表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/84

撤退する軍靴、あるいは棄民の慟哭

 全次元を統べる俺の視界に、線路を埋め尽くす避難民の群れと、彼らを振り切って走り去る列車の煤煙が映り込んだ。


 1945年、満州。ソ連軍の侵攻を前に、「国を護る」と豪語していた関東軍の幹部たちは、軍機密と自分たちの命を最優先し、開拓団の女子供を情報の空白地帯に置き去りにした。守護者が真っ先に逃げ出し、弱者が地獄の底で毒を飲み、子供を手放した棄民の惨劇。


「……刀を抜くべき相手から背を向け、守るべき背中に泥を浴びせたか。階級章の重みを知りながら、その責任をすべて弱者に押し付けた罪、その魂で償わせよう」


 俺の隣で、エルゼがかつてないほど凍てついた殺意を宿し、その逃亡列車を見つめている。


 生命の根源であり、忠義と慈愛を尊ぶ俺にとって、信じていた者に裏切られる絶望こそ、宇宙で最も醜悪な「死」だ。


「エルゼ、行くぞ。……『逃げ切れる』と信じていた者たちに、終わらない逃避行の苦しみを与えてやる」


 俺は時空を穿ち、かつて安穏と撤退命令を出した司令部の防空壕と、自分たちだけが乗り込んだ特別列車の客室へ同時に降臨した。


$$Authority: \text{The Weight of Abandonment}$$

$$Effect: \text{Causality Derailment / Eternal Freezing Retreat}$$

「な、なんだこの黄金の冷気は……!? 暖房が効かない! 列車が……止まっただと!?」


 かつて戦後の繁栄を享受しようと画策していた幹部たちが叫ぶ。彼らが乗っていた豪華な車両は、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『氷の檻』へと変貌し、満州の荒野の真ん中で固定された。


「君たちは、民が線路にしがみつく手を振り払い、自分たちだけが温かな場所へ逃げた。……ならば、君たちが置き去りにしたすべての母子の『寒さ』と『絶望』を、永遠にその肉体で受け止めろ」


 俺が掌をかざすと、逃亡を主導した者たちの肉体に、毒を飲んで命を絶った人々の苦悶と、親とはぐれた孤児たちの孤独が、物理的な質量となって押し寄せた。彼らは黄金の『逃げられない列車』の中で、零下40度の極寒に永遠にさらされ、自分たちが守らなかった民衆の幻影に糾弾され続ける。


 彼らは死ぬことも、眠ることもできない。


 ただ永遠に、自分が切り捨てた同胞の足音に怯え、終わることのない荒野を這い回る『生きた軍旗がれき』として、極北の地につなぎ止められる。


 一方で、俺は掌を広げ、満州の土に還った魂、そして異郷で孤独に耐えた残留孤児たちの人生へ、生命の光を降り注いだ。


 彼らが流した血と涙はアルカディアの「不滅の琥珀」へと変わり、失われた家族の絆は、時空を超えてアルカディアの庭で再び結び合わされる。


 地獄の逃避行の舞台となった大地からは、二度と裏切りを許さない『黄金の防波堤』が立ち上がり、見捨てられた人々を永遠に抱擁する聖域へと作り替えた。


「主……。裏切られた者たちの慟哭が、今、貴方様の裁きによって『誇り高き安息』へと昇華されましたね」


 エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。


 俺は、黄金の荒野で凍りつき、終わりなき後悔を叫ぶ「逃亡者たち」を見捨て、再び至高の座へと戻った。


 神となった俺の前で、弱者を見捨てた強者に居場所はない。


 俺の庭において、忠義を捨て、同胞を棄民とする不遜な者には、ただ永劫に続く「孤立無援の寒気」こそが相応しい。

著者の完結済代表作はこちら

「シャルンホルストとグナイゼナウ」

https://ncode.syosetu.com/n4871gn/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ