記事でプリーツァー賞を得た記者の晩餐会場へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Table of Erasure}$$
$$Effect: \text{Nutrient Inversion / Eternal Famine of Truth}$$
「な、なんだこの黄金の雪は……!? 豪華な肉が、口に入れた瞬間に灰に変わるぞ!」
かつて死者の叫びを無視して美酒に酔っていた者たちが叫ぶ。彼らの目の前に並ぶ贅沢な料理は、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『虚無』へと変貌した。
「君たちは、数百万人の胃袋が空であることを『否定』した。……ならば、君たちの身体から『満腹』という概念を永遠に消去してやろう」
俺が掌をかざすと、虐殺を主導した者と隠蔽に加担した者たちの肉体に、物理的な「拒絶」が刻まれた。彼らはどれほど高級な食事を詰め込んでも、その栄養はすべて黄金の光となって彼らの体から漏れ出し、飢えたウクライナの大地へと転送される。
彼らは死ぬことも、空腹を癒やすこともできない。
ただ永遠に、自分が「存在しない」と言い切った餓死者たちの、胃を掻きむしるような苦痛を自らの神経で再生し続ける『生きた虚報』として、凍土に繋がれる。
一方で、俺は掌を広げ、ホロドモールで散った数百万の魂、そして略奪されたウクライナの黒土へ、生命の光を降り注いだ。
凍てついた大地からは、季節を無視してアルカディアの「不滅の黄金麦」が芽吹き、飢えに苦しんだ魂たちは、その麦の香りに包まれて、豊かな実りが約束されたアルカディアの「永遠の食卓」へと招かれた。
隠蔽された真実を記した新聞紙は、すべてが犠牲者への鎮魂歌へと書き換えられ、世界中にその罪が黄金の文字で正しく刻み直された。
「主……。冷酷な沈黙に葬られた命が、今、貴方様の力で『不滅の収穫』として蘇りましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、黄金の灰を食らいながら永遠の飢えに絶叫する「隠蔽者たち」を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、紙の上の嘘は通用しない。
俺の庭において、他者の飢餓を無視し、保身のために沈黙する不遜な者には、ただ永劫に続く「真実の飢え」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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