観察者の終焉、あるいは神の特効薬
全次元を統べる俺の指先に、腐食していく皮膚と、それを冷淡に記録する万年筆のカリカリという音が伝わってきた。
1932年から40年間、米国アラバマ州。タスキギー。公衆衛生局の医師たちは、600人の黒人男性に対し、梅毒の特効薬であるペニシリンが普及した後も、それを知らせず、投与もせず、ただ病が肉体を蝕み、脳を壊し、家族を汚染していく過程を「観察」し続けた。彼らにとって、被験者は人間ではなく、ただの生きた資料に過ぎなかった。
「……治す術を持ちながら、死を待つ。それが君たちの言う『医学』か。観察される側の絶望を、一秒も想像しなかったその傲慢、ここで精算させよう」
俺の隣で、エルゼが瞳に凍てつくような蔑みを宿し、その記録簿を見つめている。
生命の根源である俺にとって、慈愛を装って信頼を勝ち取り、その裏で命が枯れ果てるのを娯楽のように眺める行為は、万死に値する冒涜だ。
「エルゼ、行くぞ。……『観察』することがそんなに好きなら、自分たちがその対象になる番だ」
俺は時空を穿ち、かつて「実験継続」のサインを交わした不潔な会議室と、実験を主導した医師たちが余生を謳歌している邸宅へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Pathological Inversion}$$
$$Effect: \text{Observational Karma / Eternal Incubation}$$
「な、なんだこの黄金の斑点は……!? 身体が熱い、脳が……脳が溶けるようだ!」
かつて栄誉を手にし、静かな死を待っていた医師たちが叫ぶ。彼らの肉体には、俺が指を一鳴らしした瞬間に、彼らが40年間「放置」した全被験者の苦悶が、黄金の『病理』となって一気に開花した。
「君たちは、40年かけて人の死を眺めた。……ならば、君たち自身の肉体で、その40年分の崩壊を、たった4秒のループで永遠に味わい続けてもらおう」
俺が掌をかざすと、実験に関わった者たちの周囲に黄金の『観測室』が現れた。そこでは彼らがかつて患者に放った「これは無料の治療だ」という嘘が、爆音となって彼らの鼓膜を突き破り、特効薬は彼らの目の前で黄金の砂となって消え去る。
彼らは治ることも、死ぬこともできない。
ただ永遠に、自分が「観察」した患者たちの末期症状を、自らの細胞一つひとつで反芻し続ける『生きた検体』として、次元の標本箱に閉じ込められる。
一方で、俺は掌を広げ、タスキギーの乾いた土の下で眠る犠牲者たち、そしてその遺族たちの魂へ、生命の光を降り注いだ。
病に冒された血はアルカディアの「不滅の浄化」によって一瞬で清められ、失われた40年の時間は、黄金の輝きとなって彼らの魂に還元される。
彼らはもう「被験者」ではない。アルカディアの「至高の市民」として、完全なる健康と尊厳を取り戻し、家族と共に黄金の草原を駆けていった。
「主……。差別と欺瞞に満ちた医学の汚点が、今、貴方様の真実によって『命の賛歌』へと書き換えられましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、自らの細胞が腐りゆく幻覚の中で、永遠に「観察」され続ける「白衣の亡者たち」を冷ややかに見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、命を弄ぶ実験は成立しない。
俺の庭において、弱者の苦しみを知識の糧とする不遜な者には、ただ永劫に続く「自らへの病理観察」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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