上級生の勝手な思惑(エイト)
エイトの【主】は騎士団の生徒である――正確には騎士団と従魔学科の両方に在籍している【従魔騎士】である。普通の馬ではなく従魔を乗騎として戦う騎士であり、竜騎士などもこの従魔騎士に含まれる。
エイトの主は竜を従えてはいなかったが、それでもまごうことなき貴種の生まれであり、入学時点でヒポグリフの幼駒を連れていた。
鷹の上半身と馬の下半身を併せ持つ魔物であり、グリフォンと馬の合いの子として比較的手に入りやすい騎獣である。その一方で、空を駆ける魔物は魔力の消費が大きい傾向にあり、ヒポグリフの力を存分に発揮させるには大量の魔力を与える必要があった。
エイトの主も貴種に相応しいなかなかの魔力量を誇っていたが、騎士団での訓練に消費する魔力とヒポグリフに与える魔力の両方を賄うのはかなりの負担であった。強大な戦力である従魔騎士に共通する悩みである。
その問題を解消するのが餌である。主が魔力を与える代わりに大量の餌を与えるか、あるいは魔力を含んだ餌を与えることで従魔の健康を維持し、更なる力を蓄えることが可能になる。
「こちらが今日の分です」
「うむ。ご苦労」
エイトはその餌を確保する為の存在だった。ヒポグリフに食べさせる為だけに魔草を育てていた。本来ならば自分の従魔を持ち、従魔に与えるはずの魔力で魔草を育てては上司に売り渡していた。
「エイトよ」
「はっ」
「次から餌の増量をできるか? 最近は特に食欲が激しくてな。今の量ではすぐに尽きてしまう」
「……わ、わかりました。用意してみます」
「うむ。任せたぞ」
エイトの上司である白服の生徒がそれだけ言って去って行く。彼はすぐに戻って主のヒポグリフの世話をする仕事があるのだ。主の身の回りに侍るのは白服の仕事で、その下で手足となって雑務を行うのがエイトたち黒服の生徒の仕事である。
「……すぐに畑の増量を……ああ、今いる従魔たちをどうするかな、整理しないと魔力が持たないぞ……」
金に目がくらんで始めた仕事だった。確かに生活は楽になった。
だが、従魔術士としての成長も発展も何もない。他の生徒たちが次々に新しい従魔を捕まえたり、強力な従魔に進化させている間、エイトはひたすら魔草だけ育てて、育てた魔草を売り払って、魔力が足りなくなれば元々連れていた従魔との契約を解除して魔草を育てていた。
今のエイトの成績は最低評価であり、学園から支給される奨学金もほとんどない。主から渡される報酬がエイトの生命線である。だからこそ仕事を断れないし、言われるままに魔草を育てるしか道がない。
「どうしてこうなったんだ……」
学園を卒業しても何も変わらない。そのまま主の家が持っている農地に囲い込まれて、言われるままに魔草を育てる仕事に就くのだろう。
普通の農家と比べれば収入が安定していて生活の心配がないだけに恵まれているのだが、一人前の従魔術師ならもっと稼げる仕事も、もっと自由な仕事もたくさんある。
だが、今からエイトがその仕事に就こうとするには並大抵の努力では無理だろう。何か一発逆転を狙わなければ、エイトはもう一生このままなのだ。
◆
魔石スライム。魔石を産みだすスライム。魔石が高額で売れることを考えるとまさに金のなる木と呼ぶにふさわしい。
今まで多くの従魔術師がつくりだそうと足掻き、夢破れて失敗してきた従魔術師にとっての不可能の代名詞である。
魔草の栽培の裏でエイトはスライムに目をつけた。スライムは弱い魔物なので維持するのに必要な魔力が少なく育てやすかった。
そこでスライムを飼育し、餌として魔石を買って与え続けてみたのだが、結果は失敗。マナスライムという使えないスライムと、石を食べて生み出すしか能のないストーンスライムに進化しただけだった。
試しに魔草を栽培している畑にマナスライムを置いて魔力を放出させてみたが、何回か魔力を出させただけでそのまま魔力枯渇で死んでしまった。魔草の様子も特に変わりなく、本当にムダなことをしたと思った。
残ったストーンスライムの扱いに困った。いっそ殺してしまおうかとも思った。
だが、餌の残りの魔石に食いついていたストーンスライムの姿を見て、エイトは一つの閃きを得た。
――ごくり
魔石を手に持ち、ストーンスライムに与える。
ストーンスライムは喜んで魔石を食べようとする。
その途中でストーンスライムに命令し、魔石を食べるのを禁止する 。
そして、しばらく経ってから魔石を出すように命令する 。
「……」
エイトの手に、魔石が戻ってきた。
ただ吐き出しただけの魔石だったが、エイトの目にはストーンスライムが魔石をつくったようにしか見えなかった。
ただのトリック。何の生産性もない見た目だけの誤魔化し。――だが、使える。
ニタリ、とエイトの口が大きく大きく弧を描いた。
◆
「残念だったねシド君」
目の前でショックを受けている下級生を口先だけで慰める。
彼の手にはストーンスライムが握られていた。魔石をつくることもできない何の価値もないゴミのようなスライムだ。
「やはり魔石スライムをつくるのは難しいな……。そうだ、もしかしたら餌が悪かったのかもしれないな」
「え、餌ですか?」
「ああ。与える魔石の質が悪かったのかもしれない。今度はもっと魔力を豊富に含んだ魔石を与えてみよう」
「え、で、でも、高いんじゃ……」
「なあに、魔石スライムがつくれればこのくらいすぐに返せるようになる。大丈夫だよ、シドくん」
すでに用意してあった高品質な魔石を見せて、シドに握らせる。
「それともここで止めておくかい? 今まで君に渡した魔石の金額がこのくらいになるけど……手持ちは足りるかな? ご両親に僕からお願いしようか?」
「――やめてください!!!」
シドが真っ青になって叫び声をあげる。実はエイトが用意した餌用の魔石は質が悪い安物であり、かなりのぼったくり料金を請求していたのだが、魔石の金額に詳しくないシドはそんなことすら気がつかなかった。
「大丈夫だよ、シドくん。魔石スライムができればすぐに稼げるから。安心して。大丈夫大丈夫。さあ、それじゃあ次のスライムの育成を始めようか」
「……は、はい……お願いします……」
自分がすでに底なし沼の中に入り込んでいることに気がつかないまま、エイトに言われるままに魔石をスライムに与えていくシド。
そのままどんどん借金が膨らみ、到底返しきれない金額になったところでカタにはめるのだ。
『魔石スライムは残念だったね。でも大丈夫、いい仕事があるんだ――』
魔草の栽培の仕事を下級生に押し付けて自分がその上前をはねてやる。赤服が白服を使うように、白服が黒服を使うように。エイトはシドたち下級生を使って今の生活から抜け出そうと考えていた。
(あの生意気な一年、マンドラゴラの栽培に失敗したみたいだね……)
エイトが声をかけてやったのに袖にした生意気な一年生――ソラ。
彼が栽培していたマンドラゴラは生育過剰で使い物にならない状態だと他の手駒たちから報告があった。
魔法薬の調合素材に使えないものでも魔草は魔草だ。過剰に与えられた魔力をたっぷり含んでいる。
(はした金で買い叩いて、ヒポグリフの餌にしてやる……! 自分が何カ月もかけて育てたマンドラゴラが魔物の餌にされたと聞いたらどんな表情をするかな……? ふふ、僕が買ってやるまでしっかりと面倒をみててくれよ、ソラくん)
シドが帰り、一人になった部屋の中でニタニタとエイトは笑い続けていた。




