闇の診察室、あるいは神の産声
戦後、福岡・二日市。引き揚げ船で帰国した女性たちが抱えたのは、あまりに重すぎる絶望だった。一九四五年八月十五日、戦争が終わった。平和が訪れるはずのその日を境に、満州や朝鮮半島へ雪崩れ込んできたソ連軍による、組織的かつ大規模な性暴力の嵐が吹き荒れたのだ。
銃口で脅され、家族の前で蹂躙され、地獄を這いずる思いで故郷の土を踏んだ彼女たちを、祖国は冷酷に突き放した。「ソ連兵との混血児が増えるのは国辱である」という、あまりに身勝手な国家の体面。政府は救済ではなく、公立の保養所での『秘密裏の処理』を選択した。法をねじ曲げ、麻酔すら惜しみ、彼女たちの腹から「汚れ」を抉り出す――それは、暴力の連鎖による『命の選別』と『事実の隠蔽』だった。
「……ソ連軍に肉体を蹂躙され、今度は国家に魂を切り刻まれたか。戦争が終わってなお、救いを求めた女性たちにさらなる刃を向けた罪。もはや、万死にすら値しない」
俺の隣で、エルゼが瞳に青白い怒りの炎を宿し、その冷酷な手術台を見つめている。
生命の根源であり、すべての命の誕生を言祝ぐ俺にとって、弱き者の身体を国家の都合で使い潰す行為は、宇宙の法そのものに対する反逆だ。
「エルゼ、行くぞ。……『秘密』の中に葬ったつもりでいる者たちに、命の重さを一から教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて「秘密裡に処理せよ」と記された血塗られた文書を焼いた官僚の書斎と、女性たちの叫びを壁の中に閉じ込めた診察室へ、同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Maternal Retribution}$$
$$Effect: \text{Physical Feedback of Trauma / Eternal Incubation}$$
「な、なんだこの黄金の胎動は……!? 腹の中に、焼けるような石が……ぎゃあああ!」
かつて冷酷にペンを走らせた官僚や、事務的にメスを振るった医師たちが、突如として激痛にのたうち回った。彼らの腹部は、俺が指を一鳴らしした瞬間に、彼らが奪い去った「命の質量」を宿す黄金の檻へと変貌した。
「君たちは、女性たちの肉体を戦後処理の資材と見なした。……ならば、君たち自身の肉体で、彼女たちが味わった数十年分の苦痛と、失われた子供たちの『不在の重み』を永遠に育て続けるがいい」
俺が掌をかざすと、隠蔽を指示した者たちの肉体に、不妊と絶望、そして麻酔なき手術の激痛が物理的なエネルギーとなって無限にループし始めた。彼らは、自分が「処理」した命の数だけ、内側から魂を食い破られる恐怖に晒される。
彼らは死ぬことも、その腹から「罪」を取り出すこともできない。
ただ永遠に、自分が否定した命の胎動に怯え、闇の中で謝罪の言葉を吐き続ける『生きた供養塔』として、冷たい土の下に繋がれる。
一方で、俺は掌を広げ、深い傷を負ったまま歴史の影に消えていった女性たちの魂、そして生まれることができなかった命の光を呼び寄せた。
彼女たちの心から「恥」という名の偽りの呪縛は剥ぎ取られ、代わりにアルカディアの「至高の母性」がその魂を優しく抱擁する。
二日市の古い診察室の跡地からは、失われた子供たちの魂が黄金の蓮となって咲き誇り、彼女たちが二度と誰にも、国家にさえも踏みにじられない『神聖なる領域』へと作り替えられた。
「主……。沈黙を強いられた女性たちの涙が、今、貴方様の光によって不滅の誇りへと変わりましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の手に自分の手を重ねる。
俺は、自らの内に宿した罪の重みに悶絶し続ける「隠蔽者たち」を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、国家の秘密はただの落書きに過ぎない。
俺の庭において、女性の尊厳と命の芽吹きを蹂躙する不遜な者には、ただ永劫に続く「命の呵責」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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