バレなければ問題ない
例えば、エイトの紹介するアルバイトがまともな仕事だったら。相場通りの報酬が支払われるなら借金を支払っても来年度の学費もある程度残すことができただろう。詐欺をした方が悪いのは当然だが、騙されたシドたちの勉強代と思って借金を返して縁を切る選択肢もあったかもしれない。
あるいは、シドたちが費やした分の魔石を受け取って手打ちにしていたのなら、シドたちは魔石スライムなんて口車に乗ったせいで今年度の成績が最低評価をつけられてしまったことを悔やみ、エイトは手間暇かけて準備をした詐欺が何の儲けも出さずに終わったことを悔やんでお互いに損をしたまま関わり合いになろうとしなかっただろう。
けれど、エイトは欲張り過ぎた。
魔石スライムのつくり方を教えると言って騙し、魔石を高額に売りつけて騙し、紹介する予定の仕事で報酬を騙し、ただひたすらに、貪欲に自分の利益だけを求めていた。
契約があるから、約束したから、自分に騙される程度のバカな連中だから、いくらでも搾取して食い物にしていい。エイトはそう考えていた。
――そこまでバカにされて、騙された相手が怒って暴力に訴える可能性をまったく、これっぽっちも考えてしなかったのだ。
詐欺を行っていたエイトはバレなければ大丈夫だと考えていたんだろう。俺だってそうだ。先生にスライムに勝手に魔力を与えたり、処分しろと言われたマンドラゴラを勝手に部屋に持ち帰って植木鉢に植え替えたりしている。スライムの件は既にバレて怒られたし、マンドラゴラの件もバレたら何か言われるかもしれない。
でも、エイトと俺じゃあ問題のレベルが違う。全然違う。スライムやマンドラゴラには危険はない。従魔学科の一年生が契約する相手に危険な相手を選ぶわけがない。バレても先生が怒って終わるレベルの話で、実際に大した問題じゃない。
それに対し、エイトはバレたら大問題が確実だ。上級生が下級生相手に詐欺を働いて借金背負わせて奴隷のように働かせようとしたんだ。バレたら学校から確実に処分が下される。
さらに、エイトは貴族の下働きもしていた。貴族から仕事を受けて保護されていたのに、犯罪行為に手を染めた。これがバレたらエイトを雇っていた貴族の恥になる。
つまり、【バレなきゃいい】と考えて詐欺に染めたエイトは、【バレた時点で破滅】するのだ。
だからエイトは誰にも助けを求められない。俺に殴られてもそれを誰にも告げ口ができない。
「ご、ごめんなさい……ゆ、ゆるひて……ゆるひてください……」
エイトの唇が切れて血が出ていたし、目の周りが腫れて顔の形も変わっていた。そのエイトの髪を掴んで涙で濡れる瞳を睨みつける。
「お前の魔石スライム、偽物だろ? どういうトリックだ?」
「あ……あれは……ほんも――ぶべっ!?」
本物と言おうとしたエイトをぶん殴った。そのまま無言で四、五回殴りつける。こういう時は何も言わない方が恐怖を感じてくれる。
「ひぃっ、ひぃっ……こ、ころされ……しぬ……」
「もう一度聞くぞ。トリックを答えろ」
「あ……あ……あれは……ストーンスライムに――」
エイトが恐怖と痛みに負けてべらべらとトリックを説明する。どうやら本当にストーンスライムの中に魔石を隠していただけらしい。それを魔石スライムと偽り、シドたちを騙していたわけだ。有罪確定だ。
「シドたちの借用書とか契約書があるだろ。どこだ」
「ひっ……あ、あの、机れす……」
素直になったエイトがぶるぶると震える指で机を指さした。
「シド。確認してくれ」
「――!? は、はい、わかりました……!」
「……?」
びくんと飛び跳ねるように返事をしたシドが、慌てて机の中身をぶちまける。顔色が悪いし、挙動不審だった。
シドの他の四人に目を向けると、それだけで怯えられた。目が合った瞬間にそらされたり、後ずさったり、汗をかいてブルブル震えている。
……おかしい。なんで怯えられているんだろう。
詐欺師を見つけたらタコ殴りにしてもいいって、常識だよな……?
◆
その後、すぐにシドや他の生徒たちの分の借用書も発見して全部破り捨てた。ゴミは持ち帰って後で焼いておく予定だ。
部屋の中で丸まったまま動かなくなったエイトに向かって歩み寄る。
「ひいいいいい! ゆるして、ゆりゅしてぇ、もうしません! 殺さないで!」
「……」
エイトが大げさに怯えるせいでシドたちの視線がバシバシと突き刺さる。もう目的のブツは回収したから殴る必要はないんだけどな。
ぐいっ、ともう一度エイトの顔を掴んであげさせると、血と涙と鼻水となんかいろんな液体でぐちゃぐちゃになっていて凄く汚かった。
制服のポケットから瓶を取り出し、中身をぶっかけてやる。
「あぶぶぶ……な、なにを……!? ……あれ?」
「ただのポーションだ。痛みが引いていくだろ」
さっき俺が殴った顔のまま外に出られると困るからな。スライムたちにつくらせたポーションで傷を癒してやる。
「い、痛くない……」
「わかってると思うけど」
「……!?」
「今日ここであったことは秘密でお願いしますよ、エイト先輩。もしも秘密をバラしたら……どうなるかわかりますよね?」
傷が治った後のエイトににっこりとほほ笑んでやると、壊れたように首をガクガク上下に動かして約束してくれた。
ちゃんと同意が取れたのでこれで退散する。クラスメイトたちを引きつれてさっさと部屋を出て行った。
◆◆◆
――怖い。
それがソラに対するシドたちの正直な感想だった。
最初は普通にエイトと話をしていた。アルバイトの報酬の話や魔石の値段についてどうにかならないか、と話していた時は普通だった。エイトが一々バカにしたような態度を取るのでイラついて仕方なかった。
そして、ソラの話をエイトが全部断った瞬間、エイトが吹き飛んでいた。
何が起きたのかわからなかった。
いや、先に説明はされていたのだ。もしも向こうがこちらの提案を全部断ったら力づくでも借用書を取り返して借金をチャラにする、と言っていた。その覚悟を決めてシドたち五人もついてきたのだ。いざという時は年上の上級生相手に力の限り奮闘するつもりだった。
だが、そんな覚悟は一瞬で吹き飛んだ。シドも、他の生徒も、実家にいた頃に近所の悪ガキと喧嘩をした経験があった。少しくらい年上でも、背が高くても、怯まずに突っかかっていったこともあった。六人もいるんだからエイト一人くらい楽勝だと思っていた。
けれど、ふたを開けてみればソラ一人でエイトをボコボコにしている。相手の反論も反撃も抵抗も哀願も無視して、ただひたすらに心が折れるまで殴り続けている。
スラム仕込みの殺し合い。一欠けらのパンを、一枚の銭貨を求めて日常的に暴力を振るってきた世界の住人。
貧しいけれど父も母も健在で、両親の保護下で守られていたシドたちには想像もつかない凄惨なダーティファイト。
ソラからしたら目や耳を潰すわけでもなく、指や鼻の骨を折るわけでもなく、終わった後にポーションで回復できる程度のケガしか与えていないのでかなりに控えめにしているつもりだった。
ただ、それでも他の少年たちには刺激が強すぎた。
騙したエイトへの怒りなんて一瞬で吹き飛び、ソラという人の形をした暴力の化身に怯えていた。自分たちとは全然違う生き物なのだと思ってしまった。
――ソラとしてはこれをきっかけにシドと仲直りができないかな、助けてあげた他のクラスメイトたちとも仲良くなれないかな、という期待があったのだが。少なくともシドを含んだこの場にいた五人のクラスメイトの心には今日の恐怖がしかと刻み込まれていた。
「これでもう大丈夫だ。すぐに終わって良かったよ」
ついさっきまで人を殴っていたとは思えない笑顔で歩くソラに、シドが恐怖を隠しながら必死に作り笑いを向けた。目の前の生き物を怒らせたくなかった。
けど、つい、口から本音がこぼれてしまった。
「……よ、よく考えたら、先生に相談しておけばよかったな……詐欺なんだし、きっと何とか解決してくれたんじゃないか?」
「え? もしかしてスコット先生のこと?」
ソラがそんなこと考えたこともなかったと、ビックリした顔をする。
「いや、スコット先生はないだろ。あの人まともな教師じゃないじゃん」
ソラはスコットが大嫌いだったので、最初からスコットに相談なんてするつもりがなかった。
「で、でも……今回のことがバレたら、俺たちも罰されるんじゃ……」
「大丈夫大丈夫」
ソラが笑う。
「だって俺たちみんな共犯だろ。誰にも言わなきゃいんだよ。バレなきゃ問題ないから心配するなよ」
屈託ないソラの言葉に、シドたちは深く深く後悔した。




