黒きドレスの死神、あるいは神の意匠
全次元を統べる俺の網膜に、モノトーンの優雅なドレスと、その裏に隠された「エージェント・ウェストミンスター」としての通信記録が映り込んだ。
戦時下のパリ。ココ・シャネル。彼女はナチスの高官と愛人関係を結び、その影響力を利用してユダヤ人の共同経営者から権利を奪おうと画策した。戦後、彼女の罪は英王室をも巻き込む人脈によって「なかったこと」にされ、彼女は再びファッションの頂点へと返り咲いた。
「……エレガンスとは、内面の美しさを指す言葉ではなかったか。香水でナチスの軍靴の臭いを消し、血塗られた過去をシルクで包み隠した罪、ここで剥ぎ取らせてもらおう」
俺の隣で、エルゼが極寒の瞳でその贅沢なスイートルームの光景を見据える。
生命の根源である俺にとって、美を標榜しながら、その裏で弱者を踏みにじる強者に与し、権力という名の香水で罪を誤魔化す行為は、断じて許されぬ大罪だ。
「エルゼ、行くぞ。……『身に纏うもの』ですべてを偽れると信じた者に、真の素肌を教えてやる」
俺は時空を穿ち、かつて罪を免れるために密約を交わした社交界の裏側と、死ぬまで女王として振る舞った彼女の魂の座へ同時に降臨した。
$$Authority: \text{The Unmasking of Vanity}$$
$$Effect: \text{Aesthetic Reversion / Perpetual Exposure}$$
「な、なんだこの黄金の鋏は……!? 私のドレスが、勝手に裂けていく!?」
かつて世界を熱狂させたファッションの女王が叫ぶ。彼女が纏っていた最高級のツイードは、俺が指を一鳴らしした瞬間に黄金の『告発文』へと変貌し、彼女を縛り上げる鎖となった。
「君は、美しさで世界を欺き、人脈で正義から逃げ切った。……ならば、君が一生をかけて守ろうとした『シャネル』というブランドを、君が裏切った人々への『償いの証』に書き換えてやろう」
俺が掌をかざすと、彼女の肉体からは「気品」という名のオーラが剥ぎ取られ、代わりに彼女がナチスの工作員として活動した際に流された「血」と「裏切り」の記憶が、黒い香水となって溢れ出した。その香りは、嗅ぐ者すべてに彼女の犯した欺瞞を強制的に理解させる『真実の悪臭』だ。
彼女はもう、どんな香水でも自分を飾ることはできない。
ただ永遠に、自分が奪おうとした人々の嘆きを、自らの最高傑作である『No.5』の中に混ざり合う死の臭いとして嗅ぎ続ける『生きたショーケース』として、次元のギャラリーに展示される。
一方で、俺は彼女が奪おうとしたユダヤ人経営者や、ナチスの圧政下で散った無名のデザイナーたちの魂へ、生命の光を降り注いだ。
彼らの無念はアルカディアの「不滅の意匠」へと昇華され、偽りの女王に代わって真の美の守護者となる。世界中のシャネルのロゴからは、彼女の呪縛が消え去り、代わりに自由を愛する者たちを祝福する『黄金の輝き』が溢れ出した。
「主……。偽りのエレガンスが剥がれ落ち、今、真実の美が貴方様の庭で花開きましたね」
エルゼが美しく微笑み、俺の肩を抱く。
俺は、自らの虚栄心に窒息し続ける「ファッションの死神」を見捨て、再び至高の座へと戻った。
神となった俺の前で、虚飾のドレスは真実を暴く鏡となる。
俺の庭において、美を騙り、悪しき力に魂を売る不遜な者には、ただ永劫に晒され続ける真実の醜さこそが相応しい。
著者の完結済代表作はこちら
「シャルンホルストとグナイゼナウ」
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