バレました
バレました。
「……ソラくん、あの……職員会議に呼び出されたって聞いたんだけど……」
「うん、めっちゃ怒られた……あと来年度の奨学金もゼロだって言われた……」
「……それはちょっと厳しいね」
「黙ってればバレないはずだったんだけど、誰かが先生にチクったな……はあ……」
収穫の終わった元マンドラゴラ畑の傍らでリゼットと話をしていた。
先日のエイト襲撃事件のその後の話だ。詐欺師エイトをボコボコにしてみんなに背負わされた借金がチャラになってめでたしめでたしで終わるはずだった。
だけど事件から一週間後にスコット先生に呼び出され、大勢の先生たちが参加していた職員会議でこってりと絞られるはめになった。
「まあ、クラスメイトが詐欺にあっていたから助けようと思ってエイト先輩を殴りましたって言ったら同情してくれてる先生も多かったよ」
暴力沙汰を起こした俺を退学にしろという教師もいたけれど、そこまでいくと処罰が重すぎるという意見もあり、奨学金の取り消し――つまり罰金扱いということになった。実家から潤沢な仕送りがある家庭の子供ならともかく、孤児である俺には奨学金の取り消しでも十分に重い。
それに加えて、もう一つ手痛いことがあった。
「……まあ、でもこれで例の話はおしまいね。残念だわ」
「俺も残念だよ。ごめん、折角お願いしていたのに」
「気にしないでいいわ。仲介料は貰ってるもの。でも今後は……。ごめんなさい」
「うん、わかってる。それじゃ」
「ええ。さようなら、ソラ」
リゼットが少しだけ名残惜しそうにしながら錬金術学科の寮へ戻っていった。もう彼女と取引をすることはないだろう。【暴力事件を起こした俺】と【貴族のお嬢様に仕えている彼女】が接点を持つことは許されない。
「……あーあ、折角いろいろ頼んでおいたのにそれも全部パアか」
実はエイトをぶん殴る前にリゼットに連絡を取って頼みごとをしていた。冬の間にクラスメイトたちに紹介できる仕事がないか聞いていた。
エイトの持ち込んできた魔草の栽培のアルバイトを怪しいと睨んでいたので、それと同じような仕事がお嬢様の地元でもないのか聞いてみた。そうしたら思いがけず色よい返事が返ってきた。
リゼットが仕えているお嬢様が錬金術の練習に使う薬草類――つまり魔草を栽培してくれるなら、冬の間住み込みで働かせてもいい、という話だった。
賃金とか労働条件も確認したけどかなり割のいい仕事だったし、この仕事があればエイトの持ってくる仕事を受ける必要がない。そう思ったからエイト相手に強気に出られた。
「エイトを殴って借金チャラにしても来年度の分の学費を稼ぐ必要があるから、どっちにしろ冬の間のアルバイトは探す必要があったんだけどな……」
そういうわけで、シドたちの為に用意しておいたアルバイトの紹介もリゼットと没交渉になったので不可能になってしまった。後は学生ギルドかどこかで各自仕事を探してもらうことになるだろう。
「あとでみんなに謝っておかないと……まあ、仕方ないか。バレちゃったなら大人しく怒られよう」
教師にバレなかったら順調に話がまとまる予定だったのに、なかなか上手くいかないもんだ。誰がチクったんだろうな……。
◆◆◆
スコットは怒りに震えていた。
「いやあ、生徒は教師に似ると言いますが本当でしたねえ」
職員会議が終わった後、わざわざ話しかけてきた教師の言葉に思わず手が出そうになった。それほどの屈辱だった。
スコットの家が魔石スライム詐欺にあって没落したのは有名で、そんな詐欺に引っかかった教師も生徒も愚か者だと笑われても仕方なかった。
「スコット先生が生徒たちにきちんと指導していたらこんな事件は起きなったでしょうにねえ」
「……犯罪の知識をいたずらに広めることは、犯罪を助長することになりかねません」
「そう言って生徒に教えることを放棄するからこんな事件が起こるんですよ。付き合わされるこっちの身になってほしいですねえ」
「ぐっ……」
スコットの言っていることも間違いではない。
詐欺から身を守る知識を悪用すれば何も知らない人間を騙すことができる。だからいたずらに詐欺の知識を広めるべきではない、という論だ。何もおかしいことはない。
だが、スコットの本心は別である。彼はただ単に自分の恥を晒したくないだけだった。自分の家が、自分の父が、そして自分自身がこんなしょうもない詐欺にあい、没落したという事実を認めるのが嫌で嫌で仕方なかった。魔石スライム詐欺そのものをなかったことにしたかった。
だから生徒には何も教えなかった。詳しい方法だけではなく、魔石スライムを利用した詐欺が存在したというたった一言すら生徒たちには教えなかった。
その結果が学園の生徒により魔石スライム詐欺の発覚と、大量の詐欺被害者の存在である。こんな事件の後処理に巻き込まれた他の教師がスコットに嫌味を言いたくなるのも当然だった。
「……それに例の主犯の生徒ですがねえ、いささか罰が過剰過ぎるんじゃないですかねえ」
「許されざることをしたのです。罪には相応しい罰を与えるべきです」
「この学園は生徒を罰する場所ではなく、生徒を教育する為の機関なんですがね」
「あのような行いをする生徒には無意味でしょう」
先ほどの職員会議で決定された結果について、やり過ぎではないかという声が多かった。だが、スコットが頑として譲らず、さらに裏から手回しをした。
その結果、詐欺を行っていた主犯であるエイトという生徒は学園を退学になった。
――魔法学園は国営の教育機関である。その基本理念は国家の利益となる人材を育成することだ。だが、同時に魔力を有する人間を、魔法という危険な技術を学んだ人間を管理して監視するための機関でもある。
その為に滅多なことではな退学処分は下されることがない。魔法学園を退学になるということは【更生不可能】と判断されたという意味になる。十二歳の少年を更生不可能と断じるのは全うな教師の感覚からしたら異常である。
だが、スコットは職員会議が始まる前にエイトと取引していた貴族に情報を流していた。
貴族や商会は学園に多額の寄付金を行っている。学園の卒業生たちが国家の機関ではなく、貴族家や商会に就職することも決して珍しくない。
今回もそれと同じだ。多額の寄付金を学園に送りつけ、エイトの退学処分と身柄の引き渡しを要求した。魔法学園の卒業生ではなく、犯罪奴隷にとして安くこき使う為に圧力をかけたのである。
その結果、学園は貴族からの要望に応えてエイトを退学にし、エイトは犯罪奴隷としてそのまま貴族の領地に連れていかれた。
シドたちを借金で縛り付けて奴隷のようにこき使おうと思っていたエイトは、本人が奴隷となってこき使われる立場になったのである。因果応報と言えるかもしれないが、多くの教師はこの結果に眉をひそめていた。
「他の生徒たちもそうですが、罰が重すぎると思いますねえ」
「私は軽すぎたと思っております」
スコットに絡んでいた教師は、エイトの処分を主導したのがスコットだと知っていた。魔石スライム詐欺を行った相手を破滅させてやるというスコットの執念を感じていた。
それにエイトだけではない。スコットはソラにも退学処分を与えるべきだと言っていた。
自分の言うことを聞かない身分の卑しい孤児であること。スコットより先に詐欺師を見つけていたのに隠そうとしたこと。存在そのものが気に入らなかった。
ソラが暴力を振るったことを殊更強調し、普段の授業から教師に対して反抗的であると主張し、ソラは更生不可能などうしようもない生徒であると退学処分を求めたのだ。
「スコット先生は教師としての自覚が薄いようですねえ」
「……」
嫌味な同僚の言葉にスコットは何も言い返さない。実際にスコットは教師の仕事が嫌いだったからだ。こんな仕事に就きたくなかったが、他の就職先がなかったのだ。
もしもスコットが教師として真っ当な使命感を抱いていたなら、ソラにも違った対応をしていただろう。
最初にスコットの指示に従わずにスライムに大量の魔力を与えていることに気がついたとき、すぐにソラを呼び出して叱りつけたはずだ。
そしてマンドラゴラの栽培で失敗しそうになった時にちゃんと正しい栽培方法を指示し、導こうとしたはずだ。
だが、実際にはソラが勝手な行動をしても注意することなく見て見ぬふりを決め込み、マンドラゴラの栽培に失敗すればそれ見たことか、とほくそ笑む。
そして質問に来たソラが何故教えてくれなかったのかと聞いたところで貯め込んだ怒りをぶちまけ、ソラを虐める為に職権乱用した自分の行いをこれも教育の為だと嘯き正当化する。
この男のどこに教師としての使命感があるのだろうか。倫理観などどこにもない。ただ教師という立場を利用して気に入らない生徒を虐げているだけ。
それどころか十歳の少年が自分の指示に従わなかったからと本気で怒り、嫌っている。指示に従うように注意して導く前に報復行動に走ってお前が先にやったからだ、と臆面もなく言い放つ。
こんなことはまともな大人のすることではない。
「あなたのような教師に教わる生徒が可哀そうですねえ、本当に」
「……失礼します」
ただ嫌味からスコットへの糾弾に移った同僚を置き去りにして会議室を出ていくスコット。その背中を冷めた眼差しで見送った教師たちも三々五々に帰っていった。
◆
「スコット先生!」
会議室から出てきたスコットに声をかける生徒がいた。
「あ、あの、会議の結果は……」
「あの生徒なら退学になった」
「そ、そうですか……良かったぁ……」
エイトが今後どういう運命を辿るのか知らず、主犯の生徒がこの学園からいなくなったことを純粋にただ喜んでいた。
「情報提供感謝する」
「い、いえ、そんな……」
「今後も何か気がついたことがあったら教えてほしい」
「は、はい! 私でできることなら、がんばります!」
スコットに感謝されて喜ぶ女子生徒。その後すぐに別れたが、彼女の足取りは軽かった。
「ふふふ……これでシドくんも安心できるよね……最近ずっと元気がなかったけど、また元気になってくれるよね」
彼女は自分がしたことの意味を知らない。理解していない。
一人の生徒が退学になり、犯罪奴隷として貴族に売られていったことも。
一人の生徒が暴力事件の責任を追及されて、奨学金を取り消されたことも。
そして、彼女の大好きな少年を含む大勢の生徒たちが、魔石スライム詐欺にあった愚か者だと暴露され、その上詐欺師相手に集団暴行を行ったとして、今後更に厳しい立場にさらされることも。
彼女の行為によって冬の間に紹介してもらえるはずだった割のいい仕事が立ち消えになったことも。
彼女は何一つ知らない。興味がない。みんなが隠そうとしていた【悪いこと】を先生に伝えただけで、彼女自身は何も悪いことはしていない。
「あ、シドくーん!」
だから彼女はいつものように、大好きな少年に笑顔で声をかけた。
彼の為に【正しいこと】をした、と思いながら。




