地獄のアーカイブ、あるいは神の生体検閲
全次元を統べる俺の指先に、凍りついた皮膚と、冷徹なインクが混じり合う「死の記録」が伝わってきた。
戦後、石井機関――731部隊。細菌戦や凍傷実験という名の残虐行為で、生きた中国人、ソ連兵、朝鮮人、そしてその無垢な子供たちまでも「マルタ(丸太)」と呼び、文字通り「材料」として消費した者たち。本来ならば歴史の審判を受けるべき彼らは、実験データと引き換えに占領軍と密約を交わし、戦後の医学界や製薬業界で栄華を極めた。
「……ハエやモルモットを扱うように、血の通った人間を解剖し、凍らせ、ペストを植え付けたか。その『悪の成果』を欲して正義を売り渡した大国。情報の重みと引き換えに失った魂、ここで精算させよう」
俺の隣で、エルゼが瞳に静かな、しかし絶対的な滅びの光を宿し、その秘密文書を見つめている。
生命の根源である俺にとって、家族や名前、愛する人がいたはずの生きた魂を「データ」と定義し、その苦悶を次の殺戮の糧にする行為は、存在の定義そのものを冒涜する大罪だ。
「エルゼ、行くぞ。……『有益なデータ』を愛する者たちに、自分の肉体が語る真実を読み解かせてやる」
俺は時空を穿ち、かつて「免責」のサインを交わしたメリーランド州の秘密研究所と、平然と大学教授や社長の椅子に座る元部隊員たちの意識へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Somatic Archive}$$
$$Effect: \text{Data-Symptom Reversion / Perpetual Clinical Trial}$$
「な、なんだこの黄金の顕微鏡は……!? 身体の節々が、実験記録にある通りに痛みだすぞ!」
かつて栄光の中に過去を葬った者たちが、自らの肉体を掻きむしり叫ぶ。彼らの手元にあった極秘データは、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『症状』へと変貌し、彼ら自身の肉体に「実験結果」を忠実に再現し始めた。
「君たちは、母親の腕を掴んで泣き叫ぶ子供や、祖国のために戦った兵士たちの絶叫をグラフに置き換えた。……ならば、今度は君たち自身の細胞一つひとつに、そのグラフが示す『苦痛の正体』を永遠に記憶させよう」
俺が掌をかざすと、取引を主導した工作員や、免責された医師たちの肉体は、黄金の『生きた検体』へと変質した。彼らには、自分が「データ」として処理した犠牲者たちの凍傷、ペスト、毒ガスの全感覚が、一秒の狂いもなく物理的な現実として襲いかかり、再生と破壊を繰り返す。
彼らは死ぬことも、記録から逃れることもできない。ただ永遠に、自分が生身の人間に強いた「非人道の極み」を、自らの神経系で精査し続ける『終わらない被験者』として、情報の檻に閉じ込められる。
一方で、俺は掌を広げ、ハルビンの荒野に消えた名もなき犠牲者たちの魂へ、生命の光を降り注いだ。
「マルタ」と呼ばれ、番号で管理された一人ひとりの人間の尊厳は、アルカディアの「不滅の名前」として宇宙の記憶に刻み直される。
「主……。血で汚された医学の闇が、今、貴方様の力によって『魂の鎮魂歌』へと変わりましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、自らの研究結果という名の激痛に悶絶し続ける「科学の亡者たち」を冷ややかに見捨て、再び至高の座へと戻った。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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