星への反逆、あるいは神の弾道計算
全次元を統べる俺の視界に、月を目指して昇る白煙のロケットと、その地下で使い潰された無数の命の屍が映り込んだ。
第二次大戦直後、ペーパークリップ作戦。アメリカはナチスの科学者たちの戦犯記録をクリップ一本で抹消し、その頭脳を自国へと「スカウト」した。V2ロケットを造るために数万の奴隷を死なせた者たちが、戦後は「アポロ計画の英雄」として栄光を浴びた記録。
「……星を夢見るために、足元の死者を踏み台にしたか。クリップ一本で消せるのは紙の上の記録だけで、魂に染み付いた血までは洗えまい」
俺の隣で、エルゼが軽蔑の眼差しをその白銀の船体に向ける。
生命の根源である俺にとって、科学の進歩という大義のために、命を文字通り「燃料」として消費する傲慢は、断じて許されぬ大罪だ。
「エルゼ、行くぞ。……『空』を目指した者たちに、真の天罰がどこから降り注ぐか教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて栄光の勲章を授与された授賞式と、その頭脳が設計した巨大ロケットの心臓部へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{Gravitational Recall}$$
$$Effect: \text{The Weight of the Fallen / Perpetual Reentry}$$
「な、なんだ!? 身体が……重い! 地面にめり込んでいくぞ!」
かつて宇宙への夢を語った老科学者たちが叫ぶ。彼らの肩にかかっていた「栄光」という名のマントは、俺が指を一鳴らしした瞬間、彼らがV2ロケット製造のために虐殺した数万人の「絶望の質量」へと変貌した。
「君たちは、重力を振り切るために他者の命を切り捨てた。……ならば、君たちが無視した重力そのものに、永遠に押し潰されるがいい」
俺が掌をかざすと、スカウトを主導した工作員や、過去を隠蔽した科学者たちの肉体から「洗浄された経歴」が剥がれ落ち、代わりに犠牲者たちが地下工場で吸わされた鉄錆と、絶望の叫びが黄金の炎となって彼らを焼き始めた。
彼らは「月」に届くことはない。
ただ永遠に、自分が打ち上げたロケットが再突入する際の、数千度の摩擦熱と強烈なGに苛まれ続ける『生きたバラスト(重石)』として、大気圏の裂け目に繋ぎ止められる。
一方で、俺は宇宙の闇に浮かぶ「月」を見上げた。
血塗られた設計図で作られたロケットの残骸は、アルカディアの「不滅の浄化」によって解体され、真に平和を愛する者だけが扱える『星の杖』へと再構築される。
地下工場で使い潰された人々には、アルカディアの最も高い枝へと続く『黄金の梯子』が用意され、彼らはもはや重力など存在しない安らぎの宙へと旅立っていった。
「主……。血で汚された宇宙への夢が、今、貴方様の力で『魂の昇華』へと書き換えられましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、自らが無視した「重み」に耐えかねて潰れていく「洗浄された戦犯たち」を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、過去はクリップ一本では隠せない。
俺の庭において、他者の犠牲の上に栄光を築く不遜な者には、ただ永劫に繰り返される「墜落」こそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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